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放課後の廊下
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とにかく、いずれにしても、千紗に、いつまでもくよくよしている暇などなかった。何しろ、学園祭の準備も山場を迎え、やることが山のようにあるのだ。実際、学級委員なんかになってしまった手前、膨大な雑用に追われて、目が回りそうだった。
クラスの出し物は、遅くまで会議をした結果、やっと、教室でゲームをやる事に決まった。通りすがりの生徒を引っ張り込んで、男女を五人ずつそろえ、ゲームをしながらカップルを無理やり作ってしまうという、題して『カップルゲーム』。実にダサいネーミングだが、分かりやすいし、中学生の客ばっかり引っ張り込めば、案外、盛り上がるんではないの、と千紗は考えている。
学園祭でやるのはそれだけではない。クラス対抗の合唱コンクールもあるから、その練習もある。もう、いくら時間があっても足りなかったが、実は千紗、こういう忙しさが大好きで、毎日が楽しくてしかたなかった。
その日も遅くまで準備に追われ、そろそろ今日はおしまいにしようと窓を見たら、外はすでに真っ暗だった。それでも、大勢が残っている教室は明るく活気があって、暖房など一切入っていないにもかかわらず、熱気でむんむんしている。千紗は、少し冷たい風に当たりたくなって、一人でそっと廊下に抜け出した。
薄暗く長い廊下には人気がなく、ひんやりした空気が気持ちよい。どの教室からも、電灯の明かりと楽しげな活気が漏れてきて、もしかしたら、一番楽しいのは学園祭の最中じゃなくて、今なのかもしれないな、と千紗は思った。
その時、廊下の向こうに、菊池の姿が現れた。いつものように、上履きのかかとを踏んづけたまま、こちらに向かって大股歩いてくるのを、千紗は壁にもたれながら、ぼんやり見つめた。
千紗に気付くと、菊池はすぐに千紗をからかった。
「な~んだ、ゴリエじゃん。こんなところでサボってちゃ、だめじゃん」
相変わらず憎まれ口ばかり叩く菊池だが、しかし、最近の菊池に対する千紗の印象は、以外の一言だった。
考えてみれば、菊池は学級委員の片割れで、あの席替えの件にしたって、他人事みたいに「気をつけろ」なんて言っている立場ではなかったはずだけれど、どうせあいつは、あたしと協力して仕事をやろうなんて、これっぽっちも思ってないだろうからと、千紗が勝手に決め付けていたところがあった。
ところが、本格的に学園祭の準備にはいると、菊池は案外頼りになる相棒だった。難しい問題も、細かい雑用も、千紗一人に押し付けたりはせず、一緒に行動してくれた。
「あんた、意外と役に立つんじゃん」
『カップルゲーム』の景品を包みながら、ある時、千紗が言うと、隣でてきぱきと箱詰めをしていた菊池が鋭く一言、こう言った。
「お前が勝手に突っ走ってたんだろうが」
千紗は、菊池に自分の心の内を見透かされた気がして、ぎょっとなった。
「そそそ、それって」
千紗は、金魚のように口をパクパクさせながら、何とか言葉をつないだ。
「それって、席替えの時のことを、言ってたりするわけ、もしかして」
恐る恐る尋ねる千紗を、菊池は、怒ったような目で見返した。
「お前、俺のこと、役立たずだと思ってたろ。それで、全部、一人で何とかしようとして、揚げ句の果てには、パニクって、さやか泣かしたんだろ」
痛いところを突かれ、千紗は思わずかっとなって言い返した。
「だって、実際、あんた全然、頼りにならなかったじゃん。俺には関係ねぇって感じで、へらへらしてさ」
それに、さやかが隣に来て嬉しかったくせに、と、千紗は腹いせにぼそぼそつぶやいた。
「あん? なんだって? よく聞こえねぇ」
「ああ、いいのいいの、なんでもない」
そう千紗が景品をぶん回しながらごまかすと、菊池は作業をしている手を休めずに、
「大切な景品をぶん回すな。ぶん回す暇があったら、仕事しろ」
「わかったわよ。やりますよ。てか、ちゃんとやってるし」
千紗は、いささかふくれながら、作業に戻った。
景品をせっせと包みながら、千紗はこっそり、菊池を見ずに入られなかった。学級委員になって、以前に比べれば、随分と話すようになった二人ではあったが、しかし、仕事を離れれば、やはり菊池のお気に入りは、さやかのようだった。
休み時間、席が隣同士の二人は、よく、笑顔でふざけあったりしている。千紗には、何か用事がなければ、菊池を自分の方に向かせることは、出来なかったけれど、さやかには、楽々と菊池の笑顔を自分に向けることができた。
けれど、それでもいいのだ、と、千紗は自分に言い聞かせた。これでいいのだ。あたしには充分だ。少なくとも、学園祭が終わるまでは。
クラスの出し物は、遅くまで会議をした結果、やっと、教室でゲームをやる事に決まった。通りすがりの生徒を引っ張り込んで、男女を五人ずつそろえ、ゲームをしながらカップルを無理やり作ってしまうという、題して『カップルゲーム』。実にダサいネーミングだが、分かりやすいし、中学生の客ばっかり引っ張り込めば、案外、盛り上がるんではないの、と千紗は考えている。
学園祭でやるのはそれだけではない。クラス対抗の合唱コンクールもあるから、その練習もある。もう、いくら時間があっても足りなかったが、実は千紗、こういう忙しさが大好きで、毎日が楽しくてしかたなかった。
その日も遅くまで準備に追われ、そろそろ今日はおしまいにしようと窓を見たら、外はすでに真っ暗だった。それでも、大勢が残っている教室は明るく活気があって、暖房など一切入っていないにもかかわらず、熱気でむんむんしている。千紗は、少し冷たい風に当たりたくなって、一人でそっと廊下に抜け出した。
薄暗く長い廊下には人気がなく、ひんやりした空気が気持ちよい。どの教室からも、電灯の明かりと楽しげな活気が漏れてきて、もしかしたら、一番楽しいのは学園祭の最中じゃなくて、今なのかもしれないな、と千紗は思った。
その時、廊下の向こうに、菊池の姿が現れた。いつものように、上履きのかかとを踏んづけたまま、こちらに向かって大股歩いてくるのを、千紗は壁にもたれながら、ぼんやり見つめた。
千紗に気付くと、菊池はすぐに千紗をからかった。
「な~んだ、ゴリエじゃん。こんなところでサボってちゃ、だめじゃん」
相変わらず憎まれ口ばかり叩く菊池だが、しかし、最近の菊池に対する千紗の印象は、以外の一言だった。
考えてみれば、菊池は学級委員の片割れで、あの席替えの件にしたって、他人事みたいに「気をつけろ」なんて言っている立場ではなかったはずだけれど、どうせあいつは、あたしと協力して仕事をやろうなんて、これっぽっちも思ってないだろうからと、千紗が勝手に決め付けていたところがあった。
ところが、本格的に学園祭の準備にはいると、菊池は案外頼りになる相棒だった。難しい問題も、細かい雑用も、千紗一人に押し付けたりはせず、一緒に行動してくれた。
「あんた、意外と役に立つんじゃん」
『カップルゲーム』の景品を包みながら、ある時、千紗が言うと、隣でてきぱきと箱詰めをしていた菊池が鋭く一言、こう言った。
「お前が勝手に突っ走ってたんだろうが」
千紗は、菊池に自分の心の内を見透かされた気がして、ぎょっとなった。
「そそそ、それって」
千紗は、金魚のように口をパクパクさせながら、何とか言葉をつないだ。
「それって、席替えの時のことを、言ってたりするわけ、もしかして」
恐る恐る尋ねる千紗を、菊池は、怒ったような目で見返した。
「お前、俺のこと、役立たずだと思ってたろ。それで、全部、一人で何とかしようとして、揚げ句の果てには、パニクって、さやか泣かしたんだろ」
痛いところを突かれ、千紗は思わずかっとなって言い返した。
「だって、実際、あんた全然、頼りにならなかったじゃん。俺には関係ねぇって感じで、へらへらしてさ」
それに、さやかが隣に来て嬉しかったくせに、と、千紗は腹いせにぼそぼそつぶやいた。
「あん? なんだって? よく聞こえねぇ」
「ああ、いいのいいの、なんでもない」
そう千紗が景品をぶん回しながらごまかすと、菊池は作業をしている手を休めずに、
「大切な景品をぶん回すな。ぶん回す暇があったら、仕事しろ」
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