旦那様を救えるのは私だけ!

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39話 帰路、馬車の中にて 2

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「旦那様、サンドグリアルを任せても?」

 旦那様は戸惑いを見せた。

「私はここで待とう。戦士とやら、これが私の最後の足掻きとやらだ。全て取り除いてみなさい。出来れば大人しく投降しよう。取り除けなければ、私も君も等しく炎に飲まれるだけだ。まあ時間は半刻といったところかな」
「旦那様、私行きます!」
「クラシオン! くそっ」

 爆弾の魔法が街に仕掛けられている。
 それがアルコとフレチャが仕掛けたのか、サンドグリアルが仕掛けたかは分からない。
 けどスプレ二十八話で国民を巻き込んでも構わないやり方をとった。そして炎に飲まれると言うのなら、爆弾の魔法であっているはず。

「クラシオン!」
「旦那様」

 屋根の上に上がって街を眼下にすると、旦那様が追いついた。

「サンドグリアルは」
「騎士達に任せた。そもそも奴は逃げる気がない」

 魔法を使わせないよう拘束しても、そこから動かないだけで、大人しいものだと。

「君は何をしようと」
「恐らく……街に爆弾の魔法が仕掛けられています」
「なんだと」

 事情を話すと、旦那様の表情が険しくなる。
 地上にいる騎士に指示を出すけれど、街全体である以上、避難は間に合わない。
 動かないサンドグリアルを考えると、彼はここで自害する気なのだわ。
 街一つ巻き込んで。
 そんなこと、戦士としてさせるわけにはいかない。

「やるしかありません」
「待て、何をする気だ」
「アルコの目の魔法と同じことを」
「あれは高度なものだろう、負担だって」
「ええ。なので旦那様、手を貸してもらえますか?」
「え?」
「耳だけを強化します」

 爆弾の魔法が時限式なら、僅かな音が聞こえる。それを追うために、耳を強化すればわかるはず。
 元々耳がいいから、アルコの目ほど無理をしなくて済む。
 その説明に旦那様もなんとか頷いてくれた。

「いいか。少しでも違和感が出たら、すぐやめるんだ」
「はい」
「最悪、私の判断で止める」
「はい」

 旦那様にお願いして、広く街中に騎士の皆さんを配置してもらう。
 今いる公園の近くは、王都の中でも中心に近いから、王都全てを網羅するには丁度いい。

「やります!」

 予想通り、爆弾の魔法の音が聞こえた。
 けど、その数が尋常ではないわ。

「ひどい」
「数は」
「千に、近いです」
「なんだと?!」

 王城内と近くは無事。あそこには魔術師長率いる魔法使いの隊もいる。王城に仕掛けられれば、すぐに知れてしまう。

「ん?」

 優秀ときく王城の魔法使いや魔術師長が、市井に仕掛けられた千に近い魔法に気付かないなんてことがあるのかしら?
 いくら王城外のこととはいえ、今の騒動が耳に入れば、魔法におけることに関して気付かないなんてことなさそうなのに。

「クラシオン、どうした」
「い、いえ……旦那様、数は多いですが、一つずつ取り除いていくしかありません」
「ああ」

 そこから時間との戦いだ。
 旦那様の率いる騎士団の方々はとても優秀で、市井に撒かれた魔法を爆発させることなく取り除いていった。
 千を超える魔法は外側から徐々に中央に向かい取り除かれていく。
 私と旦那様も周辺の魔法を除去していったけど、国民の住居や人通りの多い商店並び、子供も多い医院など、無差別に人の多い場所に平然と仕掛けられていてひどいものだった。

「面白い」
「大宰相……いえ、サンドグリアル」
「時間内にこなしたか」

 笑うサンドグリアルは騎士に連れられ去ろうという時、私と相対して満足そうに笑っていた。
 アルコとフレチャと共に投獄、後裁判になるだろう。

「私に必殺技とやらはしないのかな?」
「貴方が戦いを望むなら、受けて立ちます」
「成程。君は私が何者であれ、受けて立つと」
「悪に立ち向かうのが、戦士の使命です」

 楽しそうに笑う。そういえば、大宰相は普段表情を崩さず、笑うところを見たことはなかったかもしれない。

「面白い」
「大宰相、ご投降を」

 旦那様が間に入った。
 そのまま騎士達に指示を出し、サンドグリアルと別れる。
 ほんの少しだけでも話したい気持ちにかられた。彼もまた、オスクロに唆された一人のはずだもの。

「クラシオン」
「旦那様」
「耳を使いすぎただろう。暫く静かな所へ……馬車を用意しよう」
「はい」

 ふと、旦那様とデートしにきていたことを思い出して、背を向ける旦那様の服の裾を掴んでしまった。
 気づいたのは旦那様が、振り返り私を見て、眦を上げて驚いていた。

「あの、旦那様と一緒に、帰りたい、です」
「っ!」

 騎士団長として、この場を纏めあげないといけない。となると、一緒に帰るのは無理な話だったわ。私ったらなんてことを言ってしまったのかしら。

「あの」
「クラシオン」

 固い声が降りる。
 見上げると同時、肩に手を置かれた。

「すぐに戻るから、待っててくれるか」
「え、あ、はい」

 素早くその場を離れ、二三交わしてから、本当にすぐに戻ってきた旦那様が、帰ろうと言って手を差し出した。

「良い、のですか?」
「今日は君との為に時間をとった、から、その最後まで」

 とろうか迷い定まらない私の手を、旦那様が手早くとり、そのまま馬車に乗せられた。
 初めから隣に座る旦那様を見上げると、気づいてこちらを向いた。

「夜景は無理だったが、せめて最後はデートらしくだな……」

 もごもごしている。
 そういえば、アルコとフレチャが現れる前は行きたい所があると言っていた。

「旦那様」
「クラシオン」

 ふと強い眩暈と眠気が襲う。
 いけないわ、魔法を使いすぎたのかしら。
 旦那様が頭を撫でた。

「使いすぎたのだろう。寝ていい」
「けれど、旦那様の行きたい場所が」
「次でいい。今は休みなさい」
「旦那様」

 そう言われてしまうと耐えられなくなってしまった。
 言うことをきかない身体をそのまま旦那様に預けると、くぐもった声と溜息が聞こえた。
 もうほとんど意識を手放そうという時、旦那様の囁きが耳を通った。

「愛してる、と言って……信じてもらえるだろうか」

 その言葉に応えることができず、今度こそ意識を手放した。
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