猫屋敷奇譚

東雲蒼石

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第五章 夜の訪問者

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 私は息を呑んだまま、大家の顔を見つめた。懐中電灯の光が揺れ、彼の目元に影を落としている。

 「すみません……ちょっと、夜風に当たりたくて」

 自分でも苦しい言い訳だと思ったが、何も言わないよりはマシだろう。大家はしばらくじっと私を見下ろしていたが、やがてふっと鼻を鳴らした。

 「夜中に庭を歩くのは感心しないね」

 そう言うと、彼は静かにライトを下げた。

 「もう部屋に戻りなさい」

 それは命令というより、忠告のように聞こえた。私は何か言い返そうとしたが、喉の奥が詰まり、結局小さく頷くだけだった。

 大家がじっと私を見つめる。長い沈黙のあと、彼はくるりと背を向け、ゆっくりと玄関へ向かって歩き出した。私はその背中を見送りながら、先ほどまで黒猫がいたはずの地面をちらりと見た。

 ——猫の姿は、やはりどこにもなかった。

 私は歯を食いしばり、静かに自分の部屋へ戻った。



 部屋に戻ると、途端に疲労が押し寄せた。布団に腰を下ろし、乱れた呼吸を整える。何だったのだ、今のは。あの土の下には何があるのか。いや、それより——

 「猫は、どこへ消えた?」

 私は思わず呟いた。その瞬間——

 「ここにいるさ」

 私は飛び上がりそうになった。

 振り向くと、いつの間にか黒猫が部屋の隅に座っている。まるで何事もなかったかのように、金色の瞳でこちらを見つめていた。

 「……お前、どうやって戻ってきた?」

 「そんなことは、どうでもよかろう」

 私は猫を睨みつけた。

 「お前、最初から分かっていたんだな。あの土の下に、何かが埋まっていることを」

 猫は静かに尻尾を揺らした。

 「私は、お前に『導いた』だけだ」

 「導いた……?」

 「それ以上知るかどうかは、お前次第だ」

 私は拳を握りしめた。何も知らずにいるのは怖い。だが、知ってしまったら、もっと恐ろしいことになるのではないか——そんな気がしてならなかった。

 そのとき——

 コン、コン……

 部屋の障子が、誰かに叩かれた。

 私はぎょっとして振り向く。こんな夜更けに、一体誰が——?

 「……誰だ?」

 返事はない。

 ただ、コン、コン……と、ゆっくりと、規則正しく叩く音だけが響いていた。

 私は喉が渇くのを感じながら、そろそろと障子に手をかけた。

 そして、ゆっくりと開けた——。
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