15 / 21
15話
しおりを挟む
「伍長は貴方に静かな所で……戦いと関係ない所で暮らしてほしいと、そう願っていたんです」
知っている。
片手で数えるほどだが、私は自分の直轄の小隊の何人かに話した事がある。
退役したら、静かな所でのんびり過ごすさ、と。
この言葉を伍長はしっかり覚えていたのだろう。
なにより、優しい子だ。あの時、自分や実母の安否よりも、私の将来を考えてくれたのかもしれない。
「元帥の血筋である事が知れたら、彼らに利用されるのはおろか、跡取りのいない元帥側も動くでしょう」
「そんなもの」
「えぇ、アリーナには対処できる些事な問題でしょう。ですが、血に縛られてる彼らはそれだけにとどまりません」
勘当された一族の者の末裔、不義の子として見られるという事は、その真実を露呈されないよう口封じで命を狙われる可能性が私が死ぬまで続くだろう。
同時に私が大切にしている者達、はては街の民達にも危害が加わると、ルーカスは言う。
そうだろう。私とて、考えなかったわけじゃない。
伍長が死んでも成し得ようとしたことは何か、推測して辿り着いてはいる。けれど、それで納得は出来なかった。
「アリーナは自分の大切なものを守るためなら、どんな自身の犠牲も問わないでしょう?」
「そうだね」
「伍長は失ってほしくなかったんです。貴方自身も貴方の大切にしてるものも」
それだけ?
それだけなのかと思ってしまう。
血筋血族で目の色を変えて人道に背く事をしてくるのが奴らだ。例えその対象が、私自身の命でも周囲の命であっても私は守ろうとするだろう。
けれど伍長はそれを望まなかった。だから伍長自身が犠牲になる。そんな事、納得いくはずがない。
他人が犠牲になることを良しとせず、自分が犠牲になろうなど、本末転倒じゃないか。
私がしようとしていることを、ただ伍長が代わりにやっただけだ。
それでは別の解決法でもなく、役者が変わっただけの同じ舞台。
「確かに伍長は間違っていたかもしれません。周囲に協力を頼めば解決できたことかもしれませんから」
「だが、周囲に協力を仰げば、私の出自が知れる」
「そうです。だから伍長は何も言わなかった」
私の出自がそんな大事な事なのか。そうとは思えない私と、それ以外で出自を重んじる者達とで意識の差が極度に違う。
伍長とて本来は血族を重んじる家系ではない。けれど、育ちがミランの遠縁である以上、そういった話は良く見聞きしてきたのだろう。その分、そこにある何かを知り得たのか。
「やはり、私には」
納得がいかない。
気持ちに整理がつかない。
蓋をしたい感情の行き場を決めておきたい。
だから復讐という行動で補いたい。
それしか知らないから。
「……アリーナ」
「……」
いや、違う。
本当は……本当は、受け入れたい。
彼女の死も、見たくない感情にも、本当に欲しいものにも。
「分からないんだ」
「え?」
「ここ最近は特に」
復讐をするという気持ちが薄れている。ましてや考えにも及ばないと気づく度に、伍長への罪悪感を抱いた。自信を責める事が復讐と同じく、無意味なものだと分かっていてもそう簡単に止められるものではない。
「……恐らくですが、私が伍長に最後に会って話した者になると思います」
「何だって?」
最後と言うのは奴らに殺される前か。彼女への危機を察していたルーカスとミランであったが、実際接触できていたとは。
「私は大丈夫と言う彼女に何も言えませんでした。まだ時間があると油断していたのもありますが……少し疲れていた彼女は最後に私に貴方のことを話していきました」
「私のこと?」
「大好きな人だと。尊敬して、何よりも幸せになってほしいと、そう願っていました」
「伍長が……」
「えぇ」
あぁ、この言い様ない気持ちは。
彼女はどこまでいっても心優しい子だ。君はその間際でもまだ私のことを気にかけていたのか。
「私にアリーナのことをよろしく頼むと、そう言われました」
「だから、君は私の所に来たのか?」
「いいえ」
それだけは違うと、はっきりルーカスは言い切った。
「私が貴方に会いたくて来たのです。私の気持ちが最優先でした」
それも今となっては正しいことなのか、と彼は自分の気持ちと行動に少しばかり思うところがあるようだった。
「だが、君が来てくれたから私は何かを得たんだと」
「え?」
「いや、いいんだ」
これは話すことではないのだろう。
私自身に答えが出てないことなのだから。
「では、私は戻ります」
「あぁ」
名残惜しそうに微笑む。
私が現役なら喝でも入れたか。しかし、今は退役しているし彼の上官でもない。彼だけの問題で、彼が消化しないと先へ進めないだろう。
「ルーカス」
背を向け数歩歩いたところで呼び止める。
不思議そうにこちらに振り向く彼に静かに口にした。
「……善処しよう」
何にかは言わなかった。
それでも彼は微笑んで頷く。
伝わったかはわからないが、その後、彼は1度も振り返ることなく、私も彼を呼び止めることなく、丘を下って行った。
見えなくなるまで私は彼を見送った。
「少し冷えるな」
月夜、私は見据えたくない事実を言葉にして受け入れなければならなかった。
私の中でそれが昇華されるまで、ただずっと月を見上げていた。
知っている。
片手で数えるほどだが、私は自分の直轄の小隊の何人かに話した事がある。
退役したら、静かな所でのんびり過ごすさ、と。
この言葉を伍長はしっかり覚えていたのだろう。
なにより、優しい子だ。あの時、自分や実母の安否よりも、私の将来を考えてくれたのかもしれない。
「元帥の血筋である事が知れたら、彼らに利用されるのはおろか、跡取りのいない元帥側も動くでしょう」
「そんなもの」
「えぇ、アリーナには対処できる些事な問題でしょう。ですが、血に縛られてる彼らはそれだけにとどまりません」
勘当された一族の者の末裔、不義の子として見られるという事は、その真実を露呈されないよう口封じで命を狙われる可能性が私が死ぬまで続くだろう。
同時に私が大切にしている者達、はては街の民達にも危害が加わると、ルーカスは言う。
そうだろう。私とて、考えなかったわけじゃない。
伍長が死んでも成し得ようとしたことは何か、推測して辿り着いてはいる。けれど、それで納得は出来なかった。
「アリーナは自分の大切なものを守るためなら、どんな自身の犠牲も問わないでしょう?」
「そうだね」
「伍長は失ってほしくなかったんです。貴方自身も貴方の大切にしてるものも」
それだけ?
それだけなのかと思ってしまう。
血筋血族で目の色を変えて人道に背く事をしてくるのが奴らだ。例えその対象が、私自身の命でも周囲の命であっても私は守ろうとするだろう。
けれど伍長はそれを望まなかった。だから伍長自身が犠牲になる。そんな事、納得いくはずがない。
他人が犠牲になることを良しとせず、自分が犠牲になろうなど、本末転倒じゃないか。
私がしようとしていることを、ただ伍長が代わりにやっただけだ。
それでは別の解決法でもなく、役者が変わっただけの同じ舞台。
「確かに伍長は間違っていたかもしれません。周囲に協力を頼めば解決できたことかもしれませんから」
「だが、周囲に協力を仰げば、私の出自が知れる」
「そうです。だから伍長は何も言わなかった」
私の出自がそんな大事な事なのか。そうとは思えない私と、それ以外で出自を重んじる者達とで意識の差が極度に違う。
伍長とて本来は血族を重んじる家系ではない。けれど、育ちがミランの遠縁である以上、そういった話は良く見聞きしてきたのだろう。その分、そこにある何かを知り得たのか。
「やはり、私には」
納得がいかない。
気持ちに整理がつかない。
蓋をしたい感情の行き場を決めておきたい。
だから復讐という行動で補いたい。
それしか知らないから。
「……アリーナ」
「……」
いや、違う。
本当は……本当は、受け入れたい。
彼女の死も、見たくない感情にも、本当に欲しいものにも。
「分からないんだ」
「え?」
「ここ最近は特に」
復讐をするという気持ちが薄れている。ましてや考えにも及ばないと気づく度に、伍長への罪悪感を抱いた。自信を責める事が復讐と同じく、無意味なものだと分かっていてもそう簡単に止められるものではない。
「……恐らくですが、私が伍長に最後に会って話した者になると思います」
「何だって?」
最後と言うのは奴らに殺される前か。彼女への危機を察していたルーカスとミランであったが、実際接触できていたとは。
「私は大丈夫と言う彼女に何も言えませんでした。まだ時間があると油断していたのもありますが……少し疲れていた彼女は最後に私に貴方のことを話していきました」
「私のこと?」
「大好きな人だと。尊敬して、何よりも幸せになってほしいと、そう願っていました」
「伍長が……」
「えぇ」
あぁ、この言い様ない気持ちは。
彼女はどこまでいっても心優しい子だ。君はその間際でもまだ私のことを気にかけていたのか。
「私にアリーナのことをよろしく頼むと、そう言われました」
「だから、君は私の所に来たのか?」
「いいえ」
それだけは違うと、はっきりルーカスは言い切った。
「私が貴方に会いたくて来たのです。私の気持ちが最優先でした」
それも今となっては正しいことなのか、と彼は自分の気持ちと行動に少しばかり思うところがあるようだった。
「だが、君が来てくれたから私は何かを得たんだと」
「え?」
「いや、いいんだ」
これは話すことではないのだろう。
私自身に答えが出てないことなのだから。
「では、私は戻ります」
「あぁ」
名残惜しそうに微笑む。
私が現役なら喝でも入れたか。しかし、今は退役しているし彼の上官でもない。彼だけの問題で、彼が消化しないと先へ進めないだろう。
「ルーカス」
背を向け数歩歩いたところで呼び止める。
不思議そうにこちらに振り向く彼に静かに口にした。
「……善処しよう」
何にかは言わなかった。
それでも彼は微笑んで頷く。
伝わったかはわからないが、その後、彼は1度も振り返ることなく、私も彼を呼び止めることなく、丘を下って行った。
見えなくなるまで私は彼を見送った。
「少し冷えるな」
月夜、私は見据えたくない事実を言葉にして受け入れなければならなかった。
私の中でそれが昇華されるまで、ただずっと月を見上げていた。
0
あなたにおすすめの小説
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!
ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。
前世では犬の獣人だった私。
私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。
そんな時、とある出来事で命を落とした私。
彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。
【完結】夕凪のピボット
那月 結音
恋愛
季節は三度目の梅雨。
大学入学を機に日本で暮らし始めた佐伯瑛茉(さえきえま)は、住んでいたマンションの改築工事のため、三ヶ月間の仮住まいを余儀なくされる。
退去先が決まらず、苦慮していた折。
バイト先の店長から、彼の親友である九条光学副社長、九条崇弥(くじょうたかや)の自宅を退去先として提案される。
戸惑いつつも、瑛茉は提案を受け入れることに。
期間限定同居から始まる、女子大生と御曹司の、とある夏のおはなし。
✴︎ ゚・*:.。..。.:*・゜✴︎ ゚・*:.。..。.:*・゜✴︎ ゚・*:.。..。.:*・゜✴︎
【登場人物】
・佐伯 瑛茉(さえき えま)
文学部3年生。日本史専攻。日米ハーフ。
22歳。160cm。
・九条 崇弥(くじょう たかや)
株式会社九条光学副社長。
32歳。182cm。
・月尾 悠(つきお はるか)
和モダンカフェ『月見茶房』店主。崇弥の親友。
32歳。180cm。
✴︎ ゚・*:.。..。.:*・゜✴︎ ゚・*:.。..。.:*・゜✴︎ ゚・*:.。..。.:*・゜✴︎
※2024年初出
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる