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46話 音楽発表会当日、伯爵が動く
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「放っておきなさい」
「カミラ、そんな!」
「王女殿下、お考え直しを!」
カミラは私達が事情を話しても、伯爵をすぐ捕らえようとはしなかった。
音楽発表会をするとまで言ってきて、私と旦那様はただ驚くしかない。
王城内に危険人物を野放しにした挙句、何かをしようとしている祭典ですら決行するなんて。あまりにも危険だわ。
「クラシオン、これはチャンスなの」
「え?」
「貴方の言う悪の統治者をおびき出すのよ」
「オスクロを?」
「そう」
敢えて泳がすということ?
祭典を行うことでオスクロをおびき寄せることが出来るとカミラは言うけど、一体どうやって。
「貴方はクラメント公爵の洗脳を解けたのだから、しばらく休んでいなさい」
「カミラ、そんな」
同席していたライムンダ侯爵が旦那様を呼んで席を離れた。私は旦那様がいなかったけど、そのままカミラと話を続けた。
「悪を討つのも戦士の使命だわ」
「ええ、分かってる。だからこそよ。それに貴方が動くと、敵も慎重になるでしょう」
「それは」
オスクロは慎重だもの。カミラの言う通り、私が表立てば立つほど、オスクロは様子を見るだけで動かない。
「つまり、私はいつも通りでいる方がいいということ?」
「そう。夫の洗脳が解けて、それで終わりだと言わんばかりの状態でいなさい。そうすれば、オスクロも戦士はもう出てこないと踏んで姿を現すわ」
「分かったわ、そういうことなら」
「クラシオンなら、いつ自分が戦う時か分かるでしょ?」
頷く。戦士として戦うべき時に表立つのね。
「クラメント公爵と常に共にしていれば問題ないわ。けど、無理はダメよ」
「ええ」
* * *
カミラの言う通り、大人しく過ごしていくばかり。ついに音楽発表会の日が来てしまった。あの時から伯爵とは接触すらなく、そして怪しい動きの一つもない。オスクロも同じ、何も起きることがないまま、その日がやってきた。
「クラシオン、何かあったらすぐ私に合図を」
「はい、旦那様」
市井の人々も聞けるようにと設けられた野外会場で私達は演奏する。開けて大きな場所だから、何かあっても、よく見えるようになっていた。これもカミラの対策の一つなのだろう。
旦那様は舞台に出られない。近くにいるとはいえ、油断出来ないのは重々承知の上だ。
そして今日の顔ぶれは、前の社交界とは違い揃い踏みだ。王陛下はもちろん、前にはいなかった各長もいるし、演奏者の中には伯爵もいる。
「では……」
王陛下のご挨拶も滞りなく行われ、演奏が始まってすぐに違和感に気づいた。
「違う」
「クラシオン?」
音が違う。市井に流れていた不快なものを含む音と同じ。
注意深く聞けば、楽器が原因であると分かった。楽器に魔法を仕掛けていたなんて。
「今すぐやめさせて!」
「ちょっと、待って、クラシオン」
カミラが慌てる。けど、いつどこで大量の楽器に魔法をかけたというの。
「……アルコとフレチャね」
「え?」
私達のように馴染みのある楽器を使う者もいれば、元々楽隊の物は王室保管の楽器を普段使っている。その保管場所は社交界場の地下。前にアルコとフレチャが花火を仕掛け、地下の貴金属を奪っていった場所だ。
「花火も貴金属強奪も全て陽動だったのだわ」
「クラシオン」
カミラが異変に気づいた。会場の観客と私達演奏者の様子がおかしい。酔っているような少しけだるげな表情、眠っていないのにぼんやりしている。なのに演奏は続いている。
「やはり貴方は素晴らしい」
「!」
「ここにきても正気を保ち、異変に気づいているとは」
背後にフォーレ伯爵が迫っていた。誰も気づいていない。認知のずれを起こさせている。
気づくのが遅れた。
前と同じように、伯爵は私に手を伸ばす。避けようと少し身体をずらすけど、この場所では避けきれない。
「クラシオン!」
「旦那様」
旦那様が間に入り、伯爵の手首を掴んだ。
「おや、騎士団長もですか」
「何をした」
見れば、わずかな人間しか理性を保てていない。王陛下は正気のようで、直属の騎士に加え、旦那様配下の騎士も守るために王陛下の側に控えている。
名だたる長たちも無事のよう。不穏な空気に顔を顰めていた。
「旦那様、楽器です」
「え?」
アルコとフレチャの楽器への仕込み、音による支配。その話をすると、旦那様は伯爵を睨み付けた。
「伯爵、貴殿は」
「特段隠すことでもないでしょう。私がサンドグリアルに指示を出し、アルコとフレチャにやらせました。魔法をかけた楽器を使い、この国の者を操作するためですよ」
「何の為に」
旦那様が伯爵から手を離し、私とカミラを抱えてその場を飛び去る。
舞台と観客席の間に降り立てば、すぐに騎士がカミラを保護した。
伯爵はかわらず楽しそうにしている。
「戦争を起こしたくて」
「え?」
「これはサンドグリアルと話が合いましたねえ。毎日退屈なんです。自分の力を使い、張り合いのある時間を過ごしたい。そうなると、戦争が一番手っ取り早かった。それだけですよ」
軽々しくなんてことを言うの。戦争? 隣国との?
伯爵は王陛下を操り開戦をさせ、他の人々を意のままにした上で兵として投入するつもりだと言った。
「まさか、国民までも操る気だったのか」
「ええ、使い捨てには丁度いいですから」
市井に仕掛けられた箱は旦那様が回収したから、国民には影響はでないだろうけど、あれをそのままにしていたら、今日の音楽が街中に流れて、国民が洗脳されるということなのだわ。
「やはり伯爵……」
険しい顔をした旦那様にも、震える私にも、その様子が疑問でしかない伯爵は、不思議そうに小首を傾けていた。
「貴方は悪です」
「ふふ、そうですか」
いつの間に帯剣していたのだろう。すらりと伯爵が剣を抜いた。そのままかろうじて見える速さでこちらに突っ込んで来る。
金属と金属がぶつかる音がした。
「旦那様!」
「くっ」
あまりの速さに私は何も出来なかった。けど旦那様は剣を抜き、伯爵の攻撃を受けている。
私も戦わないと。
「変身を、」
「止めた方がいいですよ」
「え?」
「カミラ、そんな!」
「王女殿下、お考え直しを!」
カミラは私達が事情を話しても、伯爵をすぐ捕らえようとはしなかった。
音楽発表会をするとまで言ってきて、私と旦那様はただ驚くしかない。
王城内に危険人物を野放しにした挙句、何かをしようとしている祭典ですら決行するなんて。あまりにも危険だわ。
「クラシオン、これはチャンスなの」
「え?」
「貴方の言う悪の統治者をおびき出すのよ」
「オスクロを?」
「そう」
敢えて泳がすということ?
祭典を行うことでオスクロをおびき寄せることが出来るとカミラは言うけど、一体どうやって。
「貴方はクラメント公爵の洗脳を解けたのだから、しばらく休んでいなさい」
「カミラ、そんな」
同席していたライムンダ侯爵が旦那様を呼んで席を離れた。私は旦那様がいなかったけど、そのままカミラと話を続けた。
「悪を討つのも戦士の使命だわ」
「ええ、分かってる。だからこそよ。それに貴方が動くと、敵も慎重になるでしょう」
「それは」
オスクロは慎重だもの。カミラの言う通り、私が表立てば立つほど、オスクロは様子を見るだけで動かない。
「つまり、私はいつも通りでいる方がいいということ?」
「そう。夫の洗脳が解けて、それで終わりだと言わんばかりの状態でいなさい。そうすれば、オスクロも戦士はもう出てこないと踏んで姿を現すわ」
「分かったわ、そういうことなら」
「クラシオンなら、いつ自分が戦う時か分かるでしょ?」
頷く。戦士として戦うべき時に表立つのね。
「クラメント公爵と常に共にしていれば問題ないわ。けど、無理はダメよ」
「ええ」
* * *
カミラの言う通り、大人しく過ごしていくばかり。ついに音楽発表会の日が来てしまった。あの時から伯爵とは接触すらなく、そして怪しい動きの一つもない。オスクロも同じ、何も起きることがないまま、その日がやってきた。
「クラシオン、何かあったらすぐ私に合図を」
「はい、旦那様」
市井の人々も聞けるようにと設けられた野外会場で私達は演奏する。開けて大きな場所だから、何かあっても、よく見えるようになっていた。これもカミラの対策の一つなのだろう。
旦那様は舞台に出られない。近くにいるとはいえ、油断出来ないのは重々承知の上だ。
そして今日の顔ぶれは、前の社交界とは違い揃い踏みだ。王陛下はもちろん、前にはいなかった各長もいるし、演奏者の中には伯爵もいる。
「では……」
王陛下のご挨拶も滞りなく行われ、演奏が始まってすぐに違和感に気づいた。
「違う」
「クラシオン?」
音が違う。市井に流れていた不快なものを含む音と同じ。
注意深く聞けば、楽器が原因であると分かった。楽器に魔法を仕掛けていたなんて。
「今すぐやめさせて!」
「ちょっと、待って、クラシオン」
カミラが慌てる。けど、いつどこで大量の楽器に魔法をかけたというの。
「……アルコとフレチャね」
「え?」
私達のように馴染みのある楽器を使う者もいれば、元々楽隊の物は王室保管の楽器を普段使っている。その保管場所は社交界場の地下。前にアルコとフレチャが花火を仕掛け、地下の貴金属を奪っていった場所だ。
「花火も貴金属強奪も全て陽動だったのだわ」
「クラシオン」
カミラが異変に気づいた。会場の観客と私達演奏者の様子がおかしい。酔っているような少しけだるげな表情、眠っていないのにぼんやりしている。なのに演奏は続いている。
「やはり貴方は素晴らしい」
「!」
「ここにきても正気を保ち、異変に気づいているとは」
背後にフォーレ伯爵が迫っていた。誰も気づいていない。認知のずれを起こさせている。
気づくのが遅れた。
前と同じように、伯爵は私に手を伸ばす。避けようと少し身体をずらすけど、この場所では避けきれない。
「クラシオン!」
「旦那様」
旦那様が間に入り、伯爵の手首を掴んだ。
「おや、騎士団長もですか」
「何をした」
見れば、わずかな人間しか理性を保てていない。王陛下は正気のようで、直属の騎士に加え、旦那様配下の騎士も守るために王陛下の側に控えている。
名だたる長たちも無事のよう。不穏な空気に顔を顰めていた。
「旦那様、楽器です」
「え?」
アルコとフレチャの楽器への仕込み、音による支配。その話をすると、旦那様は伯爵を睨み付けた。
「伯爵、貴殿は」
「特段隠すことでもないでしょう。私がサンドグリアルに指示を出し、アルコとフレチャにやらせました。魔法をかけた楽器を使い、この国の者を操作するためですよ」
「何の為に」
旦那様が伯爵から手を離し、私とカミラを抱えてその場を飛び去る。
舞台と観客席の間に降り立てば、すぐに騎士がカミラを保護した。
伯爵はかわらず楽しそうにしている。
「戦争を起こしたくて」
「え?」
「これはサンドグリアルと話が合いましたねえ。毎日退屈なんです。自分の力を使い、張り合いのある時間を過ごしたい。そうなると、戦争が一番手っ取り早かった。それだけですよ」
軽々しくなんてことを言うの。戦争? 隣国との?
伯爵は王陛下を操り開戦をさせ、他の人々を意のままにした上で兵として投入するつもりだと言った。
「まさか、国民までも操る気だったのか」
「ええ、使い捨てには丁度いいですから」
市井に仕掛けられた箱は旦那様が回収したから、国民には影響はでないだろうけど、あれをそのままにしていたら、今日の音楽が街中に流れて、国民が洗脳されるということなのだわ。
「やはり伯爵……」
険しい顔をした旦那様にも、震える私にも、その様子が疑問でしかない伯爵は、不思議そうに小首を傾けていた。
「貴方は悪です」
「ふふ、そうですか」
いつの間に帯剣していたのだろう。すらりと伯爵が剣を抜いた。そのままかろうじて見える速さでこちらに突っ込んで来る。
金属と金属がぶつかる音がした。
「旦那様!」
「くっ」
あまりの速さに私は何も出来なかった。けど旦那様は剣を抜き、伯爵の攻撃を受けている。
私も戦わないと。
「変身を、」
「止めた方がいいですよ」
「え?」
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