旦那様を救えるのは私だけ!

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15話 旦那様の変化

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「リン様、旦那様が夕餉を共にと」
「え?」

 カミラが音楽発表の関係で、王城通いの命を出して三日後。
 旦那様が早く帰ってくるようになった。
 しかも冒頭通り、食事を一緒にという申し出と共に。

「リン様、いかがしますか?」
「え、あ、ええ、行くわ」

 いつも一人で食事でとっているから不思議な感じ。

「旦那様と、食事」

 一人でぼんやりとるものでもなく、旦那様と一緒。

「旦那様と!」

 嬉しい。
 ああ、私、嬉しいんだわ。
 はやる気持ちを抑えられず階下へ下ると、玄関先には旦那様がいた。
 隣にいて話していたであろうラモンが、会釈をして去っていった。
 丁度いいタイミングだったのかしら。

「旦那様」

 背を向けていた旦那様の肩が小さく震える。
 ああいけない、敵から背後を狙われては騎士の名折れね。
 けれど御帰りになったのなら、相応に迎え入れるのが妻としての役目だし、今はまだ変身していない。

「ク、ラシオン」

 ぎこちない動きでこちらに振り向いた旦那様の手には花束が握られていた。
 騎士団で慶び事があった記憶はなかったけれど。

「只今、帰った」
「ええ、お帰りなさいませ」

 これをと花束が差し出される。
 どういうことなのかと旦那様を見ても、視線を逸らされてしまって意図が分からない。

「……」
「……」
「ええと、私に、ですか?」
「ああ……」

 手を出すと、少し強めに渡された。
 私達の間で直近何か記念日のようなものはないはず。

「何か、祝い事が?」
「いや、そういうわけではないが」
「では何故」

 ぎくりと言った様子で、旦那様の身体が強張る。
 きいてはいけないことをきいたとか? でも怒るといった素振りは見られない。

「その、気が、向いて」
「気が向いて?」
「ああ」

 他意はないらしい。
 旦那様が手ずからプレゼントを?
 私に?
 ……私に?

「旦那様」
「ああ」
「ありがとうございます」

 実感が追い付くまで少し時間がかかったけれど、旦那様から私に贈り物だなんて、とても喜ばしいことだわ。
 食事に贈り物、ああ今日は素晴らしい日ね。

「嬉しいです、旦那様」
「そうか、なら、いい」

 見れば、旦那様の目元が僅かに赤くなっている。
 ふいと視線を再度逸らして、旦那様は廊下を進みだした。
 私はソフィアに花束を渡して後を追った。

* * *

 最初の内は純粋に嬉しかった。
 早く帰って来て顔を合わせられるのも、会話は数える程だけど、食事だって一緒に出来て。ここ最近はたまにプレゼントまで。
 でも、ある日気づいてしまった。
 
「これは、エスパダの罠……」

 食が進まず、途中で食べるのを止めてしまうと、旦那様がこちらに視線を投げた。
 私の独り言は届いていなかった。

「どうした。食欲がないのか」
「……はい」

 旦那様が指示を出して、食事を片される。
 あちらの世界では、これを勿体無いと言うのよね。
 残った分を夜食とかにすればいいのかしら。

「顔色が悪い。部屋に戻りなさい」
「はい……」

 立って部屋を出ようとすると、すぐ傍に旦那様が立っていた。

「旦那様?」
「……部屋まで送る」

 侍女を下がらせ、二人で廊下を進む。
 具合が悪いのかと小さく旦那様が訊ねた。
 その声音は純粋に心配してくれているような色合いがある。

「旦那様。私、気づいてしまって」
「何を」
「こうして早くに帰って、食事も共にして、頂き物まで……とても、嬉しかったんです」
「ああ……」
「ですが、これはスプレ四話から始まるエスパダの罠だったのですね」
「は?」

 頭上から上擦った声が聞こえた。
 メインとなるキャラが私でない回でも、旦那様は私に贈り物をくださったり、急に家に帰るようになったりする描写は確かにあった。
 テレビの向こうの私も当然喜ぶ。
 けれど、それが続くことに対して、フスティーシアやアミスター、途中戦士として目覚めるアモールですら心配の声を上げるのだ。
 それでもテレビの向こうの私は、旦那様を信じ続け、結果スプレ二十一話で悲劇が起きる。
 その伏線の張り方たるや、ファンの間でも一定の評価を得ているぐらい。あ、それは余談だわ。

「スプレ二十一話前に気付けて良かったです」
「クラシオン、どういうことだ?」
「オスクロの洗脳の一つに、私を騙し通すという項目があるのです」

 私が嘘でも吐いていると?
 浅く息を吐きながら、旦那様が静かに応える。

「いいえ。確かに物語の過程で、戦士である私を陥れる為の行動であったことは確かです。けれど、そこに旦那様の理性が、私への想いも確かにあったのです」

 それが見えたからこそ、スプレ二十六話で正気に返る事が出来た。
 そう、今までの旦那様の行動は罠でもあるけれど、紛れもなく本物の旦那様の意志。

「私は全く旦那様を救えていなかったのです」
「え?」
「戦士として目覚めていたことに浮かれてなんたる体たらく!」
「いや、待て」
「全てを知っているのなら、ただ喜んで浮かれるだけではなく、ここから旦那様をお救いする手立てだって考えられたのに!」
「よ、喜ぶ? 浮かれる?」

 ええそうです、と段々声が大きくなってきたけど、自分の不甲斐無さに腹が立って仕方なかった。
 私の使命は、旦那様を救うこと、悪を討つこと。
 なのに日々に現抜かしてる場合じゃなかったのだわ。

「旦那様!」

 旦那様の片手をとって両手で包む。
 びくりと手が震え、見上げると戸惑って瞳を揺らす旦那様がいた。
 理性がオスクロの洗脳と戦っているのだわ。

「油断していました! 必ずお救いします!」
「いや、喜んでもらえるだけでいいのだが」
「いいえ! それは戦士としての怠慢と言うものですわ!」

 今、理性が打ち勝ち、私の言葉が少しだけ届いている気がする。
 だからこそ、きちんと伝えておかないと。
 スプレ二十六話で完全に洗脳から解き放たれるために。

「必ずお救いします! 信じてお待ちください!」
「いや、とっくに正気だが」
「大丈夫です、ご安心下さい。今気づけたんですもの、先は明るいですわ!」

 ぐぐうと旦那様が唸った。
 決意新たに、戦士は次のステップに進む。今の状況は、ここなのだわ。
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