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11話 敗戦
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力が抜けていく私にヴォックスは追撃をしなかった。
剣が手元から落ちてがしゃんと金属音がする。膝から崩れ落ちた。
「……そんな」
「……」
頭上からヴォックスの視線を感じる。
生きると言ったのに。私達にはあれだけ自決を許さなかったのに。
私が身を挺して逃がした選択が間違い? 精鋭すらも私が足止めすべきだった?
「殿下」
各なる上は自決をと頭によぎる選択を、殿下の声が遮る。生きろと言う、死ぬなと最後まで叫ぶ可愛らしい少女の声だった。
「ユツィ」
「……」
さらにもう一人騎士が辿り着いた。
「団長」
「ああ」
「所定通り身体は北へ、北の支配権は我が帝国に」
「分かった」
亡骸を生き残った王国民が戦争の偶像にしないよう国外へ持ち出すのか。王国レースノワレの惨状を目の当たりにした周辺国は今帝国が併合の話を持っていけば頷くしかないだろう。軍事国があっさり落とされたのだから。
レースノワレを滅ぼすだけでは飽き足らず王国民の尊厳すら蹂躙していく帝国に怒りしかわいてこない。
「別の報告によると、城内騎士の掃討も済んだようです」
「……内容は」
「生存者なしです」
「!」
国王陛下に加えて、私の家族も失われた。城内侵入からの制圧が速い。さすがヴォックスと思わず皮肉を交えて言ってやりたくなった。
「ユツィ、立てるか」
ヴォックスは目の前で跪いて手を差し出す。その言葉に心配の色が滲んでいても返せる余裕はなかった。
私にとって生きる誇りで指針とも言える方を失ったのだから仕方ない。本来は主人の後を追って自決を選択したかった。それでも主人の言う生きろが私を縛る。
「……」
ふらりと立ち上がった。
思いの外しっかりと大地を踏めている。けど周囲がよく見えない。光で眩しい。
「帝国に来てくれるか」
「……」
ここからはあまり覚えていないが、恐らく私は馬車に乗せられ王国を去り、気づいた時は帝国の一室にいた。
「ユラレ様……ユースティーツィア様!」
「!」
突如意識がはっきりするような感覚が戻ってきた。側に心配そうに覗く侍女の姿がある。見知った顔だった。
「……イュース様」
王女殿下付きの侍女で子爵家の娘、殿下がお生まれになってからの王国古参の人間だ。
「ああ、よかった。なにを言ってもお返しにならなかったから」
お茶をいれますね、と笑顔を見せる。そこで自分が広いソファに座っていると気づいた。
「ここは?」
「……ウニバーシタス帝国、ポステーロス城の一室です」
作りが明らかに賓客用だ。戦争で敗北した場合、一旦城の地下にある牢にいれられるはずではないのだろうか。それが帝国を含めた周辺国の常識だった。
「何故ここに? 他の者は?」
「……聞いた話では、私以外の侍女は王国に残り、騎士や側近はこの城の別室におります」
「成程」
「あ、ユースティーツィア様」
イュースが止める間もなく立ち上がり扉に手を掛ける。外から鍵がかかっていた。
「第二皇子殿下は?」
「……お呼びします」
本来、侍女を呼ぶ為の鈴をイュースが鳴らす。程なくして精鋭を連れたヴォックスが扉を開いた。力ずくで出ようとしない私に周囲は戸惑いを見せていたが、ヴォックスだけは動揺を見せず冷静に向かいのソファに座る。
ヴォックスが目配せをしてイュースと精鋭達を部屋から下がらせた。未婚の男女がすることではないが、私は敗戦騎士であり聴取の対象であれば多少のことは止むを得ない。
「これはどういうこと?」
「……賓客として扱う」
のっけから机越しに胸ぐらを掴む。ヴォックスは揺るがなかった。
「他の騎士と同じく牢にいれればいい」
「駄目だ……王女殿下の願いでもある」
「殿下が?」
頷くヴォックスに再び力と気力が抜け手を離しソファに座り込む。嫌でも失ったと実感させたいのか。
「負けたのか」
「……レースノワレ王国は併合を拒み、滅びを選んだ」
それが最後に両陛下が願ったことだと言う。
「君がとった?」
「……ああ」
両陛下も家族も、唯一最後の希望だった王女ですらこの手をすり抜けた。私の光が、私の生きる証が、もういない。
「……いっそ止めをさしてくれれば」
「ユツィ」
「牢にいれてほしい」
せめてそのぐらいの扱いをされれば王女殿下に報いることができるだろうか。
けれどヴォックスはそれを許さない。
「牢にはいれない。ここに暫くいてもらう」
「……君の思い描いた通りになった?」
「……」
非常にスムーズに王国は滅びた。入念な準備をしていたことはよく分かる。帝国の作戦通りだろう。それは皇帝が考えたものではなく、恐らく目の前の男が立案指揮したからだろう。
「生き残った者達の生活は帝国が保証する」
「……そう」
尊厳を守り、以前と変わらぬ生活をと言う。真面目な男だ。私にわざわざ話すことでもない。
今の私は外に出られるといった自由はないが、なるたけ生活に苦なくするとヴォックスはかたい表情のまま告げて去った。
「……殿下」
せめてその亡骸を前に王国の象徴としての葬儀を行いたかったと事実を受け入れた時にそう思えた。
剣が手元から落ちてがしゃんと金属音がする。膝から崩れ落ちた。
「……そんな」
「……」
頭上からヴォックスの視線を感じる。
生きると言ったのに。私達にはあれだけ自決を許さなかったのに。
私が身を挺して逃がした選択が間違い? 精鋭すらも私が足止めすべきだった?
「殿下」
各なる上は自決をと頭によぎる選択を、殿下の声が遮る。生きろと言う、死ぬなと最後まで叫ぶ可愛らしい少女の声だった。
「ユツィ」
「……」
さらにもう一人騎士が辿り着いた。
「団長」
「ああ」
「所定通り身体は北へ、北の支配権は我が帝国に」
「分かった」
亡骸を生き残った王国民が戦争の偶像にしないよう国外へ持ち出すのか。王国レースノワレの惨状を目の当たりにした周辺国は今帝国が併合の話を持っていけば頷くしかないだろう。軍事国があっさり落とされたのだから。
レースノワレを滅ぼすだけでは飽き足らず王国民の尊厳すら蹂躙していく帝国に怒りしかわいてこない。
「別の報告によると、城内騎士の掃討も済んだようです」
「……内容は」
「生存者なしです」
「!」
国王陛下に加えて、私の家族も失われた。城内侵入からの制圧が速い。さすがヴォックスと思わず皮肉を交えて言ってやりたくなった。
「ユツィ、立てるか」
ヴォックスは目の前で跪いて手を差し出す。その言葉に心配の色が滲んでいても返せる余裕はなかった。
私にとって生きる誇りで指針とも言える方を失ったのだから仕方ない。本来は主人の後を追って自決を選択したかった。それでも主人の言う生きろが私を縛る。
「……」
ふらりと立ち上がった。
思いの外しっかりと大地を踏めている。けど周囲がよく見えない。光で眩しい。
「帝国に来てくれるか」
「……」
ここからはあまり覚えていないが、恐らく私は馬車に乗せられ王国を去り、気づいた時は帝国の一室にいた。
「ユラレ様……ユースティーツィア様!」
「!」
突如意識がはっきりするような感覚が戻ってきた。側に心配そうに覗く侍女の姿がある。見知った顔だった。
「……イュース様」
王女殿下付きの侍女で子爵家の娘、殿下がお生まれになってからの王国古参の人間だ。
「ああ、よかった。なにを言ってもお返しにならなかったから」
お茶をいれますね、と笑顔を見せる。そこで自分が広いソファに座っていると気づいた。
「ここは?」
「……ウニバーシタス帝国、ポステーロス城の一室です」
作りが明らかに賓客用だ。戦争で敗北した場合、一旦城の地下にある牢にいれられるはずではないのだろうか。それが帝国を含めた周辺国の常識だった。
「何故ここに? 他の者は?」
「……聞いた話では、私以外の侍女は王国に残り、騎士や側近はこの城の別室におります」
「成程」
「あ、ユースティーツィア様」
イュースが止める間もなく立ち上がり扉に手を掛ける。外から鍵がかかっていた。
「第二皇子殿下は?」
「……お呼びします」
本来、侍女を呼ぶ為の鈴をイュースが鳴らす。程なくして精鋭を連れたヴォックスが扉を開いた。力ずくで出ようとしない私に周囲は戸惑いを見せていたが、ヴォックスだけは動揺を見せず冷静に向かいのソファに座る。
ヴォックスが目配せをしてイュースと精鋭達を部屋から下がらせた。未婚の男女がすることではないが、私は敗戦騎士であり聴取の対象であれば多少のことは止むを得ない。
「これはどういうこと?」
「……賓客として扱う」
のっけから机越しに胸ぐらを掴む。ヴォックスは揺るがなかった。
「他の騎士と同じく牢にいれればいい」
「駄目だ……王女殿下の願いでもある」
「殿下が?」
頷くヴォックスに再び力と気力が抜け手を離しソファに座り込む。嫌でも失ったと実感させたいのか。
「負けたのか」
「……レースノワレ王国は併合を拒み、滅びを選んだ」
それが最後に両陛下が願ったことだと言う。
「君がとった?」
「……ああ」
両陛下も家族も、唯一最後の希望だった王女ですらこの手をすり抜けた。私の光が、私の生きる証が、もういない。
「……いっそ止めをさしてくれれば」
「ユツィ」
「牢にいれてほしい」
せめてそのぐらいの扱いをされれば王女殿下に報いることができるだろうか。
けれどヴォックスはそれを許さない。
「牢にはいれない。ここに暫くいてもらう」
「……君の思い描いた通りになった?」
「……」
非常にスムーズに王国は滅びた。入念な準備をしていたことはよく分かる。帝国の作戦通りだろう。それは皇帝が考えたものではなく、恐らく目の前の男が立案指揮したからだろう。
「生き残った者達の生活は帝国が保証する」
「……そう」
尊厳を守り、以前と変わらぬ生活をと言う。真面目な男だ。私にわざわざ話すことでもない。
今の私は外に出られるといった自由はないが、なるたけ生活に苦なくするとヴォックスはかたい表情のまま告げて去った。
「……殿下」
せめてその亡骸を前に王国の象徴としての葬儀を行いたかったと事実を受け入れた時にそう思えた。
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