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リヴァイアサン

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「リュート殿! 今だ!」

 蜘蛛の女王、アラクネ。
 大型蜘蛛の胴体と、女性の上半身を併せ持つこの魔物はとても強力だ。
 知能が高く、ステータスも高い。
 尾から吐き出される鋼糸にからめ取られたら最後、前足の鎌で貫いてくるかなり厄介な相手。
 そこで俺達はセニアの速度を活かし、俺から意識を逸らす誘導作戦を実行。
 別に範囲外から魔法で作成した隕石でも落とせば倒せるのだが、折角パーティーを組んだのだ。
 たまには共同戦線を張るのも一興と、セニアの案に乗っかってみた。
 そしてやってきた絶好の機会。
 いい加減待つのも飽きたし、ここら辺でこの遊びにも終止符を打つとしよう。

「叢雲!」

 戦闘技能オーバルアーツ、叢雲。
 反応不可能な速度ですれ違う様に目視不可能な抜刀で斬り捨てる剣術で、俺はアラクネを一刀両断。
 横一文字に振られた剣が、アラクネの胴体と上半身を切り分けた。

「ふぅ、こんなもんか」

「お見事だ、リュート殿。 貴殿の剣は見れば見るほど惚れ惚れするな。 これ程までに美しい剣は他にあるまい」

 努力でここまで腕を磨きあげた人からそんな風に褒められると、凄い恥ずかしいんだけど。

「さて、お次はっと」

 残るはコカトリスとリヴァイアサンか。
 どっちから行こうかな。
 
「セニアはどっちからやりたい?」

「そうだな……生息域が近いのはリヴァイアサンだから、まずはそっちに行かないか?」

「了解、ならまた飛んで行くか」

 それを聞くと、セニアのクールな表情が崩れた。
 真っ青になっている。

「ま……またやるのか、あれを! もう勘弁してくれ! せめて呼吸を整わせてから……」

「行くぞー。 とおっ!」

「うわあああああ!」

 嫌がるセニアを抱え、向かった先は大陸の海岸線。
 なんでもここのビーチに十数年前から、リヴァイアサンが住み着いているのだとか。
 
「うぅ……」

「大丈夫か?」

「お構い無く……すぐ治る……」

 こりゃ暫くは無理そうだ。
 リヴァイアサンは一人で処理するか。

「……あれは…………」

 地平線の先に、なんとも寂しい雰囲気が漂う大陸を発見した。
 一面荒野で何もない。
 方角的には帝国嶺の筈だが。

「セニア、向こうの大陸には何があるんだ?」

「うぷ…………ああ、あそこは帝国嶺だ。 迂闊に近寄ろうとするなよ、許可なく境界線を越えると戦争の引き金になりかねんからな。 まあリヴァイアサンが居る以上、こっちも向こうも簡単には渡れはせんがな。 皮肉にも」

 あれが帝国?
 思ったより……いや、ある意味セオリー通りの国みたいだ。
 テンプレだと帝国って国は、資源不足を理由に侵略国家の立ち位置に立たされている事が多い。
 んで、この世界の帝国も例に漏れず、って感じか。
 
「……ん? だったらリヴァイアサンは退治しない方が良いじゃない? そいつのお陰で帝国が渡ってこないんだよね?」

「事態はそう簡単な話じゃない。 確かに政治的な面から考えるとそういう側面もあるにはあるが、それ以上に被害が甚大なのだ。 始末せねば被害は増えるばかり。 致し方ない」

「ふーん。 だったら殺さずに支配下に置いて、こっちの指示を聞かせれば良いじゃん。 それで解決だろ」

「それはつまり……リヴァイアサンと契約するという事か? 何を言い出すんだ、君は。 相手はあのリヴァイアサンだぞ、契約など出来る筈が……」

 ああだこうだと講釈を垂れているセニアを横目に、俺はリヴァイアサンの魔力を探査。
 難なく発見した。
 どうやら向こうもこちらに気が付いたようで、俺に探りを入れてきている。

「我が眠りを妨げる矮小なる存在よ、何者だ。 答えよ。 答えねば問答無用で海の藻屑としてやろう』

『海の藻屑、ね。 やれるものならやってみなよ、やれるんならな』

『生意気な……そこまで吠えるのであれば良いだろう。 今すぐ散りに……!』

 と、リヴァイアサンが海底から攻撃しようとした瞬間、俺は膨大な魔力を込めた瞳で海底を凝視。
 どちらがより強者なのかを、リヴァイアサンの心に刻み込む。
 
「む……なんだ? 急に波が…………っ! いかん、リュート殿! 海水から離れるのだ!」

 勘違いしていらっしゃるわ、セニアさん。
 別に襲撃するつもり無いぞ、リヴァイアサンは。
 どちらかと言えば……。

 セニアが俺の盾になろうと目の前に立ち塞がった直後、海が飛沫を上げた。
 雨のように降り注ぐ水飛沫。
 その中に怪しい眼光を放つ、ネッシーみたいな存在が俺の目を真っ直ぐ見つめ、そして、

「出たな、リヴァイアサン! 今日が貴様の命日だ! 観念して我が刃の錆びに……!」

『申し訳ございません、我が主ぃぃぃ!』

 海上土下座を披露した。

「……は?」

 何が起きたのか理解不可能なセニアがバカ面を晒す中。
 リヴァイアサンことネッシーはおべんちゃらを口にする。

『へへへ、勘弁してくださいよ主ぃ。 あっしが主に楯突く訳無いじゃないですかぁ。 冗談ですよ、冗談! 小粋なジョークですから! ささっ、どうぞこちらを。 主にお似合いと思い、秘蔵の宝をお待ちしましたのでどうかこれで一つ……』

 ザザーン。
 波に乗って宝箱が流れてきた。
 
「リュート殿! 罠かもしれん、触っては!」

「……お? おおお! 見て見て、セニア! これ凄いぞ、なんか凄そうな腕輪が出てきた! かっけー!」

「…………」

 一応ネッシーを警戒しつつ、セニアは恐る恐る宝箱の中を見る。
 すると、入っていた指輪を見て、顔をギョッとさせた。

「こ……この腕輪はまさか、あの伝説の!」

『転深の腕輪でございます。 どうぞお納めください、我が主』

 転深の腕輪?
 なにそれ。

「セニア、これ知ってるの?」

「ああ、まあ……おとぎ話程度にだがな。 この指輪の名は、転深の腕輪。 一つだけだがどんな魔法も刻め、何度も即使用可能という神話級魔具だ。 ただ、文献によると使用できた者はたった一人しか居なかったらしく、所在に関する記述も残っていない為、実際には存在しないのではないかとまことしやかに囁かれている一品だ」

 神話級魔具?
 まさかとは思うがこれ……女神様の所持品じゃ……。 
 今何故か脳裏に女神様がテヘペロしている姿が浮かんだ。

「これ、何度も使えるの?」

「認められればな。 覚えているか、ギルドマスターに嵌められたあの魔道具を」

 ああ、あれか。
 外した途端、急に壊れたあの魔道具。

「本来であれば一度使用すれば壊れるのが魔道具だ。 しかし文献によると、転深の腕輪は不壊属性らしくてな。 使っても絶対に壊れない代物なのだそうだ」

 チート装備じゃねえか!
 これ絶対女神様のだわ。
 間違いない。

「へえ、そうなのか。 随分と凄いアイテムなんだな。 どう、セニア。 良かったら試してみる?」

「……いや、私はよそう。 私はどうにも魔法の才がないようでな。 その指輪が認めるだけの素養はないだろう、残念ながら。 だが貴殿ならもしや……」

 着けてみてくれと言わんばかりに、眼で訴えかけてきている。
 ネッシーも同様に。
 言われなくても着けてみるつもりだったが、こうして見られてると流石に緊張してくるな。
 使えれば良いんだが。

「わかった、じゃあ試してみるね」

 一人と一匹が頷いたのを一瞥し、俺は左手に嵌めてみた。
 
「とりあえず嵌めたけど、ここからどうすんの?」

『何か魔法を込めてみてはいかがでしょう』

 そういえばそんな効果の腕輪なんだっけ。
 なら……あれにするか。
 作ってみたは良いものの、準備時間が異様にかかる上、尚且つ必要魔力量が高すぎる為、飛んだ方が早いと結論に至ったあの魔法。
 テレポートを。

「ふん!」

『おお……』

 魔法を込めてみると、中心に嵌められた宝石が淡く光だした。
 成功したとみて良いのかな。

「試してみるか。 ……テレポート」

「!?」

 …………お?

「ここって、俺の部屋……か?」

「ひゃああああ! リュート様、いつの間に帰られて!?」

『主様っ、主様! はっはっ!』

 ……テレポート。

「え……えええええ!? リュート様が、リュート様が煙みたいに消え……!」

『主様ー! わおーん!』

 ビックリした。
 あんな簡単にテレポート出来るとは。
 この腕輪、とんでもない代物だな。
 悪用されないよう俺が責任を持って預かっておかなければ。

『お帰りなさいませ、主様ぁ! きゅうきゅう!』

「帰ってきたか」

「ただいま。 凄いね、これ。 めちゃくちゃ便利。 これから有効活用させて貰うよ、ありがとうリヴァイアサン」

 褒められたのが相当嬉しかったらしく、リヴァイアサンは前足をパチパチして喜びを表している。
 アザラシかな。

「ふぅ……まったく、君という人は。 これでは心臓が何個あっても足りそうにないな」

「ご、ごめん」

「フッ、謝らなくても良い。 こっちが慣れていけばいいだけの話だからな。 それで、これからリヴァイアサンはどう運用するつもりだ? 何か考えがあって従えたのだろう?」

「うん、まあね」

 ニッと口角を上げてリヴァイアサンに向き直った俺は、まず大砲でもびくともしない結界魔法を付与。
 更にいざという時の保険をかけ、リヴァイアサンに「人を絶対襲うな」、「帝国が侵入しようとしたら阻止しろ」と二つの指示を出し、次の場所へ向かった。



 
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