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デートオブザ面倒事

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 さて、なんやかんやで一夜明けた訳だが、これからどうしようか。
 今すぐ帰っても別に構わないが、あんまり早く帰宅すると勝手に外出した事をネチネチ言われかねないから、ほとぼりが冷めるまで帰りたくないんだよな。
 幸い、「たまにしか来ないのだから暫く泊まっていくと良い、アンドリューにはこちらから言っておこう。 その気になったら言いなさい」とオウル卿が言ってくれてるから、この際数日間厄介になるのも悪くはない。
 とはいえ、流石に他人の家でダラダラする訳にも……何かやることが無いか、メイドさんやシルトアウラ様に聞いてみるか。

「あ、あの! 困ります! リュート様にそのような事はさせられません! わたくしどもが怒られてしまいますので!」

「何か仕事はないかって? リュートくんにやって貰わないといけないことは特に無いなのよ。 大人しくゆっくりしてるなのよ。 なんならメリルを連れてどこかで遊んできても良いなのよ」

 何もなかった。
 というか、何もさせてくれなかった。
 お客様だからか。
 まあ確かに逆の立場なら、わざわざ来てくれた上、娘を助けてくれた恩人に仕事を押し付ける真似はしないなぁ。
 大人しくしてるしかないか。
 とりあえず、数日泊まらせてくださいとオウル様に言ってこよ。

「おお、そうかそうか! 数日泊まっていくか! 勿論構わないぞ、むしろ喜ばしいことだ! なんなら娘の夏休みが終わるまで居てくれても……」

 それは流石に厚かましすぎるので遠慮させていただいた。
 
「えーと、どう書こうかな。 なるべく父さんを刺激しない言葉選びを……」

 部屋に戻った俺は、昨日の件と勝手に外出した事に対する詳細な報告と謝罪、そして家のために数日間奉公してくる旨を手紙にしたため、我が家へテレポート。
 抜き足差し足、誰にも姿を見られないよう細心の注意を払い、書斎の隙間に手紙を滑り込ませ、今度はオークレイ家にテレポート。
 無事、誰にも勘づかれずに任務を遂行することが────

 ガチャッ。

「リュート様ー! お母様から外出の許可を貰いましたので、これからデートに行きませんか! 実は今日どうしてもリュート様と行きたいところが……!」

「うおっ!」

 び、ビックリした……。
 急に開けんなよな。
 ノックをしろよ、ノックを。
 どうしてこう俺の知り合いは皆してノックをしないのか。

「……リュート様って案外怖がりなとこありますよね」

「おい、誰が怖がって……はぁ。 で、なんか用?」

 ため息を吐きながら尋ねると、メリルは満面の笑みで……。

「あっ、そうでした! こんな事をしている場合じゃないんでした! リュート様、今すぐ出掛ける準備をしてください! 今日は1日街で遊びまくりますよ!」

 ……は?







「ねえねえ見て見て。 あそこの時計台に居る身なりの綺麗な男の子、結構かっこよくない? 私、話しかけちゃおっかな」

「バカね、やめときなさいよ。 あの感じからして誰か待ってるんでしょ。 あんたの出る幕なんか無いって。 それにあれ、多分貴族よ。 下手に関わらない方が良いんじゃない?」

「えー、そっかぁ。 ざんねーん」

 貴族と聞こえてきたから一瞬俺のことかと思ったが、どうやら勘違いだったらしい。
 俺がカッコいいだなんてあり得ないからな、うん。
 自己評価はちゃんと出来てるから間違いない。
 ふう、反応しなくてよかった。
 後ろ指指されて笑われるところだったぜ。
 あの女の子達はきっと、少し離れてた所で立っている、いかにも金持ちっぽいイケメンを指していたのだろう。
 あれなら納得だ。
 男から見てもなかなかのイケメンだと……なんか近寄ってきた。

「おっす」

「どうも……」

「もしかしてあんたも俺と同じ目的か?」

 同じ……?
 なにがだ。

「同じって?」

「うん? あんたも俺と同じで女の子を引っかけようとここでナンパ待ちしてたんじゃねえの?」

 なにこいつ。

「違うよ、人と待ち合わせしてただけ」

「なーんだ、残念。 お前と二人でナンパしたら女の子数人ぐらいすぐ釣れるかと思ったのによ」

 この金髪、最低すぎる。
 容姿は良いが中身が伴ってない。  
 引っ掛かった女の子は不幸としか言い様がねえ。

「もし待ち合わせじゃなかったとしても、ナンパなんてお断りだよ。 他を当たってくれ」

「なんだよ、つれねえなあ……おっ! えっろい姉ちゃん二人組発見! ちょっと声かけてくるわ! 上手くいったらお前にもお裾分けしてやるから楽しみにしてな!」

 男は女性二人にウインクすると、無謀にも突貫していった。
 ……あ、ビンタされてる。
 なに言ったんだ、あいつ。

「おかえり。 頬に手跡ついてるぞ。 何言ったらビンタされるんだよ」

「一発やらせてくれって言っただけだぜ? おっかしいな、爽やかに言えば簡単に落とせると思ったのによぉ」

 おかしいのはお前の頭だ……って、さっきのお姉さん達、こっち来てない?
 え、怖い……。

「ねえ君さぁ、そいつのお友達?」

「い、いえ……無関係です……」

「ふぅん」

 何故舐めるように全身見てくるのか。
 背筋が寒い。

「こいつより断然良い男じゃない、この子。 顔も可愛いし、引き締まってる割に筋肉ありそうで結構好みかも」

「だよねだよねー! お持ち帰りしちゃう?」

「しちゃおっか! て事だから、君ちょっと付き合ってよ。 あそこの宿屋で良いから1日お姉さん達と楽しまない?」

 ……!?

「こ、困ります! 僕、その……許嫁とこれからデートで……」

「許嫁なら別に良いじゃん! 恋人って訳じゃないんでしょお? なんなら結婚前に私達で練習しちゃえば? その子も下手な男より上手い奴の方が断然いいっしょ! ほらほら、早く!」

「はーい! お一人様ごあんなーい!」

 女性の色香とはなんと恐ろしいのだろう。
 振り払おうと思えばいつでも出来るというのに、お姉さんの胸の感触や吐息を感じる度に身体の自由が効かなくなっていく。
 これが大人の女性か……エロい。

「あ、あのぉ……俺は?」

「はあ? てめえはそこらの犬とでもやってろよ、くそが」

「死ね、このゴミクズ」
 
 見事撃沈した名も知らぬ男は、連れ去られていく俺を子犬のように見守っている。
 そこへ待ち人がやっと来た。

「止まりなさい」

「ああん?」

 声のした方を見ると、金髪を靡かせる美少女が街中だというのに抜き身のレイピア携え、邪悪なオーラを放っていた。
 一見笑顔を浮かべているように見えるが、俺にはわかる。
 あれはいざとなったら暴力も辞さない女の笑顔だ。
 
「そちらの方は私の大事な許嫁どす。 速やかに返しなさい。 でなければ……殺します」

「はっ、やれるもんならやってみな! こう見えてもあたしは冒険者なんだよ! お前みたいなガキに殺されてやる方が難しいんだっつーの! わかったら出直してこいよ、お嬢様!」

「そうですか、では……実力行使と参りましょう。 戦技オーバルアーツ、瞬華……」

「ちょ……待て、メリル! それは流石に!」

 と、止めようとした瞬間。
 メリルの名を聞いたもう一人のギャルがハッと口元を両手で抑え……。

「メリル様って、も……ももも、もしかしてオークレイ家の跡取りと噂のあのメリル様!? ヤバいってシノア! あの人、メリル様だよ! 逆らったら打ち首にされちゃうって!」

「え!? オークレイって、王家が最も信頼を置いてるっていうあのオークレイ家!? ……す、すいませんでした! まさかメリル様の許嫁と知らずとんだ無礼を……何卒、何卒命だけは!」

 命乞いをする二人にメリルは絶対零度が如く冷たい視線を浴びせながら、沈黙する。
 そして、暫く経った後。
 ため息を吐いたメリルはレイピアを下げ、こう告げた。

「……行きなさい、私の気が変わらないうちに」

「は、はいぃ!」

 これがオークレイの威光と権力か。
 噂に聞いてはいたがこれ程とは。
 今更ながらこんな大貴族といずれ婚約するのだと思うと、いささか引け目を感じる。
 
「…………」

「助かったよ、メリル。 ありがとな」

「ふぅ、まったくリュート様は……目を離すとすぐこれなんですから。 やはりお一人で街中に放り出すんじゃありませんでした。 こうなることは予見出来てましたのに」

 なんか酷いこと言われてない?

「ところで……」

 メリルはそう言いながら、軟派男に白い目を向けた。

「どうして貴方がここに居るんですか。 ノルスガルド共和国、ノーディス王家が三男。 アイン・ノーディス殿下」

「…………」

「……え」

 このいかにもダメそうな男、王子様なのか!?
 嘘だろ。

「メリルさんメリルさん」

「はい、メリルさんです」

「あのぉ……この人、王子様なの?」

「ええ、そうですよ。 こちらの非常に残念なお方は王位継承権が無いことを言い訳に、遊び呆けてるかの放蕩王子。 アイン・ノーディス様です」

 嫌いなのかな。
 言葉にトゲがある。

「冗談だよね? こんなのが王子なの? 性欲有り余ってるだけの猿にしか思えないんだけど」

「残念ながら……」

「お前ら、王子に対して随分な物言いじゃね?」

 俺も王子様にこんな口の聞き方はどうかと思うが、どうしてか敬語を使いたくないんだよな、こいつには。

「敬語を使ったら負けな気がして」

「もっと高貴な振る舞いを覚えてから文句を言ってくださいませんか」

「はっはっは、ちげえねえ!」

 アインは一通り笑うと、手を差し出してきた。

「お前おもしれえ奴だな、気に入った! 今日から俺とお前はダチな! よろしく頼むぜ、リュート!」

「あ、ああ。 よろしく…………?」 

 握手を交わすと、アインはニカッと眩しい笑みを浮かべ、今度は肩を組んできた。

「おっし! んじゃ親睦を深めたところで、ナンパ再開といこうぜ、親友!」

「誰が親友だ。 てか、さっきも言ったけど僕はナンパなんかしないぞ! そんな恥ずかしい事やれるか!」

「そうです、リュート様の言う通りです! 私達はこれからデートなんですから、巻き込まないでください! やりたいならお一人でどうぞ!」

 これ、デートだったの?
 ああいやでも、これでデートじゃない方がむしろおかしいか。
 わざわざデートスポットと名高い商業区で待ち合わせしてるんだから。
 
「そうしてえのは山々なんだけどよ、俺一人だとなんでか女の子みんな逃げちまうんだよなぁ。 なんでだろうな、こんなイケメンなのによぉ」

 ガツガツし過ぎてるからだろ。

「ガツガツしてるからですよ。 そんな男の人に言い寄られても、こっちは怖いだけですから。 少しはリュート様を見習ってください」

「相変わらずきつい言い方すんなあ、あんた。 そんなんじゃ誰にも言い寄られねえぜ?」

「必要ありません、私にはリュート様さえ居れば他には何も要りませんから」

「へぇ」

 意味深な目付きでアインがこっちを一瞥してきた。
 
「あんたがそこまで言うなんてよっぽど良い男なんだな、こいつ。 なら俄然手伝って貰わねえとな! なっ、リュート!」

「いや、だから俺はナンパなんてしたく……」

「もう! いい加減にしてください! リュート様は今から私とデートに行くんです! 邪魔しないでくれませんか!」

「いぃっ!」

 痛い痛い痛い!
 二人して両腕を引っ張るな!
 千切れる!

「やめろ! 痛いわ!」

 振り払うと二人してブーブー文句を垂れてくる。
 文句を言いたいのはこっちだ。

「はぁ、なんでナンパに拘るんだ……王子様ならお相手ぐらい城で紹介して貰えるだろうに」

 呟くとアインが肩をビクッと震わせた。
 ギクッて擬音が聞こえてきそうなほど、顔がひきつっている。

「もしかして…………来てるんですか? 縁談の話」

「………………」

 よっぽど好ましくない相手なのだろうか。
 冷や汗をダラダラ流している。

「呆れた……お相手を蔑ろにしてナンパに勤しむなんて何を考えていらっしゃるのですか、貴方は。 御兄様方が知ったらまたお叱りを……」

「し、仕方ねえだろ! だって相手は子供も裸足で逃げ出す、あのルティア=レーヴェンだぜ!? 付き合ってられるかってんだ!」

 誰?

「ルティア=レーヴェンって?」

「ノルスガルド共和国三大貴族の一角と言われる、レーヴェン家のご令嬢です。 あまり良い噂を聞かないお方ですね」

「ふうん、どういう人なんだ?」

「えっと、そのですね……王家に嫁ぎたいが為に、他の候補者を消したと貴族界隈ではまこしやかに囁かれてまして。 まあ実際のところはわからないですけどね」

 とどのつまり、悪役令嬢的な人なのか。
 あんまり関わらない方が良さそうだ。
 アインには申し訳ないが。

「とんでもない奴なんだな、そのルティアっていうお嬢様は。 ある意味貴族らしいっちゃらしいけど。 でも、それがなんでナンパする事に繋がるんだ?」

「それは恐らく、縁談の時間稼ぎの為かと。 王位継承権が無いとはいえ、アイン様も王族には違いありませんからね。 もし王族であるアイン様が一般人とお付き合いなさっていると、レーヴェン家に知られようものなら……」

「体裁を整える為、縁談を延期する必要が出てくる、か」

 なんとも貴族らしい話だ。
 うちもそうだが、貴族ってのは金や権力と同等に面子を気にしている傾向が強い。
 辺境の貴族でさえそれなのだ。
 特権階級を重んじるお高く止まった貴族や王族なんかは、その傾向がうちの比ではないのだろう。
 だからこそアインはこの手段を取った訳だ。
 嫌でも時間を置かなければならなくなるから。
 見た目に反してなかなか頭が回る。
 こんなんでも王族って事か。

「なんというか、王族ってのも大変だな。 色々としがらみが多そうだ。 その点、うちは楽だよなぁ。 特にめんどうなしがらみもないし、嫁ぎ先も当たりだし、言うこと無しだ」

「うちと縁談を結んでよかったですね。 他の家でしたら今みたいなのんびりライフは夢のまた夢でしたでしょうから」

 否定したいのに否定の言葉が見つからない。

「……確かに」

「ふふっ」

「人が悩んでる時にイチャイチャしないでくんね?」 

「誰がイチャイチャしとるか」

 と、突っ込んだ刹那。
 周囲が突然ざわめき始めた。

「おい、見てみろよ。 あれってもしかして……」

「嘘……」

 どうやら騒ぎの原因は俺達じゃないらしい。
 騒いでる人達は皆一様に別方向を見ている。
 不思議に思った俺もそっちの方角に目を向けた。
 すると、王城へ繋がる大通りの向こう側から、こちらへと向かってきている一団を発見した。
 その集団が纏っているフルプレートには、マンティコアの刻印が刻まれている。
 あの紋章、なんだっけ。
 なんかの本で見たことがあるような……。

「あれは……」

「げっ」 
 
 二人の顔色からしてあまりよくない状況なのかもしれない。
 面倒事じゃなければ良いのだが。

「リヒター殿下、アイン殿下を見つけました。 どうやらご一緒されているのはメリル嬢のようですが、あちらはいかがなさいますか?」

 リヒター? 
 リヒターと言えば確か……。
 
「この件に彼女を巻き込む意味はないからね。 一言挨拶を交わしたのち、お帰り願おうか。 ねっ、アルヴィン」

 ああ、やっぱりそうだ。
 あのいかにも王子様って感じの金髪イケメンは、リヒター・ノーディス様。
 次期国王と名高い、かのリヒター様だ。
 そしてその隣で槍を携える赤毛の騎士こそが、リヒター様が最も信頼されているという共和国騎士団騎士団長にして、第二王子の……。

「へえ、あの愚弟おもしれえ奴とつるんでんじゃねえか。 ありゃあかなり強ぇな」

「アルヴィンよりも?」

「さあ、どうだろうな」

 うおっ、凄い殺気。
 
「君がそこまで言うんだ、相当な実力者なんだろうね。 ……喧嘩、してみたいかい?」

「おうともよ! 兄貴が許可してくれんなら今すぐにもでもやりあいたいね! 最高の喧嘩が出来そうだ!」

 おいおい、力量が一目で見破られた上に、今にも飛びかかってきそうなんだけど、あのゴリラ殿下。
 勘弁してくれ。

「なら彼も城に招待しようか、僕も少し興味がある」
 
 ちょっ!

「へっ、兄貴に見初められやがったか。 こりゃ期待できそうだぜ、お前と違ってよ。 なあアイン!」

 肩に腕を回され逃げられなくなったアインは、バツが悪そうに。

「う、うっせえな……」

「……まっ、気持ちはわからねえでもないけどよ。 俺もお前ぐらいの年の頃には国王オヤジに反発したもんだ。 ……けどよ、俺らはどこまで行っても王族。 残念な事に、それはどうあっても変わらねえ。 だからよ、いい加減大人になりな、アイン。 反抗期はそろそろしまいだ」

「……チッ」

 王族。
 それを聞いた途端、アインは大人しくなってしまった。
 あまり権力だのしがらみだのというのに関わりがない俺には理解が及ばないが、王族のしがらみというのは俺が想像するより遥かに重い重責なのだろう。
 アインの顔色一つでそれがうかがい知れる。

「おっし、んじゃ帰るか! ……おい小僧、何してやがる。 てめぇも来んだよ」

「えっと…………」

 返事を待たず、アルヴィン様は王城の方へとアインを引き摺っていく。

「聞くまでもない、ってことか。 しゃあない、行くとするか。 メリルはどうする? 帰るか?」

「……いえ、リュート様が行くのなら私も行きます。 心細いと思いますから」

 メリルさん……!

「ありがと、メリル。 正直、一人だと不安だったから助かるよ」

「ふふっ、お気になさらず。 これも未来の妻として、当然の行いですから。 それに……いつかはこうなる気がしていましたし」

「え……?」

 それってどういう…………と、訪ねようとしたところで、何故か先程から俺と歩幅を合わせているリヒター様が、ボソッとこんな事を……。

「さて、アルヴィンが認めるその実力。 どれ程のものか試させて貰うよ、リュートくん」

 嫌な予感しかしねえ。

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