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強者の匂い

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「うーん……なかなか姿を現さないね。 本当に来るのかい? その不審人物とやらは」

 木の枝に座り双眼鏡で山の麓を眺めるエリオに、俺は晩飯代わりの乾パンを渡しながら。

「さあな、わからん」

「わからんってそんな投げやりな」

「投げやりだろうとなんだろうと、わからんもんはわからん。 無理言うな。 良いからちゃんと見張ってろ。 見逃したりしたら目も当てられないぞ」

「はぁ……やれやれ。 これは貧乏クジを引いたかな。 早めに見つかると良いんだけど」

 それについては俺も同意見だ。
 俺ら男からしても不審人物が嗅ぎ回ってるなんて気味が悪いのに、年頃の娘からしたらもっと気持ち悪いだろう。  
 早めに正体を明かして安心させてあげたい。

「ところで……本当にあれでよかったのかい? あの娘達をあのまま放っておいて。 かなりカンカンだったけれど」

 思い出させるなよ、折角忘れていたのに。

「しょうがないだろ。 相手がどんな奴かもわからないのに、あいつらを矢面に出させる訳にいくか。 もし本当にヤバい奴だったらどうすんだ。 悔やんでも悔やみきれないぞ」

「ははは、わかってるさ。 彼女らの実力じゃ、まだこんな仕事任せられないからね。 ちょっと言ってみただけだよ」

「そういう意味じゃないんだがな……」

 と、噛み合わない会話にヤレヤレと肩をあげていた最中。

「ん? あそこで何か動いた気が…………ッ」

 目標らしき人物が、獣道から姿を現した。

「おい、エリオ。 来たぞ、あそこだ」

「……まさか本当に来るなんて」

 現れたそいつは確かに情報通り、どこからどう見ても不審人物にしか見えなかった。
 すすけたローブに、顔が見えないほど深く被ったフード。 
 身長は多分俺より少し下くらい。
 およそ165センチ前後ってところか。
 肩幅からして男だろう。
 武器は見たところ特になし。
 ローブの下にナイフぐらいは隠し持っているかもしれない。
 怪しい……怪しんでくれと言わんばかりに怪しい。

「あいつが例の奴か」

「だろうね。 情報どおりの見た目だし、間違いないと思うよ。 で、どうかな。 もし戦闘になった場合、君なら倒せそうかい?」

 それ自体は問題ない。
 冒険者ランクで例えるなら、あの身のこなしと体幹からして、恐らくC前後。
 今の俺は身体能力的にDが妥当だが、今まで培ってきた技術と感覚がある。
 あんな奴程度であれば、五人までなら無傷でなんとか出来るだろう。
 だが問題なのは、だ。

「ああ、あいつだけなら問題ない。 すぐに片をつけられる。 ただ、あの後ろのやつ。 あいつは結構厄介そうだ」

「後ろ? そんなのどこに…………あっ、いつの間に……」

 今頃気が付いたのか。  
 ギルドマスターともあろう者が、注意散漫にも程が…………いや、違う。
 あいつ、意識しないと視界に映らないよう、わざと気配を消してやがる。
 なかなか出来る事じゃない。
 強いな、
 
「厄介? 魔王様でも手を焼く魔人を殺せる君でもかい?」
 
「一応、勝てる事は勝てると思う。 それなりに苦戦はするだろうけどな」

「へぇ、君がそこまで言うんだからよっぽどな実力者なんだろうね」

 少なくとも、ラミィやリアじゃ手も足も出ないぐらいには。
 
「ああ、あまり戦いたくない相手では…………いかん! 隠れろ!」

 突き刺す視線、首筋に伝う殺気を感じ、俺とエリオは咄嗟に木の幹に身を隠した。  

「どうかしたのかい?」 

「あいつ、こっちに気付きやがった」

「冗談はやめてくれないか。 あそこからここまで、ゆうに300メートルはある。 そんな距離の視線に気付くわけが……ああ、そうだった。 君もそっち側の人間だったね。 まったく、だから嫌なんだ。 君らみたいな規格外な人間くんは。 命が幾らあっても足りやしない」

 人を化物みたいに言うな。

「くっちゃべってないで、弓でもつがえてろ。 最悪このまま戦闘になるぞ」

「オカリナでも良いかい?」

「勝手にしろ。 あいつとまともに戦えるんなら、特に文句はねえよ。 それで殺されたとしても自己責任だしな」

「……素直に弓にしておくよ」

 俺の脅しにビビったエリオは、弓に矢をセッティングしていつでも戦えるよう備える。

「こっちは準備完了したよ。 いつでもどうぞ」

「ああ。 じゃあまずは……」

 と、わざと物陰から姿を晒し、女に敵意を送ったのも束の間。
 
「よし、偵察はこんな物だろう。 一旦遺跡に引くぞ。 襲撃の準備を整える」

「………………」

「何をしている! さっさと来い!」

「……わかった」

 なんらかの理由で逆らえないのか、女は男に命じられるまま山へ入り、姿を眩ましてしまった。

「……今のどう思う、ソーマくん。 もしや、罠かな?」

「十中八九そうだろうな」

 あの女、去り際にわざと俺に視線を合わせてきやがった。  
 追ってこいと言わんばかりに。

「どうする? 追うかい? 罠の可能性がある以上、一筋縄ではいかなさそうだけど」

「……考えるまでもない、追うぞ」

 そう言って飛び降りた俺を追ってきたエリオが、ため息混じりにボソッと。

「まったく、本当に今日は厄日だね。 こんな事なら帰ってくるんじゃなかったよ。 ついてない」

 
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