旦那様を救えるのは私だけ!

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33話 寝所の御用意は済んでおります(旦那様視点)

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「……はあ」

 信じてもらえなかった。
 ここ最近、クラシオンとの距離感や彼女の態度、自分が行動できてるところから、愛していると言えば伝わり、彼女と戦わなければいけない流れから解放されると思っていたのに。
 あんな顔させたくなかったのに。
 私が決死の告白をした時、クラシオンの瞳は少しばかり揺れた後、輝いた。
 けれど、すぐにそれは失われ、ひどくショックを受けたような、傷ついた顔をしたように見えた。

『その想いが本物であることは分かっています』

 そう言っていたという事は、私がクラシオンに好意があると、彼女は理解してくれている。
 けど、私の告白は敵によって言わされていることになっていて、洗脳は解けていないと。
 二十一話がどうこう言っていたが、マヌエルの奴、分かってて私に言わせたな。
 本土に戻ったら殴る、許さん。

「明日も戦うのか……」

 クラシオンと共にいられる時間は喜ばしいが、敵として一日接するのは避けたい。
 先程まで暴れに暴れ、必殺技をくらい、森の奥深くまで吹っ飛んだ事にして、彼女が自室に戻るまで待機する事になった私の身にもなってほしい。
 久しぶりに彼女の口から『成敗!』の言葉が出た当たり、かなり良い具合に決まったようだったが。
 私はただ、こう、夫婦として島を散策したり、一緒に食事をとったり、戦いなんてちぐはぐなものとは無縁の、穏やかで誤解のない時間を過ごしたかった。

「旦那様」
「……ああ」

 書斎の扉が叩かれ、許しを与えれば、執事が手紙を一つ手に持ち渡して来る。
 これを読み終わってから寝るとするか。

「旦那様、寝所の御用意は済んでおります」
「そうか」
「奥様は既に御部屋に」
「……え?」
「?」

 不思議そうに立つ執事を下がらせる。
 いやいやまてまて、寝所の用意が済んでるまではいい。
 "奥様は既に御部屋に"?
 クラシオンが?
 いや、え、夫婦同じ部屋?
 ああ、夫婦なら当たり前だが、え?

「しまった」

 そうか、ラモンを置いてきたから。
 数日とはいえ、家の事を任せるが故に、私付きの侍従や執事は一部担当を変えた。
 正直、寝室を別にしているのは、ラモンと部屋付を合わせた三名とクラシオン付の侍女ぐらいしか知らず、屋敷中には浸透していない。
 つまり、今、私付きで配置された執事と侍従は、当然私とクラシオンが同じ部屋で寝ると思っている。

「どうする……」

 ベッドを他で用意させるか?
 今、この夜更けに?
 確かに部屋はいくらでも余ってはいるし、多少の準備だけすれば使える状況で管理するよう任せているが。
 そもそもだ。告白を断られた人間と断った人間が一緒に寝るなんておかしい話だ。
 全て解決してからだろう。
 いやこれは誤解を解くチャンスなのか? ここでさらに訴えて洗脳は解けているに繋げるべきか? しかし順番が違う。色々飛び越えすぎやしないか? 告白すらきちんと通用していないのに?

「……」

 手紙を読もう。
 マヌエルが寄越した、この数日間、向こうで不穏な事が起きていないかの報告だ。読めば多少は冷静になるはずだ。
 何か動きがないだろうかと思っていたが、何もなかったらしい。手短な報告は当然、短い時間で読み終わってしまう。

「……くそ」

 仕方がなしに寝室への扉の前に足を進めるも、ドアノブに手をかけまま先に進めない。
 そんな、こんな時になって、こんなことになるとは。
 私としては、全て解決して、夫婦同じ部屋でという思いでいたのに。
 今ではない早すぎる。心の準備がまだだ。

「ぐぐ」

 いくらかの逡巡の後、扉を開けた。
 中はベッド際に小さな明かりがあるだけで、暗く静かだった。

「……ク、クラシオン?」

 驚くほど震えている自分の声が情けない。
 けれど部屋の中から返事はなく、人気もなかった。
 おかしいと思って、部屋に入り、静かに扉を閉めた。
 どうする、本当どうする。

「…………なんだ、寝ているのか」

 クラシオンを探してベッドに辿り着けば、既に熟睡していた。ほっとしつつも、どこか残念に思う自分がいて心底飽きれる。

「今日はよく動いたからな」

 浅く溜息が出た。
 島中を走り回り、修業し、最後寝る前に派手に戦っていれば、夜はするりと眠れるだろう。
 まったく、今までの緊張はなんだったんだ。

「……」

 クラシオンが起きないようベッドに腰掛けるが、ぎしりと音を立てて軋んだ。
 身じろぐクラシオンにどきりとするも、起きる事はなかった。

「どうしたものか……」
 
 このまま隣で寝ろと?
 考えられない。
 さっきから心臓の音がやたら速く五月蠅いから、これでは逆に眠れない。
 いくらベッドが広く、端と端で寝ようとも、傍にクラシオンの気配がしたまま眠れるはずもない。

「クラシオン」

 こちらを向いて寝ているクラシオンの無防備さにあてられたのか、今ぐらいはと彼女の髪を撫でる。普段から、このぐらいは出来ないと駄目だろうか。避けるようになる前は出来ていた気がするが。

「……そうか、そうだな」

 彼女が自分の告白を信用出来ないのも無理はない。
 三年程、意図的に避けていた。彼女はそれでも私の事を好きだと言ってくれたが、私の言葉は今更だし、軽薄なものになるだろう。

「お休み」

 まだ努力をしろという事だ。
 私は仕方なく隣室へ戻った。
 大して眠れなかった私が翌日隈を作ったのは言うまでもない。
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