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44話 極秘事項

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 遠乗りから日も浅く、時間がないはずのヴォックスが外への誘いを提案してくる。

「忙しいんじゃないの?」
「今日は時間をもらった」

 懸念していたこと、皇帝が代替わりを迫られる前に第一皇子指名でステラモリス公国への武力侵攻を命じた。それを父親である皇弟やヴォックス、第三皇子とで撤回しようと動いている。しかし議会が第一皇子の息のかかった者が増えたせいで審議が進まないという。通常騎士団長であるヴォックスが武力侵攻の勅命を受けるはずなのに第一皇子が受けているあたり、皇帝は余程ステラモリスが欲しいらしい。

「時間をもらったなら休めばいいのに」
「その前にやりたいことがある」
「そう?」

 二人で出掛けると妙に気持ちが緩む。普段律せるのに二人きりになった途端触れたくなるから勘弁して欲しいところ。
 今後は目に見えて荒れる。代替わりが起きれば皇帝によって武力併合された国のいくつかは奮起して帝国に牙を向けるだろう。それを帝国騎士団は鎮圧及び和平交渉を行わないといけない。今まで以上の戦場へ赴かなければならないかもしれないのに心に油断が見える。気を引き締めねば。

「海向こうの国でも行くのか?」
「いや、先方はもうこちらに着いている」
「先方?」

 ウニバーシタス帝国最南端の港町に着いた。どうやらここで待ち合わせしているらしい。この町に入った途端プレケスでのことで多くの町民から声をかけられ握手を求められたりしたが港町の外れまで来れば静かなものだ。

「ユツィ、こちらだ」

 高級ではないが、少人数しか入れないような小さな宿屋兼食事処といったところだった。

「君の言う先方がこちらに?」
「……ああ」

 部屋に入ると事情通な店主が奥の部屋を指さした。案内はないらしいが、持つ雰囲気や視線のやり方、僅かな言葉遣いが慣れている者のそれだった。帝国専用の情報屋を兼ねているな。

「たぶんユツィはとても怒ると思うが……」
「何故?」
「俺は殴られる覚悟でいる」
「だから何故」
「……ここだ」

 ノックをした後、ヴォックスが名乗ると背の高い痩せた男が扉を開けた。軽く頷くだけで話さない。するりと身を引いて部屋の中へ促した。

「……え?」

 ヴォックスにエスコートされ部屋に入り扉が閉まり鍵がかけられる。当然だろうと冷静に判断する自分がいるのに、目の前から視線も外せず緊張と混乱で身体が震えた。

「ああ着いたのね」
「お待たせして申し訳ありません」
「いいのよ、気にしないで……で?」

 視線が交わる。
 真っ直ぐ射貫く強い視線、猫のような瞳が嬉しそうに細められた。

「久しぶりね、ユツィ。私の事、覚えてる?」
「……殿下!」

 嘘だ。
 ああでも間違いない。柔らかに揺れる髪も、小柄な身の丈も、白く曇りのない肌も、心地の良い声も、全部。全部記憶にある王女殿下そのままだ。

「う、そ」
「嘘じゃないわよ。ほっぺたつねってみる?」
「だって、死、んだと」

 王女殿下が困ったように眉を下げた。そして一瞬視線を私の隣に向ける。殿下の視線を追えば、覚悟を決めながらも気まずそうな瞳がこちらを見下ろした。

「ヴォックス」
「……極秘事項だった」
「死んだと」
「レースノワレ王国の王女は死んだわよ」
「殿下!」

 もーとりあえず座りなさいと言われ、大人しく座った。
 殿下にはあまり上等とはいえないソファにて対面する。痩せた背の高い男は殿下の側に控えていた。

「私ね、今海の向こうの国の伯爵家の養子なのよ」
「伯爵……」

 あの戦いの際、ヴォックス付きの精鋭と分隊長が王女殿下を追った。そして戦うこともなく逃がす手引きをしたと。北の国から大きく迂回して海を通ってこの港へ、その後海向こうの南の国へ避難し、国の承認を得て伯爵家に迎えられた。あちらは子供がいなく、殿下の出自を聞いてもリスクごと受け入れたという。

「開戦前からずっと彼とやり取りしてたのよ」
「ヴォックスと?」
「……」
「単刀直入に武力侵攻を避けたいから、和平交渉に応じて欲しいというところから始まったわね」

 当然、レースノワレが受け入れるはずもない。軍事国家として成り立った矜持がある。武力を見せつけてもいないのに簡単に併合を受け入れるとは言いがたい。

「御父様達は戦いを選んだ。私は彼とやり取りして考えた末に生きることを選んだのよ」
「何故」
「単純に生き延びてみたかっただけ」

 その思いもあるだろう。しかしそれだけではないようだった。長年共にいたから察してしまう。

「……ユツィ分かってるわね?」
「殿下から伺いたいのです」
「もー、殿下じゃないんだって…………ユツィには酷なこと言うわよ?」
「構いません」
「武力一択、弱ければ自決って考え方に納得が出来なかったのと、レースノワレを覚えていて語ることができる人間が私であって欲しかった、ってとこね」

 一見二つの理由は矛盾しているように見える。武力国家である国の思想の否定と、その国を記憶や口伝で残そうとする愛着ともいえる考え。
 確かにレースノワレは武力国家といえど旧態依然としている傾向はあった。
 魔法を使う戦いかたを取り入れなかったことが目立つ部分だろう。武力を主にするなら選り好みをせず貪欲に多方面に強くなってもよかったがそれはなかった。
 武力の多様性が認められていないのに、自身の敗北が明白になったら死を選ぶ。
 これは些か短絡的だ。たとえ殿下が他の面を考えて武力思想を否定したとしてもやはりレースノワレは柔軟性がなかった。
 それでもレースノワレを忘れたくないレースノワレがあったことを伝えたいと思うのは当然のことだろう。殿下は国を愛していた。改革こそ進まずに終えた国とはいえ、いい国だったのだから。
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