旦那様を救えるのは私だけ!

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40話 か、壁ドンだわ

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「エスパダ」
「……」

 ついに来てしまった、対エスパダ最終戦。
 合宿編で数日戦ったり、修業をしたけど、目立った効果はなかった。けど、元々洗脳は解けかかっているのだから、この戦いでやれるはずだわ。
 これは私自身を信じられるかの戦い。私自身を信じて戦う。そこを超えて旦那様をお救いしなければ。

「さあ、エスパダ。お覚悟はよろしいですか?」
「ああ」

 アンヘリカとカミラに、王城敷地内、北西に位置する比較的木々が茂る場所に連れられてきた。
 ここは、父とともに王城通いを始めた時期によくいた場所。私が旦那様と出会った場所だ。
 そこに現れたのはライムンダ侯爵と旦那様。
 ライムンダ侯爵はこちらに駆け寄り、旦那様が洗脳と戦うが故に今相当な痛みに苦しみ、暴走と言う名の代償で周囲に危険を及ぼし兼ねないと訴えた。
 隣のアンヘリカがこれはチャンスだと、解けかけている洗脳を完全に解くのは今しかないと主張した。カミラも再度けりをつけなさいと静かに告げる。
 やはり今、やるべき時がきたのだわ。

「行きます!」
「……」

 三人はこの戦場が激しいものになると踏んで、立ち会いはしていない。人払いは済んでいるそう。
 なら、思い切り戦えるというものね。

「これが終われば、信じてくれるのか?」
「え?」

 剣と拳の間で火花が散ることに、すっかり驚かなくなった旦那様が、しっかり私を見据えている。

「クラシオン、聞いてくれ」
「はい」
「もう戦いたくないんだ」
「旦那様」

 受けて、いなして、躱し続ける旦那様。
 再び近距離での鍔迫り合いになった時に、今までは、と小さく語り掛けてきた。

「今までは、クラシオンの望む通り、戦う事に付き合っていればいいと思っていた」
「旦那様?」
「勿論、その、出会った頃のような戯れ程度であれば、構いはしなかったんだが」
「懐かしいですね」

 旦那様が特訓して下さった時の話。
 けど、旦那様は今の状況は、その頃とは違うのだからと加える。

「これで終わりにしたい」
「洗脳が」
「どうしたら、解けたと扱ってくれる?」
「え?」

 何度も殴り蹴る中で、旦那様が、私の洗脳は解けている、と辛そうに呟いた。
 木々の間をお互い駆け抜け、タイミングを見てまた拳を振るう。

「解けていると言って信じてほしいが、何が解ける基準か、そこだけは不明確にされた」
「?」

 自分で考えろと誰かに言われたようだった。
 そして考えた末、話し合う以外、応えが出なかったと。

「だからクラシオンに直接訊くしかないと思って」
「旦那様……」
「私は私が正気であると証明したい」

 ああ、本当にここまで来ただなんて。
 身体の動きのきれは素晴らしいのに、その表情だけが翳りを見せている。旦那様の中で最後の、本当に最後の洗脳との戦いが起きているのだわ。

「クラシオン、君が私を信じられなくなったのは、確かに私のせいだ。謝ったところで許される事ではないと重々承知している。けれど、もう止めたい」

 旦那様は次に私の振り上げた拳を避けることも、剣で防ぐこともしなかった。そのまま頬に直に入ったけれど、その場で耐えて吹っ飛ぶこともない。強化した私の力を完全に受け止めるだなんて、さすが旦那様だわ。
 私は再び距離をとった。やはりエスパダ最終戦、一味も二味も違うということね。

「気が済むまで殴ってくれていい」
「え?」
「それで済むなら、いくらでも耐える。ただ、それが終わったら……戦うのは止めて、夫として隣に立ちたい」
「旦那様」

 だから、と続けて相対する旦那様がいつもと違う。怒ってはいないけど、過度の緊張と、何か鬼気迫るものがある。

「どうしたら、信じてもらえる?」
「それは……」

 言葉に詰まる。
 確かに私とのこの戦いで旦那様は正気に戻る。でもそこには全員が伏して私を追い詰めたところにサンドグリアルの横槍と攻撃という流れがあってこそで、今回はそれがない。
 仲間もいないということは、私が地に伏すレベルでやられないと成し得ない?
 戦い合っても私は常に無傷だったし、旦那様が私の必殺技で倒れて終わるのが、いつもの流れだった。けど、必殺技で姿が消えても洗脳が解けたか確認できない。
 旦那様を見やる。帯剣している以上、戦う意思がある。すなわち、私達はまだ戦わないと。

「……剣か?」
「え?」

 私の視線の先を察した旦那様が、これがあるから戦うと言うなら必要ないと言って地に突き刺して、そのまま足取り速めに詰め寄ってくる。
 その気迫は普段見られない。
 知らずに後退りをしていたのか、背が城壁にぶつかった所で気づく。木々を巡った末に、城壁目の前まで来ていたのね。

「クラシオン」
「旦那、様」

 旦那様は真っ直ぐ私の元へにじり寄り、その気迫とは正反対のひどくゆっくりした動作で優しく私の顔の両側に手をついた。転生前の少女の親御さんが、ある度に喜んでいたのが思い出される。

「これは!」
「?」
「か、壁ドンだわ……」
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