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80話 告白の返事と口付けのやり直し

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「イリニが好きだ」

 愛していると。
 甘い囁きが心内を擽る。

「東の国で隠居生活というのは叶えられないが、心煩わせないようにする。したくない事はしなくていい」

 だから。
 続く言葉を黙って待った。

「俺と一緒になってほしい」

 ぶわりと熱いものが競り上がる。今にも泣きそうなエフィが緊張の色をそのままにして私を見つめていた。

「返事を、聴いても?」

 とっくに決まっている。
 ずっと言えなくて、ぐずぐずして、なにも言わずに待ってくれるエフィに甘えてそのままだった。
 恥ずかしいからと、踏み切れないからと先延ばしにして、エフィが胸を貫かれた時に後悔したから、今度こそちゃんと言わないと。

「エフィ」
「ああ」

 エフィと向かい合って、膝に乗せてる手をとった。僅かに震えている。緊張してるのは私だけじゃない。同じなんだと思うと口角が自然と上がった。

「エフィが好き」

 眉を寄せて苦しそうに息を詰まらせる。
 とった手を自分の頬に寄せた。

「最初は全部捨てて遠くに行きたかった。でも今はエフィと一緒にいたいって思うのが強くて。エフィが一緒なら社交も外交も大丈夫って思えるから」

 こくりと自分の喉が小さく鳴った。
 大丈夫、決めたもの。

「エフィに、側にいてほしい」
「……」
「結婚も、したい……エフィと、一緒がいい」

 寄せたままの手が震える。その手が少し熱い。

「いい?」
「当たり前だ」

 覚悟を決めた。
 エフィは社交や外交はいいと言うのだろうけど、それもひっくるめてエフィと一緒にいることを選んだ。
 エフィがいないなんて耐えられない。何にも代えられないもの。

「ああ、よかった」

 エフィが安心したように息を吐いた。
 全てが終わった今、私が東の国で隠居生活をすることを考えにいれていたらしい。

「そしたら、ここに住むの?」

 イディッソスコ山の城を下ってシコフォーナクセー王城に入る時がくるのか。魔物たちと離れちゃうのは惜しいな。

「ああ、それは心配に及ばない」
「どういうこと?」
「それはおいおい話そう。今は、その、イリニにお願いがある」
「なに?」

 目元を赤くして期待に瞳を輝かせる。さっきから蕩けている目がエフィの気持ちをすべて語っていた。

「やり直しを、してもいいか?」

 なにをと聞くのは野暮というものだと分かっている。事故チューのやり直しだ。
 エフィが胸を貫かれた時に囁いた私の言葉、告白の返事とキスのやり直しを今きちんとやる気なの。
 もしかしてエフィはきちんと場所やら時間やら雰囲気やら考えて今日この日を選んだ?
 順番どうこう言うなら、告白の返事をして想いが通じ合った今ならキスしても問題はないってこと?

「イリニ」
「う、うん」
「嫌?」
「嫌、じゃない」

 前と同じやり取りだった。
 ふっと笑ってエフィが静かに少し屈んで近づいてくる。頬に寄せていた手が右の肩に置かれ、ゆっくりなぞる。お互い同じタイミングで瞳を閉じた。
 ただ重ねるだけ。
 事故チューの時と同じ、柔らかくて少しだけかさついてる唇と、肩に触れる掌に体中に熱が巡る。
 きちんとキスしてるのが分かる程ではあったけど、ほんの数秒で離れていってしまう。
 離れていく温もりが惜しい。触れてほしいという気持ちが膨らんで抑えられなかった。エフィの袖口を掴んで離れていくのを止めるとエフィが不思議そうに瞳を揺るがした。
 恥ずかしいけど、今エフィに離れてほしくない。

「イリニ?」
「……もっと」
「っ」
「もっと、して」

 恥ずかしいことを言ってるのは分かる。あまりに気持ち良かったし、触れているだけでとてもあたたかい。自分の顔が赤いだろうなあと思いつつも、エフィの反応を見れば、大きく目を開いて驚いていた。

「……エフィ?」
「!」
「あの、だめ?」
「う、ぐ……」

 次に顔を赤くする。はしたないのは分かっている。
 それにエフィの中で順番あるみたいだから、一度目から三度目ぐらいまでの口付けについてはエフィの理想に準じた方がいいのかもしれない。
 諦めるかと視線を落とすと、エフィのもう片方の手が私の肩に添えられた。少し力が入る。

「俺の部屋にしなくて良かった」
「え?」

 そのまま引き寄せられる。お酒のせいもあるのか、いつもより体温上がっててあったかい。私の肩口に顔を埋めてエフィが囁いた。

「駄目じゃない」
「本当?」
「嬉しいぐらいだ。そういうことは沢山言ってくれ」

 後は俺が我慢できるかだなと苦笑まじりに呟く。

「我慢?」
「その内教える」

 いまいち分かりにくいことを言うんだから。
 私の方は努力しますとしか言えないけど、これからエフィと一緒にいられるなら、少しずつ変わっていけるかな?
 エフィが抱きしめていた腕を緩め、肩口から顔を上げる。
 頬のラインを撫でて嬉しそうに目を細めた。解けて溢れ落ちてきそうな瞳の色合いに胸の内が跳ねる。

「目、閉じて」

 今度は言われた通り目を瞑る。
 さっきと同じあたたかさと柔らかい感触。
 やっぱり気持ち良い。

「エフィ」

 目を開ければ鼻先が触れ合う近さのままエフィが私を見つめている。水気を帯びた中に今までにない揺れが見えた。

「もっ、と」
「ん」

 エフィが再び唇を寄せる。
 数えるなら三回、散々時間をかけられた後、やっと終わりがきた。

「これで三回ともやり直しが出来たな」

 やり直しって事故チューだけじゃなかったの。
 妙にやりきった感が出てるのを見るに、だいぶ意識してたのが分かる。

「気にしてないのに」
「……俺が嫌だ」

 不服そうに言うエフィが可愛い。不思議、最初はそんなこと微塵も思ってなかった。

「ふふふ」

 可愛いと笑う私にエフィは困ったように眉根を寄せて、少しだけ自分の唇を噛んだ。格好悪いなと囁いて。

「ううん、エフィ違う」
「?」
「そういうエフィだからいいなって」
「え?」
「可愛いのも格好いいのも好きだなって」
「……その言葉は丸々君に返す」

 腕を回してそのまま抱きしめられる。エフィの顔が見えないけど、きっとお互い顔が赤いままだろうな。

「エフィ」
「ん?」
「淋しいの嫌だからね?」
「ああ」

 勿論心得ているとエフィが抱きしめる腕の力を強め、耳元で囁いた。
 私が望む言葉だ。

「俺はイリニを独りにしない」
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