恋の始まりは、唐突で理屈に沿わない。

しょうゆもち

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図書委員の二人

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○春野 玲      高1-2。図書委員。読書好きなごくごく平凡な少年。
                

水城すいじょう 乃空のあ   高1-2。図書委員。思ったことが顔にすぐ出る。


****


 春野 玲の通う学校の図書室ではありとあらゆる書物を所有している。その数は、数十万冊を超えるほどだと言われている。
 図書室には、世の中を皮肉につづったエッセイ、心理学や占いについて書かれたもの。恋愛を題材にしたロマンス小説。子供向けの昔話を題材にした絵本や児童書。他にもたくさんのテーマを扱った書物があるらしい。
 学校もそれを売りにしており、塾などに配布される教育向けの雑誌にも取材を受けることが多い。学校も来校者に配るパンフレットで図書室の良さをアピールしている。
 広告を見て、この図書室に憧れを持ち、志望校にする受験生も多くいるとか…。玲も塾で配られた雑誌に図書室の記事が載っていたのを読んで、志望校にした一人ある。

 入学してから、図書室に入り浸るために、図書委員になった。図書委員の主な仕事は、本の貸し出しと返却や整理など、本に関わる仕事が全般だ。
 そして、現在仕事を全う中の玲は、世界的に愛されている推理小説 シャーロック・ホームズシリーズ"緋色の研究"を棚に戻していた。彼の脇には、山積みに積まれたホームズ作品が置いてある。ホームズを読んだのは、小学生の頃なので、あまり内容が記憶に残っていない。
(今度、また借りて読んでみようかな…。)
 最近は、アガサ・クリスティの作品を読むことが多い。
 "オリエント急行の殺人"が元となった日本ドラマに姉が好んでいる俳優が出演して一緒に観たことがきっかけで、読んだのだが、とても面白かった。そんなどうでもいいことを考えながら、作業を進める。そんな時、突然玲は自分の名前を呼ばれ、条件反射で思わず返事をしてしまう。
 
「ねぇ、春野くん。」
「は、はい。」

 澄んだ声で玲の名前を呼んだ乃空は、訝しげな表情をして、高くそびえ立つ本棚の間にある通路からこちらを覗き込んでいた。艶のある漆黒のストレートヘアがさらっと窓から吹き抜ける風によって、微かになびいてる。それを、耳元で押さえており、まるで青春をテーマとした映像作品のワンシーンのようである。
 玲から見る彼女の背景ご夕日に照らされた本棚がそびえ立っているからかもしれない。
 彼女と玲は、クラスも図書委員も一緒だ。ちなみに、彼女は、玲とは違い、じゃんけんで運悪く負けて、図書委員になった経歴の持ち主である。彼女は、心配そうな顔をして、玲の顔を覗き込む。

「春野くん、大丈夫?さっきから手がずっと止まってるけど…。」
「わ、悪い。考え事をしていた。」
「それなら、いいけど…。そんな考え込むほどの悩みなら聞くけど?」


 深刻な顔をしていたつもりはないが、彼女からはそう見えたのだろう。
 
普段は、返却された本を棚に戻す作業を20-30分の間に終えるのに、今日は、40分ほど経つが、終わっていない。
 乃空のいるカウンターに戻ってくるのが遅かったから、心配して見に来てくれたようだ。

  悩みというより、ただ何の本を読むか、考えていたとは今更言えない。彼女は、玲が考え込むほどの悩みを抱えていると思っている。
 ちゃんと、説明しないと口を開く前に、乃空がタイミング悪く、先に口を開く。

「春野くん、図書室にある本の中で"誰にも借りられたことのない本って知ってる?」
「何それ?」
「お姉ちゃんが教えてくれたんだけど、これが案外思いつかない考えになるんだよね~。」
「そうなんだ…。」
「春野くんは、どう考える?」

 話題が変わりすぎている。今、彼女は玲が悩みを抱えているなら聞くと言っていたのに、突然脈絡もなく関係のない話をぶっ込んで来るとは、心の中で苦笑するしかない。
 だが、弁解する必要もないだろう。手間が省けたと考えれば、良いのかもしれない。

 それにしても、「誰にも借りられたことのない本」とは、この数十万冊の中から探せという意味なのだろうか。

 今の時代は、全ての書物を本の裏にバーコードが書かれたシールを貼っており、コンピュータで管理している。昔と比べたら、本を探すのは、容易になった。パソコンの履歴を見たら、誰にも借りられたことのない本というのは、見つけられるだろう。

 しかし、こんな簡単な答えでいいのだろうか。
そう思ったが、考える気力もなかったので、その考えを伝える。
今は、バーコードを使ってパソコンで管理しているんだから、パソコンのデータを見れば一発で分かるんじゃないか、と。

 玲がそう言うと、彼女は乃空は、まじまじと見つめてくる。その顔は、まるでサンタクロースから欲しかったおもちゃが貰えなかった時のように、つまらなそうである。

 玲は、なんとなく彼女と顔を合わせるのが、恥ずかしい気がした。自分の答えが甚だしく間違っている気がしたからだ。だから、そっぽを向きながら、反論をする。

「何だよ?間違ってるのか?」
「いや、合ってるけどさ…。何か春野くんって、普通だよね…。」
「な…。」

  普通…。この言葉がグサッと胸に突き刺さる。
 "面白みがない"、"つまらない"、"普通"…。玲に言葉を当てはめろと言われたら、人々はこのように評する。なぜなら、玲の内面や外面は、ありふれている人物像の中の一つに過ぎないからだ。
 
 玲のことを普通扱いした乃空は、一体どんな考えをお持ちなのだろう。彼が尋ねると、彼女は少し自信なさげな表情をして、聞き返してくる。

「-学校図書館 基本図書目録-って、知ってる?」

【図書目録】とは、図書についての、その書誌情報をまとめたものだ。学校の図書室は、図書目録の本を参考にしている場合もある。現在は、オンライン目録になっている学校の方が多いが、かつてはこの図書目録を参考にしていた学校がほとんどだった。
 学校で使われる-基本図書目録-とは生徒は読むことはあっても、借りようとは思わない。物好きな人が借りている可能性もあるが、扱うのは、司書や教員など図書館を管理する大人だ。生徒は、よっぽどの理由がない限り、その目録に触れることもないはすだ。
 だから、彼女の考えは、誰にも借りられたことのない本に当てはめてはいけない気がする。

 そのことを伝えると、乃空は、首をコクコク上下させる。彼女も姉にこのように伝えた時、難しく考えすぎて意味がわからないと言われたらしい。  

 この謎解き…。いや、謎解きと言って良いのかわからないが、明確な答えはあるのだろうか…。結局、玲が述べた普通の考えが一番良いに違いない。

 でも、明確な答えを得ないまま、終わるのは寂しい気もする。
 推理小説だって同じだ。例えば、オリエント殺人の急行は奇抜な犯行なので、一度読み終えても内容がそこまで理解できないため、何度も読む。すると、読むにつれ、だんだんと理解が深まり、明確な答えをやっと知ることができる。
 
 乃空に玲は、彼女の姉が考えた答えを尋ねる。乃空は、今度は自信満々に元気よく答える。

「納品してバーコードが貼られてない本!」
「は?」

 全く意味がわからない。玲が口を開こうとすると、また彼女が先に口を開く。彼女とは、発言のタイミングがうまく噛み合わない。
 彼女は、自信満々の態度を維持したまま続ける。

「図書室の本のすべてに張られているシールは先生か図書委員が一冊ずつ張ってるよね。シールが貼られていない本は、まだ借りることができないでしょ?だから、生徒が借りたことのない本って考えられない?」
「…。」

 その答えに、玲は納得をさざるを得なかった。
 納品した本は、図書準備室に保管される。本校の規則で、図書室に置かれた書物は、学校の所有物であるというものがある。
その時点で、納品した本は、図書室の中に置いてある本に当てはまることになってしまう。
そして、その本は、パソコンで登録して、バーコードを発行した後でないと、無断で持ち出す以外、借りることはできない。
よって、生徒が借りることができない=借りたことのない本となるのだ。
 
(すごい、発想力…。)

 玲は、面識のない乃空の姉を心の中で純粋に尊敬する。自分や妹の考えもそうだが、イマイチ明確性に欠けていた。それは、相手を納得させるような意外性がある理由や根拠じゃなかったからだ。玲の考えは、当たり前すぎて、普通。逆に、乃空の考えは、理屈は合っているが、理解する時間がかかる。 
 だが、乃空の姉の考えは、説明されたら、スンナリと理解することができた。理にかなっているからだ。
勿論、その考えが正解とは、言い切れない。彼女のなりの解釈をただ妹に教えたあげただけなのだ。
 
 そんな考えをする乃空の姉は、どんな人なのだろうか。玲は、興味がありませんという顔を装って、さりげなく乃空に尋ねる。


「そういえば、君のお姉さんって、何歳なの?」
「この学校の高校二年生で生徒会の書記 兼 補佐…。入学式で見なかった?」

 そういえば、入学式で新入生に説明していた女子生徒の名前が水城という苗字だったような気がする。
 話の内容はさすがに入学してから結構経過しているので、記憶には残っていないが、容姿端麗で凛とした佇まいは印象に残っている。

 しかし、その水城先輩は、美人と表現をするのに相応しい顔立ちをしていたが、乃空は彼女に似ていない。
 どちらかというと、彼女の顔は、美しいとは程遠く、高校生とは思えないほど、童顔で可愛いらしい。
 そんなことを考えていたのに、彼女には違う風に捉えたのか、乃空は、じーっと玲を軽く睨む。

「何?不細工って言いたいわけ?」
「は、違うし…。いや、不細工ではないけど、系統が違い過ぎるなって、思っただけ。」
「はぁ、それよく言われる…。お姉さんって、清楚な感じで綺麗だから少しは見習ったらって…。」
 
 乃空は、はぁーと不満そうにため息をつく。
別に、彼女のことが不細工とは述べていないのに、何故ため息をつくのだろうと、玲は疑問に思う。

 個人的には、乃空の姉のような美人系より、彼女のような可愛らしい方が好みだ。それを口にするのは、思春期真っ最中のの男子である手間、ストレートに言いづらいから言わないが…。
 ただ同じ遺伝子を持つにしては、系統が違うことに驚いているのだ。母親か父親のどちらかが、彼女たちの系統の顔立ちをそれぞれしているのか、それともそれぞれの良いところを組み合わせて、出来上がったのか…。考えれば、考えるほど気になってしまう。

 玲は、その好奇心を落ち着かせるために、図書室の窓辺に、そっと置いてある花瓶をみる。夕日が差し込み、ガラス細工のアンティークの花瓶を照らしていた。空調の風でその花瓶に活けられた紫のライラックがわずかにゆらりゆらりと揺れていた。
 
 その光景を見て、玲は1つだけ答えが浮かんだ。
 女心は、男には理解しがたいということを…。 
 
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