氷の街と砂の国――全てを凍らせてしまうと虐げられてきた水魔術の使い手ですが、砂の国で水を売ります。

水鳴諒

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Chapter:1

【005】初めて見る花

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 翌日。

「――ろ。起きろって。おい! まったく、そんなに疲れてたのか? まぁ……分かるが」
「……ん」

 揺り起こされて、ルファは片手で目元を擦った。
 それから瞼を開けると、寝台の脇から覗き込んでいるリュークの姿があった。

「おはよう」
「もう午後だ。昼食時も終わってる」
「えっ」

 驚いてルファは飛び起きる。そしてそばに置いていた髪を結うゴムを手に取り、慌てて髪をまとめた。その間に、リュークはそばにあった小さなテーブルの前の椅子に座る。テーブルの上には、昨夜までは無かった大きな紙袋が置かれていた。

 寝台から降りて床に裸足の足をつき、ペタペタと歩いてルファも椅子へと向かう。靴下が不要だなんて、地上は凄いなぁと感動していた。

「この袋は何?」
「お前の服を調達してきた。とりあえず、服が無いと外にも出られないからな。着替えろ、すぐに。勿論、脱衣所で、な。それが終わったら、旅支度だ。度に必要な物と水屋をするのに必要な物を買いに行くぞ」
「私、まだガルスを持っていないよ?」
「最初は俺が支援してやる。後々、もし蓄えが出来たら返してくれればいい」
「本当? ありがとう」

 嬉しくなって、ルファは両頬を持ち上げた。するとルファをまじまじと見てから、照れくさそうにリュークが顔を背ける。

 ルファはそれから袋を持って、言われた通りに脱衣所へと向かった。
 袋の中を見ると、リュークと同じ枯草色の薄手の上着が入っていて、すっぽりと頭を覆えるフードがついていた。その下に身につけるものは、昨日入浴後に着た服に似ている、大きさがルファにぴったりの品だった。それと首の露出部分に巻くらしい布、下に穿くキュロット、靴下が入っていた。靴も歩きやすそうな品が入っている。

 まずはそれらを身につけてから、他に夜用なのかもう少し厚手の服が入っているのも見た。勿論、凍理の街での服装とは比べものにはならないが。

 身支度を終えてから、ルファは袋を持ち直して部屋へと戻る。
 するとリュークが視線を向けて、満足そうに頷いた。

「おう、似合うじゃねぇか」
「そう? ありがとう」
「ああ。じゃ、一般的な水屋の仕事内容を説明するから、そこに座れ」

 そう言うとリュークが、テーブルの上にあった硝子のポットから、琥珀色のお茶をグラスに二つ注ぎ始めた。よく冷えているように見え、甘い香りが漂ってくる。言われた通りにルファは、リュークの正面の席に座り直した。袋は足下の床に置く。

「まず、端的に言えば、水屋は、オアシスから汲んだ水を濾過して、布袋に入れて運び、オアシスの無い街で売る仕事だ。水が売り切れたら、また同じあるいは別のオアシスがある街へと移動し、そこで水の用意をして、再び旅に出る。そしてまたオアシスの無い街で水を売る。この繰り返しだ。分かったか?」

 リュークの声に、ルファが頷く。それから小さく首を傾げた。

「家はどうするの?」
「旅をして暮らすから、家は特にない。宿屋や、それが無い街ならば、部屋を貸してくれる住民の家で世話になったり、野宿をしながら旅をする。欲しければ、どこかに購入して、そこを拠点にしてもいいけどな」

 ルファは頭の中で、メモをしながら頷く。リュークがその前で続ける。

「水を運ぶのは体力がいるし、旅を続けるのも根気がいる。体力的な問題で、女子供は、ほとんどやらない仕事だ――が、この国では良い稼ぎになる、平民でも誰でもすぐになれる上、始められる中では、高給取りといえる仕事だ」
「平民?」
「ああ。王族とか、貴族以外の人間だ。まぁ、大商人になってくると、平民というよりは、貴族と同じような扱いを受けるけどな。貴族は領地の管理を、王家から任せられたりしている。騎士や聖職者が、貴族でも平民でも慣れる仕事の代表格だ」

 凍理の街には無かった様々なものがあるのだなぁと考えながら、ルファは覚えようと頑張る。

「さて、次に水の運び方だの、実際の方法の説明だな。見た方が早いから、早速オアシスに行くぞ」
「え? 私は水魔術でお水を出すんじゃ……?」
「実際にはそうするにしろ、他の水屋がどうやってるのか知らないんじゃ、誰かに質問された時に、すぐに水魔術の使い手だとバレるだろ。そうなったら、暢気に旅なんぞできなくなる。誰に捕まえられて、どんな目に遭わせられるか、俺は知らないぞ?」
「うっ……お、教えて! 私もオアシスから運んでいるという風に聞かれたら言う!」
「それが得策だな」

 リュークが立ち上がったので、慌ててグラスの中のお茶を飲み干してから、ルファもまた立ち上がった。そしてリュークの後に続いて部屋を出る。軋む階段を降りていき、宿屋の外に出ると、燦々と輝く陽光が、強く照りつけてきた。薄着にはなったが、暑いことには変わりがない。

「迷子になるなよ?」

 そう言ってリュークは笑うと、ルファの少し前を歩きはじめた。歩幅をあわせてくれている様子で、ルファにはそれがありがたかった。

 宿の前の道を暫く進み、角を曲がって歩いて行くと、次第に緑の葉を持つ木々が見え始める。常緑樹以外を見た事が無かったルファには、それが物珍しくて、思わずキョロキョロと周囲を見渡してしまう。いずれの色も、白い煉瓦で家が出来ている様子で、屋根の形は三角ではない。初めて見るものばかりで、内心でワクワクしていると、白い砂が踏み固められていた道自体にも、次第に緑色の草が見え始めた。

 その内に、白い花が咲き乱れ、足下が全て緑色に覆われた場所に到達した。
 あまりにもの綺麗さに、ルファは目を見開く。

「リューク、この白いのは何? とっても綺麗。可愛い」
「それが、花だ」
「これが、お花……」

 地上には、このように可憐な植物があるのかと、ルファは目を丸くしたまま呟く。

「そうだ。そしてほら、ここがオアシスだ」

 リュークが立ち止まったので、ルファは慌てて隣に並ぶ。リュークの視線の先には泥が広がっていて、ずっと向こうには青い水面があった。水に見える部分は本当に少しで、大半は泥に見える。

「この泥水を掬って、広げた布で濾過するんだ。布は自分で、みんな編む。この精度で、水の善し悪しも決まる。それを麻袋に入れて、荷として全てまとめて、背負うなり、担ぐなりして旅をする。これが水屋だ」
「布……?」

 布で泥を取り除き、下に落ちる綺麗な水を用意するようだとルファは考える。

「おう。最初は普通に、その辺に売っている布を使う者が多い。稼ぎが溜まったら、泥や砂利を性格に取り除く魔力糸で出来た布を使う者が多いな。ルファもそれを使っているフリをして旅をすればいい。この行程の部分は、実際にはルファには不要だ」
「わかった!」
「ただし水を入れる麻袋は必要だ。こればっかりは、各街の雑貨屋で買うか、自分で編むしかねぇ。ただ、目が粗いと零れて無駄になるから、俺は買うのを勧める。最初に売る分の袋は、俺が今回は用意してやる」

 そう言うと、リュークは近くの道を見た。

「向こうにそれこそ袋を売ってる雑貨屋や、旅の必要品なんかを売ってる露店が並ぶ通りがある。そこへ行って、旅支度を整えるぞ。そこも俺が出す」
「本当に、ありがとう」
「いや、ついでだ。俺も暫くは手伝うと決めたわけだし、自分の旅の用意もある」

 ニッと笑ってリュークは述べた。

「行くぞ」
「うん」

 こうして二人は、露店が連なる通りへと向かった。

 そちらでもリュークに教わり、旅路に必要な品々を購入していく。

「――と言うわけだ。繰り返すが夜は寒いからな? 毛布と火の魔石はいる」
「でもこの毛布、とっても薄いよ?」
「上と比べりゃそうなるな」
「火の魔石は、見た事が無い形をしてる……火属生の魔術の使い手はいないんだっけ?」
「ああ、これは鉱山で採れるんだよ。魔術師が作る品とは、名前が同じでも全く異なる。火魔術の使い手が作った本物の火の魔石なんて、王宮や一部の歴史が長い貴族の家くらいにしか存在しないな」
「そうなんだ」

 そんなやりとりをしながら買い物を終えて、二人は宿へと戻った。

「これで明日には、旅立てるな」
「うん!」
「もう一度言うが、旅は女には過酷だぞ?」
「大丈夫。私、凍理の街でもずっと立っていたし、体力には自信があるの」
「――なるほどな。確かに水葬樹を降りてくる時も、ルファは一度も、自分からは休みたいとは言わなかったもんな。ただ、砂漠の旅は、男にすら過酷だ。だから無理だけはするなよ。疲れたら、必ず俺に言え」

 そういって笑ったリュークが心強く思えて、ルファは大きく頷いた。
 明日からの旅が、楽しみだった。





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