器巫女と最強の守護守

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51話 失われた記憶。

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「結稀さん」
「………」
「結稀さん」
「……さくらさん?」

目が覚めたとき、視界に移るのはさくらさんだった。
私を心配そうに見つめる瞳はよく見るさくらさんだ。
傍には鎮静の守護守さまと炎の守護守さまも…彼ら2人は黙って静かな面持ちで私を見下ろしている。
場所は恐山で変わりはない。
何故さくらさんが…富士の結界内、自身の社で回復を余儀なくされてたはずなのに。

「なんで…」
「私は桜のある場所なら、自身の分身を寄越す事が出来ます」

こんな早くに?
本体を富士の結界内に置くことで、回復しつつ分身をこちらに連れたのだろう。
本当は回復に専念してほしいところだけど仕方ない。
それにさくらさんの言ってることは正しいけど間違っている。
恐山は活火山で植物が多く生い茂っているような場所ではない。
となると、山の麓に生きる桜の木を媒体にしたのだろうけど、そこからここまで自身の分身を寄越すには相当な力を要するはずだ。
今のさくらさんからすれば無理をしていることがわかる。
けどここにさくらさんが来たということは、彼女が今成し得たい目的があるからに他ならない。
だからそこについては何も言わなかった。

「災厄との契約が途切れ、彼の力も芳しくない今、結稀さんに返す時が来たと思い参りました」
「返す?」
「貴方の記憶です」
「え?」

掌に桜の花を1つ置かれると、それはじわじわと私の手に吸収されていった。
さくらさんを呼ぼうと息を吸った時、じわじわ底から沸いてくるものを感じた。
それは急激にやってきた。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

「え……」

富士に行って間もなく、姉兄もいなく孤独だった。
叔母は顔こそ知っていたけれど滅多に会ってなかったから他人だった。
他人ばかり、皆優しいけど妙に怖くなった。
巫女という存在を学べば学ぶだけ、何かがそぐわなくてそれがどうにも解消されなかった。
私は富士にいることが嫌になって、泣いて走りながら結界から出ようと思っていた。
天神に戻りたい一心で。

「…やく、どこ…やく…」

眠ることがなかなかできず、姉も兄もいない夜に慣れなくて外をひた走る。
結界内は暗く月明かりだけが頼りだった。
足を進め木々の間を右往左往してるうちに怖くなってきて涙が滲んだ。

「…やだ…やく、どこ…」

暗い木々の間を抜け結界の端に行き着いたその場所は小さな泉だった。
月明かりが大きく注がれる場所で、他の所よりは明るく少し気持ちが和らぐもすぐに独りであることを思い出して泣いた。
私は天神にいた頃、薄く記憶にはあるものの父も母もすぐに亡くなり、姉と兄は忙しかったから大体近くの社にいってはやくにあっていた。
富士に来て姉と兄にはより会いにくくなり、やくにいたっては会えることはないだろうと言われていた。

「帰りたい…」

やくの名を呼んだ。
しばらく泣いて、ふとした時に上から声が降りて私を呼んだ。

「結稀」
「…う…」
「何を泣いている」

上から見下ろし腕を組んで偉そうにして。
それでもたった数日会ってなかっただけで、ひどく懐かしくて…嬉しくて仕方なくて、涙でびしょびしょに顔を濡らしたまま破顔した。

「やく!」

そうだ、会っていた。
卑弥呼さまの元で感じた違和感はこれだ。
私はこの生きてる時間のほとんどを彼と過ごしている。
富士にいた間は夜だけの僅かな時間だったけど、それでも過ごした時はその分親しみを生んでいる。

あの日から私は毎日この泉の元へ来てはやくに会っていた。
富士の結界を超え、余裕の体でやくは姿を現しては、富士に馴染めなくてよく泣いていた私を笑っていた。

彼は全国どこでも自由に行ける守護守だ。
挙句他者の結界なんて関係なく突破できる強大な力を持っている。
私が小さい頃から彼が異質で他の守護守と比べ遥かに強い力の持ち主だと知っていたのは、前世の記憶が引っかかっていたからだろう。
だから富士の結界内に入ってきていても疑問に思わなかった。
最も正規の手順を踏んでいけば本部は彼の出入りを許しただろうけど、彼がそんな手間を踏むようには思えない。
彼お得意の勝手で結界内にきたと踏むのが妥当だ。


「私やくが好きなのね」
「ん?」

毎日会って、毎日話して、時には学びを受け、一緒にいる時間が当たり前で居心地良く感じていることに気付いた時、私は彼に想いを告げていた。

「心が極端にあがったり戸惑ったりするのとは違うけど、長く一緒にいたいと思うのは好きということじゃないの?」
「俺に問うな」
「あ、ごめん」

するりといつもの平坦な会話の1つとして。

「そうだな…お前もそれなりに成長したか」
「やくと比べれば短い人生の半ばだけどね」
「不思議なものだ」
「なにが?」

昔、愛した女性がいたらしい。
守護守の人生にそういうこともあるのだろうかと思ったけど、その時と私の時では彼の在り方が違うようだった。
それに今まで納得できてなかったらしいけど、今日ここで私の言葉をきいてその心境の違いを理解したと言ってくる。

「それでも俺は結稀を愛しているのだろうな」
「愛…」
「この短い時と共に育んだ平穏を何と捉えるかというのであればだ」
「えー…嘘?嘘じゃなくて?」
「お前、俺に向かってその発言が許されると思っているのか?」
「痛」

不機嫌な顔を呈して手刀が入ったのは言うまでもない。
同じ気持ち云々以前に守護守に対して不敬だろう…特に目の前の守護守はそういうことを気にする性質だ。
それでもそう言わないのは、彼はなんだかんだで私の言葉をきちんと捉えた上で笑い、正面から応えてくれているから。

「そもそも人の告白に昔の恋人の話だすってどうなの?」
「気にもしていない癖によく言う」
「まあそうなんだけど」
「良い気づきだ。俺もまだ人としての部分が残っているという事だな」
「人?」
「後に分かる」

夜のほんの少しの時間、私がただ平穏でいられる場所はかけがえのないもの。

けど、この日々に終わりが来る。
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