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28話 愛を囁かれる(旦那様視点)
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つい口にしてしまった。
あれは私が強引に話を進めた部分が否めないのに。
「何故、ですか……」
自由を備えた輝く瞳を見ると、ついそれが欲しくてたまらなくなる。
婚約の申し出をした時も同じだ。
たかが真似事を続けるだけの関係なのに、その顔を他の男に向けるのかと考えた時、許せなくなった。
歳を重ねる度に少女らしい愛らしさから、女性の美しさに変化していく様と、デビュタントを迎えたら声をかける貴族も増えるだろうと大人達が話しているのを耳にして、腹の底から不快なものが沸いた。
「いや、応えなくていい」
年甲斐もなく、クラシオンを欲しがった。幼稚な恋心というものだ。
完全に自覚したのは、彼女のデビュタントだ。
「変な事を訊いた。忘れてくれ」
デビュタントで彼女をエスコートして会場入りした時の周囲の反応に笑みをこらえた自分は器量が乏しいと言われても仕方がない。
あの日、誰しもが、彼女の美しさを称賛した事が、自分の事のようで、そして彼女は自分の妻であると示せる事が嬉しくて仕方なかった。
クラシオンが美しいと言われれば、当たり前だろうと言いたい気持ちと、彼女は自分の妻だという優越感に、なんとも言えない気持ちになる。
けど同時に、クラシオンが大人の女性に変貌した事を目の当たりにして眩暈がした。
その日から、どう接していいか分からなくなった。
気軽に訓練をしていた頃の距離を忘れてしまったように。
「旦那様」
「あ、ああ、なんだ」
感傷的になっていたらしい。
油断すると痛い目をみる事を重々に分かっている。気をつけねばと気合いを入れた。
案の定、彼女は的確に隙をついて、急所に殴打をしてくるものだから、冷や汗ものだ。
何故、この会話は殴り合いの最中にされているのか、最近違和感がなくなっている自分が不思議でならない。
「私が旦那様の申し出を断る理由がありません」
「……え?」
何の話だろうと逡巡した後、先程自身で発した婚約の受け入れの問いだと悟る。
しかも彼女はなんと言った。
断る理由がないと?
「歳が、離れている、だろう」
君にはもっと若い同じ年頃の男性が、と言えば、関係ないと返された。
その逆に、私が幼いクラシオンを相手にする事が辛いのではとまで言ってくる。
「違、う! 私は君だから、申し出た!」
「そうなのですか」
全力で否定したら、彼女が瞳を瞬かせ、その後ふわりと笑った。
そしてとんでもない言葉を口にした。
「初めて会った時から、私にとって旦那様は憧れの騎士様で、今も昔も好きですよ?」
「う、ぐう」
そんなにさらっと言えるものなのか?
デビュタントを迎えた後、いくらでも社交の場での出会いはあるのに。
あれだけ避けて冷たく当たっていたのに。
思わず膝をついて、顔を伏せた。
「エスパダ、洗脳が」
私が唸って膝をついたのが、洗脳云々の様子に見えたらしい。
それでも顔を上げられない。
今のみっともない私の顔を見られるわけにはいかなかった。
ああ、顔が、熱い。
「やはり」
「?」
「同じ回を繰り返しても効果がないのですね……」
クラシオンから落胆の色を示した声がおりてくる。
私も言わねば。
愛している、と。
そうすれば、今ここで消沈するクラシオンが喜んでくれるのではないのか。
しかし、顔の熱が戻らない。
「クラシオン」
「これ以上は負担がかかりすぎますのでいけませんね」
「ちが、き、きいてほしいことが」
「中庭で戦う回をすることで、また違うずれが起き、旦那様の洗脳に影響があるかと思ったのですが」
どうやら筋書上、今日の戦いは一度経験したことがあるらしい。
二回目が不履行というのは、よくわからないが。
いや、違う。
「クラシオン、私、は」
「はい、いかがしました?」
心配そうな声に変わった。
クラシオンが言ってくれたように、私も彼女の言わないと。
せめて顔がもう少しまともになってくれれば、眼を合わせる事が出来るのに。
「旦那様、奥様」
ラモンに呼ばれる。
時間切れだった。
くしくも、他者の介入によって、私の顔の熱は驚く程すんなり引いていった。
このタイミングでか。
いや、他人の前で家の主として、騎士として振る舞う為の癖が活かされただけだ。
クラシオンの前だけ、やたらうまく使えない。
立ち上がり、彼女を見ると、しっかり目が合った。
輝きはまだ残っていて、ほっとして肩の力が抜ける。
「やめましょう。やはりエスパダとは正しい場所で戦わないといけないのですわ」
「もういいのか?」
「はい、今回は見逃して差し上げましょう」
「ああ……」
確かそう言う時の応えは。
「あー、後悔することになるぞ?」
「!」
マヌエルの助言はクラシオンによく効いたようで、驚いて可愛らしい丸い瞳をさらに丸くした。
そして、心底嬉しそうに目を細めて笑う。
「ふふ、望む所です」
そんな風に笑われると思ってなかったから、再び熱が競り上がる。
マヌエルから教えてもらったスプレの言葉を言うだけで、そんなに喜ばれるとは。
「では旦那様」
変身が解かれる。
ほっとしつつも彼女の手を取って、屋敷に戻り朝食をとることにした。
この話をしたら、またマヌエルに怒られそうだな。
あれは私が強引に話を進めた部分が否めないのに。
「何故、ですか……」
自由を備えた輝く瞳を見ると、ついそれが欲しくてたまらなくなる。
婚約の申し出をした時も同じだ。
たかが真似事を続けるだけの関係なのに、その顔を他の男に向けるのかと考えた時、許せなくなった。
歳を重ねる度に少女らしい愛らしさから、女性の美しさに変化していく様と、デビュタントを迎えたら声をかける貴族も増えるだろうと大人達が話しているのを耳にして、腹の底から不快なものが沸いた。
「いや、応えなくていい」
年甲斐もなく、クラシオンを欲しがった。幼稚な恋心というものだ。
完全に自覚したのは、彼女のデビュタントだ。
「変な事を訊いた。忘れてくれ」
デビュタントで彼女をエスコートして会場入りした時の周囲の反応に笑みをこらえた自分は器量が乏しいと言われても仕方がない。
あの日、誰しもが、彼女の美しさを称賛した事が、自分の事のようで、そして彼女は自分の妻であると示せる事が嬉しくて仕方なかった。
クラシオンが美しいと言われれば、当たり前だろうと言いたい気持ちと、彼女は自分の妻だという優越感に、なんとも言えない気持ちになる。
けど同時に、クラシオンが大人の女性に変貌した事を目の当たりにして眩暈がした。
その日から、どう接していいか分からなくなった。
気軽に訓練をしていた頃の距離を忘れてしまったように。
「旦那様」
「あ、ああ、なんだ」
感傷的になっていたらしい。
油断すると痛い目をみる事を重々に分かっている。気をつけねばと気合いを入れた。
案の定、彼女は的確に隙をついて、急所に殴打をしてくるものだから、冷や汗ものだ。
何故、この会話は殴り合いの最中にされているのか、最近違和感がなくなっている自分が不思議でならない。
「私が旦那様の申し出を断る理由がありません」
「……え?」
何の話だろうと逡巡した後、先程自身で発した婚約の受け入れの問いだと悟る。
しかも彼女はなんと言った。
断る理由がないと?
「歳が、離れている、だろう」
君にはもっと若い同じ年頃の男性が、と言えば、関係ないと返された。
その逆に、私が幼いクラシオンを相手にする事が辛いのではとまで言ってくる。
「違、う! 私は君だから、申し出た!」
「そうなのですか」
全力で否定したら、彼女が瞳を瞬かせ、その後ふわりと笑った。
そしてとんでもない言葉を口にした。
「初めて会った時から、私にとって旦那様は憧れの騎士様で、今も昔も好きですよ?」
「う、ぐう」
そんなにさらっと言えるものなのか?
デビュタントを迎えた後、いくらでも社交の場での出会いはあるのに。
あれだけ避けて冷たく当たっていたのに。
思わず膝をついて、顔を伏せた。
「エスパダ、洗脳が」
私が唸って膝をついたのが、洗脳云々の様子に見えたらしい。
それでも顔を上げられない。
今のみっともない私の顔を見られるわけにはいかなかった。
ああ、顔が、熱い。
「やはり」
「?」
「同じ回を繰り返しても効果がないのですね……」
クラシオンから落胆の色を示した声がおりてくる。
私も言わねば。
愛している、と。
そうすれば、今ここで消沈するクラシオンが喜んでくれるのではないのか。
しかし、顔の熱が戻らない。
「クラシオン」
「これ以上は負担がかかりすぎますのでいけませんね」
「ちが、き、きいてほしいことが」
「中庭で戦う回をすることで、また違うずれが起き、旦那様の洗脳に影響があるかと思ったのですが」
どうやら筋書上、今日の戦いは一度経験したことがあるらしい。
二回目が不履行というのは、よくわからないが。
いや、違う。
「クラシオン、私、は」
「はい、いかがしました?」
心配そうな声に変わった。
クラシオンが言ってくれたように、私も彼女の言わないと。
せめて顔がもう少しまともになってくれれば、眼を合わせる事が出来るのに。
「旦那様、奥様」
ラモンに呼ばれる。
時間切れだった。
くしくも、他者の介入によって、私の顔の熱は驚く程すんなり引いていった。
このタイミングでか。
いや、他人の前で家の主として、騎士として振る舞う為の癖が活かされただけだ。
クラシオンの前だけ、やたらうまく使えない。
立ち上がり、彼女を見ると、しっかり目が合った。
輝きはまだ残っていて、ほっとして肩の力が抜ける。
「やめましょう。やはりエスパダとは正しい場所で戦わないといけないのですわ」
「もういいのか?」
「はい、今回は見逃して差し上げましょう」
「ああ……」
確かそう言う時の応えは。
「あー、後悔することになるぞ?」
「!」
マヌエルの助言はクラシオンによく効いたようで、驚いて可愛らしい丸い瞳をさらに丸くした。
そして、心底嬉しそうに目を細めて笑う。
「ふふ、望む所です」
そんな風に笑われると思ってなかったから、再び熱が競り上がる。
マヌエルから教えてもらったスプレの言葉を言うだけで、そんなに喜ばれるとは。
「では旦那様」
変身が解かれる。
ほっとしつつも彼女の手を取って、屋敷に戻り朝食をとることにした。
この話をしたら、またマヌエルに怒られそうだな。
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