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―― 本編 ――
【五】懐かしい記憶、猫は拗ねない。
しおりを挟む――これらは、本当に懐かしい記憶だ。
あの後、僕と礼子は、結納を済ませて結婚した。今では呼び捨てだ。気楽な口調で、肩から力を抜いて話が出来る。それは、愛を知っていた僕が、愛を知らないと言った彼女の事を好きになり、彼女に恋をしたから、愛情を注いで、愛の芽を育て、彼女に恋を愛を教えた結果だ。今では礼子も、僕を好きになってくれた。
政略結婚じみたお見合いから始まった僕達だが、今では礼子はいつも微笑するようになった。元々が優しく穏やかな性格らしい。その割に殺処分などと言ったことを僕が追及すると、なんでも僕をその着させるための嘘だったと言って笑ったから、僕は目を据わらせて、本当に心配したし、不謹慎だと述べておいた。
「この仔も本当に大きくなりましたね」
今、僕と礼子は同じ寝台で、二人で横になっている。結婚してからは、いつも同じベッドだ。そして――僕達の間で、必ずミーが一緒に眠る。二人の間で丸くなる。それがどうしようもなく愛らしい。
「そうだね」
仔猫だった頃の痩せ細っていた体躯が嘘のように、今では大きく育ったミーは、どこか威厳がある。最初は気弱だったが、今は堂々としている。育て方で、猫の性格は変わるのかもしれない。
「早く、私達の子にも、ミーを見せてあげたいですね」
今、礼子のお腹には、僕達の子供が宿っている。生まれる予定日までは、あと二ヵ月ほどだ。礼子と出会ってから、三年。僕は二十六歳になった。同じ歳の彼女もまた、二十六歳だ。僕達は、その後見つめ合ってから、どちらともなくミーを見た。
「ミーも私達の大切な家族ですから……生まれてくる子も、ミーを大切にしてくれるといいですね。逆にミーも、私達の子を気に入ってくれるといいんだけれど」
苦笑するように礼子が言った。僕は小さく吹き出す。
「子供ばかり構うと、猫は拗ねると言うね」
「まぁ……で、でも! 私はミーも構う自信しかありません!」
「子育ては大変だと思うよ? 僕は猫とは言え、ミーを育てるのが、本当に大変だったからね。つきっきりを覚悟しないと。勿論――僕達の子供なんだから、僕も一緒に育てるけどね」
「心強いです。ある意味、育児の先達ですのね」
そんなやりとりをして、僕達は笑い合った。
――そして、二ヵ月後。無事に僕達の子供が生まれた。ベビーベッドで眠る我が子は、幸せそうに眠っている。僕は、この子にも愛情を注ぎ、幸福を教えるつもりだ。僕はナオがくれたものを、生涯忘れない。同時に、ミーが教えてくれた生の感覚も、しっかりと意識している。
「はぁ……」
予想通り子育ては大変で、僕は溜め息をついた。
夜泣きをするから、僕と礼子は交互に起きては、世話をしている。
そんな時、あやしている僕や彼女のすぐそばに、いつもミーが立っている。今もそうだ。一瞥した僕は、赤子を抱きながら、佇むミーを見て、口元を綻ばせた。ミーの瞳は、どことなく僕を応援してくれているように思えた。
「頑張るよ」
そう告げてから、僕は吐息に笑みをのせる。
「ニャァ」
まるで人の言葉が分かるかのように、ミーが啼く。これは実によくある事だ。
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