最強の聖女は恋を知らない

三ツ矢

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大陸放浪編

航海~説得~

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 ぐらぐらと揺れる船内での眠りは浅かった。度々、体のどこかをぶつけては目を覚ました。しかし、それでも何とか朝を迎えることができた。

ローブをいつも通り着込もうとして、少し暑いことに気が付いた。トランクの中を確かめると中から夏用のワンピースが出てきた。薄い黄色が基調のワンピースは肩が丸くなったバルーンスタイルで、青いリボンがそこかしこにあしらわれていた。それに夏用に前開きになったローブを着込む。夏用のローブは麻で出来ており、潮風が心地よく吹き抜けていく。

この早朝ならいないかと思い、デッキに上がると既にルークがいた。うとうとと船の上で舟を漕いでいた。だんだんと体勢が崩れていく。このままでは海に落ちると思い、ルークに駆け寄ると身体がぎっちりと柱に縄で固定されていた。ルークは近づいても気が付かない様子でぐっすり寝こけていた。拍子抜けした私はルークを放置して、船内に戻った。



「おお、昨日はありがとな。今日も手伝ってくれるのかい?」

「いえ、こちらも暇でしたので。今日もよろしくお願いします」



厨房に入ると細目のコックが愉快そうに笑った。



「あんた、変わってるね。どう見ても上流階級の娘さんに見えるのに、こんな貨客船に乗って進んで下働きをするなんて」

「そんな大した人間ではありませんよ。今日は何を作るんですか?」



 それから一か月にわたって私は厨房で下働きをしながらコックと様々な話をした。豆のスープとパンを作りながら、コックは私に嵐の話を聞かせた。



「……でさぁ、天気がこう、霧がかってくとさ、マストの先端にぼうっと灯りが見えるのよ」

「それって何ですか?」

「セントエルモの火って言ってさぁ。怖いもんじゃなくって、守り神みたいなもんで……」



コックの言葉を遮るように扉が乱暴に開けられた。水夫の一人が駆け込んできた。



「おい、嵐が来るってよ!」

「ああ?そんな天気にゃ見えねぇけどな」

「なんか青い髪した男がそう言い張ってるって。船長に航路を変えろって直談判しやがった」

「穏やかじゃねぇな。とりあえず、火は落としておくか。お嬢ちゃんも、船室に戻んな」



それを聞くとコックは慌てて火を消した。私はデッキに上がり、操舵室へと向かった。



「だぁかぁらぁ、南南東、二時の方向に嵐が発生しているって言ってんだろぉが!」

「この天候でそんな兆しは見えない。何を根拠に言ってるのかね?」



操舵室では海図を広げてルークが船長に喰ってかかっていた。



「ちょっとルークさん、船長に何を文句言ってるんですか?」



私がフローレンス語でルークを諫めた。ルークはじろりと私を見て船長に指をさした。



「こいつが分からず屋なんだ。風の音色も水の匂いもしてるのに、こいつら船乗りのくせに鈍感すぎるぜ」



(風の音色に水の匂い?)



私は疑問に思いながらも、なんとかルークを落ち着かせようとした。



「ルークさん、青嵐の騎士だって名乗ったらどうですか?いつもの猫かぶりはどうしたんです?」

「自分の名前なら名乗ったさ!でもこいつら、一向に信じなくって。つい熱くなった」

「青嵐の騎士の名が泣きますよ」

「そんなのその辺の奴らが適当に呼び出した名前だ。自分から名乗ったことは一度も無いね」



私は深く息をつくと、船長の方に向き直った。



「船長、彼は正真正銘の青嵐の騎士です。彼の言葉をどうか信じては頂けませんか?」



船長は口を真一文字に結んだ。



「私はマヤ・クラキ。フローレンス王国の顧問魔術師です。これがその証です」



私は国章の彫り込まれた懐中時計を取り出した。その横から甲板長が出てきた。



「船長、このお嬢さんは信用しても良い人ですぜ。顧問魔術師ってのも本当ですし、国際展覧会でも真正面から話聞いてくれたんです」



それを聞いて船長は口を開いた。



「どこに航路を取れば、嵐を避けられる?」

「……西に一端回避すれば、嵐の横をすり抜けられる」



ルークの言葉に船長が頷いた。



「進路変更。取舵一杯!」

「イエッサー、キャプテン!」



船員たちが一斉に声を上げた。船員たちが一斉にそれぞれの持ち場に散っていく。船員たちは一つの生き物のように大きな船を操っていく。船は進路を変え、西へと進んでいく。

数時間後、東の方向に黒々とした雲が立ち込めてきた。それだけでなく、船も霧に包まれた。真っ白な視界の中で私は確かに見た。ぼんやりとした光がマストの先にあった。

それは長い時間ではなく、やがて霧が晴れるとそこにはかすかに島が見えた。



「あー、長かった。もうちょっとで転覆しちまうかと思ったぜ」



ルークがいつの間にか隣で荷物をまとめて持っていた。



「ぼやぼやしてんなよ。あの距離ならもうすぐ上陸だ」



そう言うとルークは荷袋一つ背に抱え、また舳先にどっかりと座り込んだ。



 イスラ共和国は美しい島国だった。白がかった薄茶色の石灰岩の台地をエメラルドグリーンの海に縁どられている。私はその様子を目の当たりにすると思わず声を上げてしまった。



「綺麗な島……」

「そうだろう。こんな美しい国は他にないぜ。飯も美味い、酒も美味い、女も良いとくりゃ楽園だ」



甲板長が自慢げに胸をそららした。大の男の甲板長があまりに誇らしげで子供っぽかったので私は思わずくすりと笑いを漏らした。やがて船は港に停泊した。



「それじゃあな、ねえさん。達者でな」

「ええ、船の皆さんにはお世話になりました。どうぞ、幸運を」

「あと、あの青髪のあんちゃん、やっぱりホンモノだったんだな。あんたがあんまりに真剣なんで加勢しちまったが、まさか本当に嵐に遭うと思わなかったぜ」

「彼のことはどうか内密に。お忍びの旅ですから」

「そりゃ無理だと思うけどな。もう船員全員に知れ渡ってるから。狭い島だ。あっという間に広がるだろうさ」



その言葉に私は苦笑するしかなかった。私自身、ルークが青嵐の騎士だと確信を持っていなかったのに、後押ししてくれた甲板長には感謝しかなかった。
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