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佐竹部長だけではなく、人事部内・・・そしてそれ以外の人達からも情報を集めた。
単純な話だからこそ、どう収拾をつけていくかを決めていく為に。



昔から続いてきた大きな会社。
松居の血縁で続けてきたマツイ化粧品。
その会社で、初めてマツイの血縁者ではない社長が就いた。
それも2人、就いた。



これは金の問題でも商品の問題でも人材の問題でもなかった。
それぞれの思考や信念を持った人間が多く集まったが故に起きている、そんな問題だった。



そして、数日後・・・



廊下を1人で歩いている“黒住さん”を見掛けた。



初めて、見掛けた・・・。



こんなに大きな会社だと、簡単に会えないらしい。



ダサい格好をしている“黒住さん”の後ろ姿を見ながら、俺は口を開いた。



「黒住さん。」



“黒住さん”と、そう口を開いて呼んだ。



そんな俺の声に“黒住さん”はゆっくりと振り向いた。



やけにゆっくにと、振り向いた。



そんな風に、見えた・・・。



母ちゃんでも桃子でもなく、“黒住さん”に向かって俺は笑った。



楽しむことにする。



俺の人生の中で一瞬のようなこの時間を、楽しむことにする。



天野さんから言われたから。



天野さんが言ってくれたから。



“1人の女と男として、楽しめよ。
今が1番幸せな顔でいられる写真を、今だけでも選んでみろよ。
お前と黒住さんが親子なことは誰も知らない。
黒住さんに何か言われても、“マザコンなんだよ”って笑っておけばそれで終わりだろ?”



そんなことを言ってくれたから。



だから、俺も楽しもうと思う。



やっぱり、“あれ”だけでは満足なんて出来ないから。



あんなものだけ満足が出来るような男に、俺は誰からも育てられてないはずだから。



そう思いながら、口を開いた。



少し驚いた顔で俺を見上げる“黒住さん”の近くに寄って、口を開いた。



大きく、開いた。



「黒住さん、めちゃくちゃ可愛いですよね。
俺、本当に本気で、すっげー好きなんですけど。」



ずっと言いたかったことを言えた。



まだ薬は効いているらしい。



アイスコーヒーの中に瞳が入れてくれた薬は、まだ効いているらしい。



胸がスッと軽くなったから。



なのに、温かくて・・・



すごく、温かくて・・・。



どこまでも、温かくて・・・。



動揺しまくっている“黒住さん”を見ながら、俺は笑った・・・。
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