旦那様を救えるのは私だけ!

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9話 VS四幹部、必殺技解禁

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「リン?! ちょ、クラシオン!」
「奥様!」

 制止を振り切り走りながら、自分に強化の魔法をかけた。
 そのまま路地の隙間に入り、囲う壁と窓枠を使って、リズムよく飛んだ。
 テレビの向こうの私もやっていた。

「三段跳び、出来るものですね」

 やっぱりラングは、戦士は違うのね。
 屋根の上に出れば、見晴らしもよく、夕暮れの終わり、薄く夜が近づいていた。
 鮮やかな橙の光と境の深い青に目を細めながらも、極近くに四幹部の一人、アルコがぎょっとした顔をして、こちらの様子を伺っていた。

「え、貴族? どうやって登って」
「泥棒さん、いいえ、アルコ! 見つけましたわ!」
「は?」

 これはラングとしての出番。
 私はテレビの向こうの私と同じくポーズをとった。

「変身!」

 同時、用意していた音楽を流す。
 一瞬で変身は終わってしまうけど、この音楽から戦いの音楽へスムーズに変わるので違和感はない。
 学園で学んだ魔法を応用して、私の思い通りに音を流す仕組みを作った。
 あちらではこれを録音と再生と言っていたけど、やはり音楽があると格段に違う。
 加えて、用意してある服に一瞬で着替える魔法も予想通りうまくいった。
 これでこそスプレンダーだわ。

「え、音? いや、変身て?」

 ラングの衣装に身を包み、再びポーズを取り直す。

「闇は光を呼び、痛みは癒しを呼ぶのです」
「はい?」
「癒しの戦士、クラシオンがお相手します!」
「いや、いいっす」
「あ!」

 まだ口上があるというのに、アルコったら素早く屋根の上を移動し始めた。

「お待ちなさい!」
「げ」

 さすが戦士。
 強化した身体でなら、あっという間に追いついた。
 そのまま飛び込むように右の拳を振る。

「うっわ」
「あら」

 避けられた。
 右手はそのまま屋根にぶつかり、資材が跳ねた。
 後で修理しないと。

「え、何? 警備隊?」
「違います! 戦士と名乗ったではありませんか!」
「ええ?!」

 ここにきて相手に攻撃が通る。
 屋根に倒れ込んだ時に、盗んだものであろうものがバラバラこぼれた。
 
「やべ」

 落とした物しかり、そして階下が急に騒がしくなった事に対しても、舌打ちをするアルコ。
 警備隊が到着したよう。
 私が行くという声が聞こえた。
 旦那様の声だわ。
 低く芯の通った声は、騎士としての出番だからか、張り詰めていて緊張が伝わってくる。

「味方が到着したからと言って、怯む私ではありません!」
「え、そっちの味方なんじゃ?!」

 旦那様が魔法で地上から屋根の上に到達する間に、隙を見せたアルコを蹴り上げる事が出来た。

「痛っ!」

 宙へ舞った後、屋根の上に落ちる。
 アルコを追う様に盗んだであろう物が再び落ちてきた。
 かなりの量を所持しているわね。

「待て、え、クラシオン?」
「旦那さ、いえ、エスパダ! 私、クラシオンが来たからには、貴方の悪事は許しません!」
「ええ?! 王都警備の騎士団なのに?! 悪事て?!」
「アルコ! 貴方の悪事も、ここで終わりです!」

 すでに倒れ込むアルコと私を見比べて、大方内容を把握したらしい旦那様が、震える声で私に問うた。

「まさか、これを君が?」
「ええ、私の使命には、エスパダの洗脳を解くという事もありますが、悪を討つというのも大前提にありますから」

 しかも敵はスプレンダー、四幹部の一人。
 すると旦那様は、表情を険しくして叫んだ。

「こんな真似は止めなさい!」
「いいえ、これこそが私のやらねばならない使命なのです!」
「危険だろう!」
「承知の上です! それを超えてこそ戦士というもの!」
 
 私と旦那様が話している間に、こっそり逃げようとするアルコの前に移動して、左足を回した。
 蹴りは届かなかったけど、その次の右の手は入り、再び蹲るアルコ。
 けれど、ダメージをそれ程負っていない。
 やはり幹部級、旦那様と同じく魔法で強化して、ダメージを追わないようにしているのね。

「止めろ、クラシオン!」
「やはり、味方を守りにきますか」
「違う! 奴が味方なわけがない!」
「承知しておりますわ」

 いや全然わかっていないだろと旦那様が苦しそうに唸っている。
 折角なので、ここはひとつ、戦士としての戦い方を見せてあげましょう。

「私達は、この身体で戦うのが基本ですが、勿論必殺技もありますの!」
「必殺、技?」
「よくご覧になってて下さい!」

 片手を空へ掲げる。
 同時、音が奏で始めた。
 用意していた事を全て試してみたけど、全部問題なさそう。
 後は私がスプレ、スプリミの通りにうまくやるだけ。
 DVD再生機が熱で動かなくなるぐらい見たもの、間違えるはずがないわ。

「スプレンダー!」

 ピシャーン

「え、ちょ」

 演出も予定通り。
 巻き起こる風に圧倒的力の圧。
 これが戦士としての必殺技。
 さあ、最後まできっちり決めないと!

「カリド・アリビアド!」

 ドーン

「成敗!」

 バーン

 音も完璧に決まる。
 やれたわ、準備したかいがあった。
 テレビの向こうの私の通りだ。

「なんだ、今の音は……」
「効果音というものですわ」

 先程の必殺技の音も同じ。
 この魔法、なかなか難しかったけど、無事うまくいってよかった。

「もう勘弁してくれ……」 

 そんなラングとしての成功に喜びを噛み締めている私の心内など露知らず、旦那様からは溜息が漏れた。

「あら」

 そして、さすがというところなのか、アルコはすんでの所で、私の必殺技から逃げ切っていた。
 しかも衝撃の余波を使って逃走も果たしている。
 見れば屋根伝い、遠くに姿が見えた。
 やはり幹部の一人、一話で倒す事は旦那様同様、出来ないということね。

「さすがですね」
「え、あ、クラシオン」
「今日はアルコ回なので、エスパダとの戦いは次になります」
「はい?」
「次は貴方の洗脳を解いてみせます! 癒しの戦士の名にかけて!」

 準備は整った。
 テレビの向こう側の私と同じように戦士として戦える今、旦那様を救える未来に、より一歩近づいたのだわ。
 喜ぶ私に対し、洗脳の解けていない旦那様は、苦々しい顔をして私を見ていた。
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