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母ちゃんが死ぬ時に桃子に会える・・・。
そう思っていた・・・。
そう思っていたのに・・・。



「渡~!!これ、どういうこと?」



引っ越しから1ヶ月後・・・
日曜日に渡の家に入ると、今日も母ちゃんが何かの紙とペンを持って洗濯物を干している渡に駆け寄った。



掃除をしていた真理が渡から洗濯物を受け取ると、テキパキと洗濯物を干していく。
俺よりもずっと手際良く、洗濯物を干していく。



その横で、母ちゃんは渡に必死な顔をして紙を見せていて・・・。



「もぉ~・・・全然分からないよ~・・・。
覚えられる気がしない・・・。」



母ちゃんが目に涙を溜めながら下を向いた時、渡が母ちゃんを見下ろして優しい顔で笑った。
俺達に見せる顔とも違うような、優しい顔で。



そして・・・



母ちゃんの背中を優しくポンポンッと叩いたのが見えた・・・。



「俺が徹底的に教えてやるから、その若い頭の中に詰め込め。
会社にいる奴らより若くて柔軟なその頭にな。」



渡がそう言うと、母ちゃんの顔はパッと明るくなった。



そんな母ちゃんの顔を渡が安心したような顔で見て、それから俺の方を見てきた。



「光一!!今日は遊んでやれねーや、ごめんな!!
空手道場行ってこいよ、久しぶりに!!」



渡と遊ぶようになってから、俺は空手道場に行っていなかった。
空手道場にいる奴らよりも渡といる方が楽しかったから。



「そうだな。」



その返事だけをして、理子の方を見た。
真理と遊びに行く為に真理の手伝いをせっせとしている。



嬉しそうな理子の姿を眺めた後、ダイニングテーブルに渡と並んで座る母ちゃんの姿を見る。



“桃子”になっている母ちゃんの姿を見る。



その姿を目に焼き付けてから、俺は渡の家を出た。
両手を強く握り締めながら、出た・・・。
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