器巫女と最強の守護守

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52話 親愛。

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けど、この日々に終わりが来る。

その日も楽しみにと小走りになりながら、彼の元へ向かうと先客がいたようだった。
話し声に立ち止まり、音を立てずに近寄ると知っている人が2人。

「それで懺悔の為に来たのか?俺が今まで気づいていないとでも?」
「いいえ、貴方が気づいているのは知った上で続けました……ですが、私はこれが正しい事なのか分からないのです」
「今更だな」
「…はい、私もそう思います」

やくとさくらさんだった。

「俺が敢えて何も言わずにいてやったものを」
「堪えられなかったのです…。同じ時を過ごせば過ごすだけ、何故黙って騙しているような事をしているのかと、考えてしまうようになりました」
「ふん、今になって怖気づいたか」
「…そうですね…そうなりましょう…幼い頃なら理解自体されずとも、今知れたらと思うのですから」

心臓がやたら早鐘を鳴らし始めた。
嫌な予感。
きいていたくないのに、足はそこにしっかり根付いて動けない。

「桜、お前が決める事だろう」
「……分かっています」
「最初に監視を選んだのも、道によっては手をかけるのも全て織り込みずみの上で、結稀を巫女として多くを教えているのだろう」
「はい」

ばくんと、一際大きく心臓が跳ねた。

「趣味悪くここを覗いていたのも監視の一つだろう」
「…はい」
「ふん…前に決めた事を迷うなら今決め直せば良い」
「…何を」
「続けるか止めるか、果ては全てを結稀に話すかだ。簡単な事だろう」

私はこの時、一瞬疑ってしまった。
学びについてもいつも一緒で細やかに教えてくれ、時には姉のように守り厳しく、時には母のように優しく、友人のように親しみ深いさくらさんが、ずっと私を監視するために一緒にいたのかと。
失敗続きでふて腐れても、泣きたいのに我慢していても、さくらさんは静かに隣にいてくれたり手を握ってくれたり、来たばかりの頃は抱きしめてもくれていた。
それが全て監視だったと?

「結稀さんはいつしか器として悩む時が来るでしょう。その時決める事によっては私は彼女をどうにかしなければいけない…それが出来るのか分からなくなっているのです」

10年以上、一緒だった。
やくにもさくらさんにも親愛と呼べるものが育まれしっかり根付いていた。
もちろんそれぞれ意味合いが異なってはいたけど、それでも大事な2人であったことに変わりはない。

「…待て」
「災厄?」

そして、その事実が処理しきれないところにやくが私に気付いてしまった。
やくが私の視界から消え、気付かれたと思う間もなく私の視界を塞いで後ろから抱える形で拘束する。

「災厄……!」
「全く、無意識に気配を消したな」
「や、やく、やめ」
「そんなに心乱しておいてその辺りに放れはせん」
「ゆ、結稀さ…」

動揺していた。
どんな顔をしてさくらさんに対面したらいいかわからなかった。
わざわざ視界を閉ざしてくれたのは、ある種やくは私を助けてくれたんだと思う。

「桜が決める前に知れたか」

私を無視して、仕方ないとか、記憶を消すかと話が進んで行くのが耳を通る。
嫌だと言ってもきいてくれない。

「なんで全部消すの?やめてよ!」
「ここであった事が一つでも残っていると簡単に綻ぶからだ」
「覚えてるままでいい!」
「まだ早い」
「なんでやくが決めるの?!」
「お前が未熟だからだ」

私たちの関係はどうなると訴えても、気持ちが変わらなければ再び申し出るだろうと勝手なことを言う。
もしかしたら、やくは私とさくらさんの関係に、難升米ナシメ臺與イヨの関係を見たのではないかと思った。
私にとってさくらさんは、臺與から見た難升米と同じようなもの。
この時、相当動揺していて見えてなかったけど、さくらさんも声を失うぐらい気が動転していたことは確かだった。
私はほぼやくとしか話してなく、きいた少ないさくらさんの声は震えつつも詰まっていた。

「これから会えない事が辛いか」
「え…」
「心配せずともすぐに会う事になるだろうな」
「まさか…」
「ああ、動き始めた。桜、お前は結稀が辿り着くまでに応えを決めておけ」
「やく!」

失われた記憶、それをやくはさくらさんに預けた。
さくらさんの好きな時に返すといいと。
その最後のやり取りをうっすら聞きながら私は意識を手放した。
そこから私の記憶は幼少期だけやくと一緒だったというものに変わった。

「………さくらさん」

戻って来る。
さくらさんは沈痛な面持ちで私を見つめていた。

「………」
「さくらさん」

彼女の言う罪滅ぼしは10年来の信頼を自身の行為で踏み躙っていたことへの罪悪感からか。
あの時の私にはわからなかったけど、今の私ならよくわかる。
同じ立場で充分見てきたし、味わったから。
だからちゃんと言っておかないと。

「さくらさん、私、さくらさんが好きです」
「………」
「貴方は私の母であり姉であり、とても大事な友達なんです。さくらさんが何を目的に私の傍にいたとしても、私はさくらさんが好きですよ」
「…結稀さん」

それはやくに対しても同じだ。
私の彼への気持ちは難升米という前世から引きずられたものじゃない。
私と彼が過ごした10年以上の月日が育んだものから生まれた気持ちだ。
その上で、彼女には伝えることと、難升米の残したことをやり遂げようと思った。

「臺與に会いに行きます」
「結稀さん」
「なので、さくらさん。力を貸してください」

さくらさんが眉を八の字にして微笑んだ。
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