百合の花咲く古本屋 ~満開版~

石田ノドカ

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序章 出会いと、思い出と

1.日課

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 私は朝が好きだ。
 それも、早めの朝が。

 これから陽が昇って来るぞ、くらいの時間帯に外へ出ると、普段とは違う景色が見られるからだ。

 通勤通学と忙しなく動く人は極端に少なくて殆どすれ違わないし、車や他の物音もあまりない。
 晴れの日には鳥の囀りが、雨の日にはアスファルトや草花、建物の屋根に叩きつける雨音が、スッと耳に入って心地いい。
 良い意味で、私だけ世界から切り取られたような、そんな心地になれるのだ。

「うわっ、さっむ」

 四月の暮れ。
 仄かに空が明るくなり始めた朝、天気は良くとも空気は冷たい。
 もう少し分厚めのアウターを取りに戻ろうか、と思いながらも、面倒だし、動いていればその内温まるだろうと思い込んで、私はそのまま家を後にした。

 空気はカラッとしていて雲も無し。
 けれども今日は、鳥の囀りは聞こえない。
 田舎だからそこかしこに木は生えているのに、どこに目をやっても留まっている姿が見えない。
 少し歩き進めてみても、車や自転車、トラックなんかとすれ違うこともない。

 何だか、どこか寂しくも思える朝だ。

「――よしっ」

 そんな日にこそ、軽く走るに限る。
 私はトンと靴を鳴らして、ゆっくりと加速し始めた。

 寂しい景色が通り過ぎてゆく代わりに、肌がピリッと冷たくなった。
 けれどもすぐに身体は温まり始めて、そんなことも次第に感じなくなっていった。
 全身がいい具合に解れてきた頃から、徐々にスピードを上げてゆく。
 景色は、更に速く通り過ぎていった。
 木々の間、細い通路、横目に小さな用水路――そんな道を抜けた先で、ちょっとした大通りへと出た。

「はっ、はっ、はっ、はっ……」

 額が、仄かにしっとりとしてきた。
 薄いアウターの中も、少し蒸れ始めている。
 ちょっと走ってこれなら、やっぱり分厚いものに替えなくて良かったらしい。
 めんどくさがりな性分が功を奏することもあるんだな。

 なんてことを考え走りながら、すっかり見慣れた公園の前で立ち止まり、腕時計に目をやる。
 いつもと同じ場所だが、いつもよりいくらも時間が経っていない。
 普段は家を出てから、鳥の鳴き声や環境音なんかを楽しみながら暫く歩いて、それから走り始める。今日はさっさと走り出してしまった為に、それほど時間が経っていないようだった。

 早く切り上げるか――。
 あそこの角を曲がって家路につくか、はたまたもう少し先まで行ってみるか。

(――うん、今日はあんま知らないところまで行ってみよ)

 たまにあるこういう日は、いつもと違うことがしたくなってしまう。
 人一倍めんどくさがりな癖に、時間の使い方は我ながら人一倍自由で贅沢だ。

(あそこ入ったことないな。よしっ、決めた)

 思い立ったが吉日。
 私は、遠目に見えた知らない通路の方へと舵を切り、思い切って走り出した。
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