千年巡礼

石田ノドカ

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第4章 『さがしもの』

5.妖魔

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 鍵穴やからくりの類がついていないそれは、次いで妖気が流されたことで綻び、それから伸びている太い鎖が解けていった。

「妖術によってかけている鍵、ですか」

「はい。私の一族だけが使える緊縛用のものですが、故あって――術の使用者が解除するか絶命するか、或いは尋常ならざる妖気でしか突破することは叶いません」

 それだけの理由がある、ということだ。
 それも、椿の外見に関して。

「どなた……?」

 中から、ひどく弱った声が響いた。
 透き通った若々しい声色ながら、どっしりと芯の通った音だ。
 蝋燭と提灯から確保された厳かな灯りは、その姿をうつさない。
 奥の方には大仰な御簾が下がっている。姿は、そこに在るのだろう。
 お香のようなものが幾つも置いてあるが、それでは消しきれない異臭のようなものが、甘い香りに隠された奥の方に見え隠れしている。

「お初にお目にかかります。桜花の狐乃尾、第一部隊副長、ユウと申します。此度、椿様よりの依頼にて参上致しました」

「お、お初に、目に入ります…! ミツキ…! えっと、特務、です…! こ、こたび……ゆ、ユウと同じ…!」

 隣で頭を下げるユウに倣って、ミツキも慣れない挨拶を口にし、頭を下げる。
 無理に話さなくてもいい、と予め釘を刺しておいたというのに、緊張感からかそんなことも忘れてしまっているようだ。

「ユウ――貴方のことは、遠く聞き及んでおります。桜花への貢献、大義ですね」

「恐れ入ります」

「隣の、ミツキ――特異な妖気をお持ちのようですが、無害なようですね。遠いところまで、ご苦労様です」

「……当然、お気付きですよね」

「ええ。ですが、敵意がないということさえ分かれば、その他は些末なことです。現に、その座を任されている貴方に同道しているのですから。彼女のことは、同列に扱うべきでしょう」

「ありがとうございます。だってさ、ミツキ」

「う、うん…! ありがとうございます…!」

 やや緊張しつつも、はっきりと答えるミツキ。
 自身のことについて探っている最中、心身の成熟と共に、やはり思うところはあるようだ。
 しかし、その正体に気付いて尚、受け入れてくれようとは。
 咲夜か菊理からの進言があったか、将又そういうものだと漢那のように割り切る性分か。

「挨拶も早々に、本題へと移りたいところですが――時雨、御簾を上げてください」

「かしこまりました」

 一つ頭を下げてから、時雨はゆっくりと御簾を上げ始めた。
 足元から、その姿が灯りの元へと晒される。

 ——道理で、動けないわけだ。

「目を汚すような姿でごめんなさいね。改めて、ここ西方の第一監視所を治めている、椿でございます」

 六本ある筈の足は全てなく、それらが支える大きな胴体も、薄く潰れてしまっている。
 女郎蜘蛛、と聞かされなければ、その種族も分からない程だ。
 本来あるはずのその足の根本も、禍々しい色に染まっている。
 異臭の元は、腐敗しているようにも見えるその付け根なのだろう。

「呪い、ですか……?」

 ユウの問いかけに、椿は力なく頷いた。

「のろい?」

 ミツキが尋ねる。

「妖魔の気に触れ、攻撃を受けた妖は、例え死なずに生きていたとしても、適切な処置が早急に行われなければ、このように傷口から後遺症を残すことがあるんだ。受ける苦痛は様々で、中でも椿様のように浸食していっているようなものを、妖は『呪い』って呼んでいる。治せない訳じゃないけど、程度や経過時間によるんだ」

「ええ。私はこれを、あるひとりの妖を助けた時に負ったのですが、その話はいずれ。時雨から、この監視所についてはお聞きになられました?」

「妖魔から襲撃を受けたことがある、と。まさか――」

「ええ、ご想像の通りかと」

 妖魔の妖気は、妖にとっては毒素に成り得る。それが発現してしまったのが、呪いだ。
 継続的に身体を蝕み、傷口の状態を善くさせないのは、その妖気による。
 椿に関してはーー妖魔の妖気が『呪い』として監視所内に在る為、監視所外の妖魔がその妖気を察知し、監視所の遮断機能が弱まっていることと併せて妖の位置を特定する。
 妖魔は、妖の妖気を察知しそちらへと進行するものが大半だが、中には妖魔同士で引かれ合うものも在る。そういった妖魔は並みの妖魔に比べ強い傾向にあり、だからこそ呪いをかけるに足る妖気も持ち合わせているのだ。
 椿が呪いを受けたその妖魔は、ある程度強く、且つ妖魔同士で引かれ合う類のものであったらしい。

「すぐには対処出来ない拠点の事情に加え、椿様の状態が重なってしまった結果、ですか」

「そういうことになりますね。皆はよく対処してくれていますが、引け目は拭いきれません」

「そのようなことは…!」

「ええ。時雨、貴女たちのような子らが監視所の同士でいてくれることは、とても誇らしい。迷惑をかけますね」

「勿体ないお言葉です」

 頭を深く下げる、時雨の椿に対する態度は本物だ。
 そんな様子を微笑みつつ見届けると、椿はまた、ユウらに向き直る。

「さて。此度の依頼を請けてくださいまして、改めてお礼を」

「探し物、ということでしたが、我々ふたりだけで本当に……?」

「何か、不可解な点が?」

「いえ。不可解、というか、腑に落ちない点が一つ」

「申し上げてください」

「失礼致します。僕とミツキは先刻、今回の依頼に対し、人手が必要ではなく、腕の立つ少数が必要なのだろうと話していました。が、この監視所、ぱっと見ただけでも腕の立つ妖が多いことは分かります。それでどうして、狐乃尾にまで依頼をなさったのかと」

 瞬間、椿は何か言いたげに鋭く目を細めた。
 しかしすぐに目を伏せると、やがて開かれた視線は、先ほどと同じようなものに戻っていた。

「ユウさん、貴方は前線? それとも支援か参謀?」

「前線です。が、数ヶ月前からは、後方役になることもありました。以前はそれに長けていた者がいたのですが、殉職により」

「なるほど。そうですか」

「はい。ただ、今は僕とミツキ、ふたりだけで一つの変則部隊となっております。九つの部隊内で動いてはいません」

「――それについては、あまり深くは聞かないで納得しておきます。話してくださって、ありがとう」

「いいえ。こちらこそ」

 サラリと返すユウだが、内心少し穏やかではいられない。
 二つ目の質問に関しては問題ない。それでいてくれるのなら、ユウとしても有難い。

 ただ、一つ目の質問に関しては、ユウを試そうとしているような内容だ。
 ユウが何を掴んだか疑ったと思ったか、就いている現場について知ろうとしたのはその為だろう。
 少し慎重に言葉を選ぶ必要がありそうだと、ユウは襟を正す。

「そう身構えなくとも構いませんよ。意地の悪い質問でした」

「……いえ。失礼ながら、僕は、いえミツキも、その出自が特異なだけに、初めて会う方には警戒心が強くなってしまうのです」

「なるほど。であれば仕方はありませんか。敢えて言っておきますが、我々はあなた方を冷遇するつもりはありませんし、仕事とは言え頼み事を受けてくれた恩には報いるつもりです」

「無駄な言葉を尽くさせてしまいました」

「構いません」

 椿は柔和に笑って、一度目を伏せた。

「先ほどのユウさんの言葉、流石に鋭いですね」

「と、申されますのは?」

「今回の依頼『さがしもの』は、生き物を指して言う『者』なのです。それも、秘密裏に捜して欲しい。加えて言うなら、尾っぽではなく、貴方でなければならない依頼です」

「……理由を尋ねても?」

「ええ。対象者の名は『しん』。少年から青年の間くらいの背丈顔つき、肌の色は赤黒く、大きな一本角を携えています」

(角……?)

 ユウの表情の微妙な変化を感じ取ったのか、視線はユウ一点へと注がれる。

「その出生は不明――何でもないところで野垂れ死にそうになっていたところを助けた子です。言葉は話せません。我々と共に居てもらう為、幾らか手を焼きました」

 そんな言葉の端々に、ユウは嫌な予感がした。

「探して欲しい理由は単純な話です」

 椿は、一拍置いた後で、はっきりと言った。




「彼が――『妖魔』だからです」
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