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第1章 『吸血鬼』
1-11 ユベル
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「がァッ…!」
痛みに顔をしかめて喘ぐ、瞳子の声が耳を打った。
瞬間、皐月は今までの感覚が嘘だったかのように、軽く瞼を開けることが出来た。
ぐらりと揺れる身体。
皐月の腹部を支えていた得物を瞳子が払ったことで、その場に転がり落とされてしまった。
何が起こった……。
それを確かめるべく、首を捻る。
「まったく――」
ひどく落ち着いた、澄んだ声が耳に届く。
「覚えのある大嫌いな気を辿って来てみれば、汚くて気色の悪い、出来損ないで紛いものの蛆虫ではありませんか」
瞳子のものではない。
鈴を振ったように綺麗で、耳に心地よい声だ。
それはどうやら、よろめく瞳子の更に背後の方から聞こえているらしかった。
「数十年ぶりに見つけたかと思ったのですが、これでは期待外れもいいところです。さすがの私も、気を嗅ぎ分ける力が弱くなって来てしまったのでしょうか」
呆れたような調子で言う、その声の主を見上げる。
少女――いや、女性。
女性――いや、少女。
身の丈は、皐月より頭一つ分低い程度。
全身程よく凹凸のあるその体躯は、青年か未成年か、どちらとも言えそうなくらい。
サラリとしたストレートの真っ白い髪は、腰ほどまで伸びている。
そんな容姿の女性は、相対している瞳子に向かって右手を突き出し、何かを握り締めるような仕草を取っていた。
それがどのように作用しているのかは分からないが、瞳子が今正に、睨んだままで身体を動かせないでいるのは、間違いなくその女性の所為だ。
鋭い眼光。
綺麗でいて冷たい声音。
それら威圧感からだけでも、目の前にいる者をたちまち凍り付かせてしまえそうな程の気迫だ。
「さて――」
小さく呟くと、女性は突き出していた右手を思い切って握り込んだ。
何をしているのかと思った次の瞬間、触れていないはずの瞳子の左腕肘から先が、音を立てて弾け飛んだ。
「ぐっ…! ぁ、ぁああ…!」
先のなくなった腕を押さえながら、瞳子が女性を睨みつける。
「い、一体何が…!」
しかしてその女性は涼しい顔で、もう一度、拳を握る。
今度は、右の大腿がはじけ飛んだ。
「柔らかいですね。この分だと、貴女は純血から四世代目くらいでしょうか?」
「な、何を――! あ、あんた、一体何なのよ…!」
痛みに悶え喘ぎながら、瞳子は今一度、女性を厳しく睨みつけた。
「あら、ご存じないのですか? では五、いえ六世代目ですか。はぁ、私の見立ても、随分と衰えたものですね」
やれやれ、と首を振って飄々と語りながら、その女性は次なる拳を構える。
それに動揺した瞳子は、ひっ、と小さく悲鳴を上げた後で、まるでつい先刻の皐月のように、一目散に走り出した。
「あらあら、無駄なことを」
しかして片足しかない瞳子は、その場から離れることなど叶わない。
小さく息を吐きつつ肩を竦めると、女性は先ほどと同じようにまた拳を握った。
グッと力が籠められたその先で瞳子は、首元を押さえて悶え出した。
見えない力は、今度は首元を絞めつけているらしかった。
「誰かによる不運か、或いは自ら望んだものか。それは分かりませんし、知りたくもありませんが――」
女性は、一歩、また一歩と、瞳子の方へと歩み寄る。
じたばたともがくもその甲斐なく、一切の解放も許されない。
どころか女性が近付くその度に、首を絞めつける力は強くなっているらしかった。
「しかしその全ては、原初の大罪が招いた落ち度。怠惰というやつです。故に、この世に残る病巣は、私が自ら雪ぎましょう」
すぐ目の前まで近寄り立ち止まって、
「ですからどうか――どうか、ゆっくりとお休みなさい。この私が、貴女の罪を赦しましょう」
恐怖に染まる顔色を正面から眺めつつ、その頬へとしなやかな指を、手のひらを、優しく添える。
「全ての吸血鬼の祖、この『ユベル』が、これまでの悪行を背負います」
刹那――
歪んでいた表情が、僅かに緩んだ。
どこか穏やかな、満たされたような表情で、瞳子は力を抜いた。
観念したようなその様子に頷くと、ユベルと名乗るその女性は、握り締めていた拳に一層の力を籠めた。
そうして少しの間を置いた後で、コキッ、という音と共に、瞳子の糸が切れた。
「おやすみなさい、私の罪よ」
呟くように、それでいて語り掛けるように言うと、女性は項垂れる瞳子を地面に横たえさせた。
「さて――」
今度は、皐月の方へと視線を寄越した。
視線が交錯する。
瞬間、
皐月は、耐えきれず意識を手放してしまった。
痛みに顔をしかめて喘ぐ、瞳子の声が耳を打った。
瞬間、皐月は今までの感覚が嘘だったかのように、軽く瞼を開けることが出来た。
ぐらりと揺れる身体。
皐月の腹部を支えていた得物を瞳子が払ったことで、その場に転がり落とされてしまった。
何が起こった……。
それを確かめるべく、首を捻る。
「まったく――」
ひどく落ち着いた、澄んだ声が耳に届く。
「覚えのある大嫌いな気を辿って来てみれば、汚くて気色の悪い、出来損ないで紛いものの蛆虫ではありませんか」
瞳子のものではない。
鈴を振ったように綺麗で、耳に心地よい声だ。
それはどうやら、よろめく瞳子の更に背後の方から聞こえているらしかった。
「数十年ぶりに見つけたかと思ったのですが、これでは期待外れもいいところです。さすがの私も、気を嗅ぎ分ける力が弱くなって来てしまったのでしょうか」
呆れたような調子で言う、その声の主を見上げる。
少女――いや、女性。
女性――いや、少女。
身の丈は、皐月より頭一つ分低い程度。
全身程よく凹凸のあるその体躯は、青年か未成年か、どちらとも言えそうなくらい。
サラリとしたストレートの真っ白い髪は、腰ほどまで伸びている。
そんな容姿の女性は、相対している瞳子に向かって右手を突き出し、何かを握り締めるような仕草を取っていた。
それがどのように作用しているのかは分からないが、瞳子が今正に、睨んだままで身体を動かせないでいるのは、間違いなくその女性の所為だ。
鋭い眼光。
綺麗でいて冷たい声音。
それら威圧感からだけでも、目の前にいる者をたちまち凍り付かせてしまえそうな程の気迫だ。
「さて――」
小さく呟くと、女性は突き出していた右手を思い切って握り込んだ。
何をしているのかと思った次の瞬間、触れていないはずの瞳子の左腕肘から先が、音を立てて弾け飛んだ。
「ぐっ…! ぁ、ぁああ…!」
先のなくなった腕を押さえながら、瞳子が女性を睨みつける。
「い、一体何が…!」
しかしてその女性は涼しい顔で、もう一度、拳を握る。
今度は、右の大腿がはじけ飛んだ。
「柔らかいですね。この分だと、貴女は純血から四世代目くらいでしょうか?」
「な、何を――! あ、あんた、一体何なのよ…!」
痛みに悶え喘ぎながら、瞳子は今一度、女性を厳しく睨みつけた。
「あら、ご存じないのですか? では五、いえ六世代目ですか。はぁ、私の見立ても、随分と衰えたものですね」
やれやれ、と首を振って飄々と語りながら、その女性は次なる拳を構える。
それに動揺した瞳子は、ひっ、と小さく悲鳴を上げた後で、まるでつい先刻の皐月のように、一目散に走り出した。
「あらあら、無駄なことを」
しかして片足しかない瞳子は、その場から離れることなど叶わない。
小さく息を吐きつつ肩を竦めると、女性は先ほどと同じようにまた拳を握った。
グッと力が籠められたその先で瞳子は、首元を押さえて悶え出した。
見えない力は、今度は首元を絞めつけているらしかった。
「誰かによる不運か、或いは自ら望んだものか。それは分かりませんし、知りたくもありませんが――」
女性は、一歩、また一歩と、瞳子の方へと歩み寄る。
じたばたともがくもその甲斐なく、一切の解放も許されない。
どころか女性が近付くその度に、首を絞めつける力は強くなっているらしかった。
「しかしその全ては、原初の大罪が招いた落ち度。怠惰というやつです。故に、この世に残る病巣は、私が自ら雪ぎましょう」
すぐ目の前まで近寄り立ち止まって、
「ですからどうか――どうか、ゆっくりとお休みなさい。この私が、貴女の罪を赦しましょう」
恐怖に染まる顔色を正面から眺めつつ、その頬へとしなやかな指を、手のひらを、優しく添える。
「全ての吸血鬼の祖、この『ユベル』が、これまでの悪行を背負います」
刹那――
歪んでいた表情が、僅かに緩んだ。
どこか穏やかな、満たされたような表情で、瞳子は力を抜いた。
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そうして少しの間を置いた後で、コキッ、という音と共に、瞳子の糸が切れた。
「おやすみなさい、私の罪よ」
呟くように、それでいて語り掛けるように言うと、女性は項垂れる瞳子を地面に横たえさせた。
「さて――」
今度は、皐月の方へと視線を寄越した。
視線が交錯する。
瞬間、
皐月は、耐えきれず意識を手放してしまった。
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