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第十二話

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この先のことを色々考えても仕方ない。
俺も風呂にいこう。

部屋で浴衣に着替えて、大浴場に行く事にした。

成り行きとは言え、3人での生活が継続される事になってしまった訳だけど、ちょっと嬉しい様な、残念な様な…複雑な気分だ。

脱衣所から大浴場に入ると、奥に露天風呂が見えたので、そっちに入ることにした。

外はすっかり暗くなっていて、月明かりがいい感じに湯船を照らしていた。

高さが3メートルくらいで幅が10センチくらいの板互い違いに折り重ねた感じの塀の向こうから蒼ネエとエリーの話し声が聞こえる。
塀の下の部分は風呂の底まで届いてなくて、湯船自体は繋がっているみたいだ。

アイツらも露天風呂に入ってるんだな。
男湯には、俺以外誰も入っていない。
コレはチャンスだ!

「サトル!そこに居るんでしょ?覗くなよ!」
う…見抜かれてる…。

しかし、ココは何としても拝んでみたい。
何処かに隙間か穴が開いてないか探してみたが、見当たらない。
塀の上からじゃ簡単にバレてしまう。
ただ、塀の先端から顔を出せば見えるかも?
しかしそこに行くには裸で植え込みに入らなければならない。
でも背の低い木の枝が直接皮膚に当たって痛そうだ。
いや…でも待てよ…もしバレた場合は俺はどーなる?
同じ部屋に泊まってるんだぞ…袋叩き確定じゃないか…。
…やっぱりヤメておこう。

それにしても穴場だよなぁ。
夏休み直前とは言え、お客さんも少ないみたいだし。
静かで良いところなんだけどなぁ。
真夏の温泉ってのも悪くないかもなぁ。

「サトルー!まだ居る?」
蒼ネエが塀越しに声を掛けてきた。
「どした?」

「なんかエリーちゃんが何か居るって言ってるのよ。」
「何かって?また野良犬かなんかなんじゃないのか?」
「それがモンスターが居るって言ってて…。今脱衣所に杖を取りに行ってる…。」
風呂にまで持ってきてるのか…。

「蒼葉ちゃん!取ってきたぞ!」
「おい!エリー!モンスターなんてホントに居るのか?」
「サトルか?あぁ間違いない、この感じはラビーだ。」
「ラビーってなんだよ?」
「そんなに大きなモンスターじゃないんだけど、結構凶暴なヤツだ。」
「なんでそんなが居るんだよ。」
「私が知るか!」
「エリーちゃん落ち着いて!裸のままで戦うつもり?」
裸だと?
そりゃ露天風呂に居るんだから裸なのはわかるけど、裸で杖持ってモンスターと戦ってる姿を想像するとシュールで笑える。

「せめてコレ巻いときなさいよ。」
蒼葉が杖を構えて仁王立ちして居るエリーにバスタオルを巻きつけた様だ。

ココは助けに行くべきなのか?
でも向こうは女風呂だぞ…。
いいのか?
とりあえず聞いてみよう。
「助けに行こうか?」
「来なくていい!」
蒼ネエに即効で断られた。

「来た!」
「きゃー!なにアレ!」
音しか聞こえないが、どうやら藪からラビーってモンスターが飛び出して来た様だ。

「うわっ!あっち!」
突然温泉がグツグツと煮えたぎりはじめたので、慌てて湯船から飛び出た。

塀の向こうでは時々閃光が走ったり小さな爆発音が響いてる。
エリーが魔法を使ってるんだろう。
それで風呂のお湯が急に暑くなったのか…。

「エリー、大丈夫かぁ?」
「なに呑気なこと言ってんのよ、エリーちゃん頑張れぇー!」
「くらえー!」

なんか必殺技的なモノを放ったんだろう、塀の向こうが静かになった。

「やったのか?」
「なんとか仕留めた。」
「エリーちゃん、とりあえずお風呂から出よ。」

向こうは上がる様だけど、どーせ着替えなんかで時間掛かるだろうから、もうちょっと風呂に浸かってから出るかな。

「だぁーーー!」
風呂が煮えたぎってたのを忘れてた。


§


結局熱すぎて露天風呂には入れず、内風呂に入り直して部屋に戻ることにした。

部屋に戻って窓際でくつろいでいると、二人が帰ってきた。
二人とも部屋にあった浴衣じゃない、カラフルな浴衣を着ていた。
「茜に着付けてもらっちゃった。」
女性客へのサービスらしい。

「お疲れ!」
「…なにがお疲れよ…大変だったんだよ…。」
「だって助けに来るなって言うんだもん。」
「当たり前でしょ!」
「ラビーは私が退治したからもう大丈夫だ。」
「そうだ!だからなんでそのラビーってモンスターがココに居るんだよ。」
「それなんだが、ミヨ殿が先ほどの会話で保険だとか含みを持たせてたじゃないか。何か関係があるんじゃないのか?」
そうだ、確かに『保険』のためにアプリを残しておくって言ってた。

とりあえずミヨに聞いてみるか…。
早速メッセージアプリで聞いてみた。
既読は直ぐに着いたが…なかなか返事が来ない。
まぁ直ぐには返信して来ないだろうと思ったら、結構な長文が返ってきた。

『そっちの世界にモンスターが現れた件だが、どうやらお前とエリーが原因みたいだ。結論から言うと二人とも特殊なケースで生き返っているからな。言わば特異点なんだ。なのでお前たちの周辺に稀にだが時空の歪みが発生している様だ。それで、エリーの居た世界と繋がってしまう事があるってことだな。他にも複合的な要因が重なっているみたいた。』

時空の歪みって…。
ちょっと待て、その複合的なってヤツ…ミヨも関係してるんじゃないのか?
ブレスレットの件とかアプリとか絶対影響あるよな?
だからアプリ残したんじゃないのか?

「詳しく聞かせろ。」
そう送り返すとまた直ぐに既読は着いたが、今度はなかなか返事が来ない。
売店でジュースでも買ってこようかな。

部屋に二人を残して、スマホと小銭を持ってフロント横の売店で炭酸ジュースを買った処でミヨからの通話着信が入った。

『やっぱり慣れない文字を打つのは面倒だ。』
「で?どうなんだ?」
『お前の言う通り、私の影響もある様だ。とにかく不定期だが稀に時空の歪みが発生して、エリーの居た世界と繋がってるみたいだな。』
「繋がってるみたいだなって…今後も今日みたいな事があるって事か?」
『そう言う事だ。まぁだんだん終息していくとは思うが…。』
「思うがって…無責任だなぁ。」
『すまない。此方からは積極的に干渉できないんだ。その都度そっちで対処してもらえると助かる。』
「干渉できないって…このアプリ思いっきり干渉してんじゃん。」
『それは元々お前個人に対してだけの限定的な干渉だ。』
「たいして変わんないだろ。」
『とにかくだ、その現象が終息するまでエリーと二人でなんとか対処して欲しい。』
「そんな事言われてもなぁ…。」
『歪みはそんなに大きくない筈だ。だから入り込んだとしても小型のモンスターくらいだろう。』
「小型って言われても、こっちの世界には居ないはずの生き物だろ?俺一人の時なんか対処出来ないと思うぞ。それより気付かずに取り逃した場合どーなるんだ?」
『まぁ、雌雄つがいで入り込みさえしなければ繁殖もしないだろう。現に過去にも色々な要因でそれぞれの世界に迷い込んだりしてるからな。』
「召喚とかもその類か?」
『そうだな。他にも未確認生物とか居るだろ?』
「え?UMAってそーゆーコトなの?」
まさかUMAの正体がエリーの世界のモンスターだったなんて…まぁその全てがそうじゃないとしても…後でエリーに確認してみよう。

『確かに私にも責任がある。なので魔法と魔道具の使用は容認する。ただなるべく人目につかない様にして欲しい。』
「そりゃ気をつけるけど…。」
『それとお詫びと言ってはなんだが、お前に一つアイテムを用意した。後でスマホを見てみろ。アプリを一つ追加しておいた、きっと役に立つ筈だ。』
「…なんか便利に使われてる気がするんだけど…。」
『仕方ないじゃないか、頼れるのはお前とエリーだけなんだから。それにお前にも原因はあるんだからな。』
「俺一人のせいじゃないだろ?」
『だから謝ってるじゃないか。とにかく頼んだぞ。そのまま放置する訳にもいかんだろ?』
「確かにな…。報酬は出るんだろうな。」
『欲深いヤツだな。今度死んだ時は地獄に送ってやろうか?』
「冗談だ冗談…。」
『まぁモチベーションも必要だしな。その内なにか用意しておこう。』
「ホントか?期待してるぞ。」

通話中ずっと売店横の休憩スペースに居たけど、ホント客居ないな。
全然他の客を見ない。

通話を切って部屋に戻ると既に布団が三つ敷いてあり、二人はガールズトークで盛り上がって居た。
気楽なもんだ…。
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