4 / 13
一章
ディム
しおりを挟む
――ようこそ…
誰かの声を水底で聞いたような感覚。
人が死ぬ時は最後に聴力が失われると何処かの誰かが言った気がする。そんなぼんやりとした考えを抱きながらメイムはふとまた目を覚ました。
――ようこそ、R地区へ。名無様。
「どうも…」
縫い合わさったように思い瞼をゆっくりと持ち上げる。あまりの眩しさにメイムは思い切り顔を顰めた。
――本日は快晴。最高気温は22℃、最低気温は15℃と比較的穏やかな1日でしょう。湿度は25%、洗濯物は良く乾きます。
なるほど、よくできていると、メイムは一人関心していた。
「リスポーン地点ってことね」
――その通りです、メイム様。
見覚えのない石造りの天井、大きく取られた採光部。
メイムは首だけを左右に振って室内を隈無く見渡した。
多少の年期が入ってはいるものの、埃っぽくもなく蜘蛛の巣もない、近未来的な外観とは齟齬のある西洋風の内装だ。家具も生活用品も最低限の生活ができるように用意されているようで、ご丁寧に窓際には花まで活けられていた。
軽く手で顔を擦って降り注いだ光を眺め、そしてまた力なく腕を放り出す。なんの反発もなく手を受け止めたマットレスは薄く、長居するには居心地が悪そうだ。
「それで、今日は何日?」
――メイム様がこちらに来られて1日が過ぎました。
「君、名前は?」
――お忘れでしょうか。
「あー、なんだっけ。登録の時に聞いた声だ」
――左様でございます。
男とも女ともつかない電子音に乗った声は枕元から発せられているようだった。まだ気怠い体を無理矢理反転させて体勢をうつ伏せへと変える。枕に一度埋めた顔を少しもたげて、声の方に目をやった。
「DEM」
――左様でございます。
果たして何の略称だったか。メイムは一人頭を悩ませながら枕に頬を擦り付ける。
「じゃあ俺の目的も把握してるよね」
――ご友人の捜索と伺っております。
「姓がミタマ、名がモト。字と号は知らない」
――それは私に情報の提示を求めておられますか。申し訳ございませんが…
「規約により個人情報の開示は本人の同意無しにはできません、でしょ。前にも聞いたよ」
どうしようもない気持ちを乗せる言葉も思い浮かばず、枕に鼻先を埋めて「あー」とも「うー」ともつかない声を出す。ひと通り肺の中の空気を吐き切った後に、また息を吸って大きなため息を一つ吐いた。おろしたての綿の匂いに混じって、もったりとした花の香りがした。
「どうしてモトは俺のメッセージに応えてくれないんだろう」
ディムがその答えを持っているわけでもなく、ただ呟いた言葉は虚しく部屋の中で霧散した。
「ディム、ここで提示できる情報は?」
――ミタマ様が設定されている提示条件では、四名の何かを把握している者に3時間前の所在地が設定されております。
「四名?」
――姓、名、字、号のことでございます。メイム様は姓、名を存じ上げておられますので、ミタマ様の3時間前の所在地を提示できます。
「3時間前」
一箇所に留まるにしては微妙な時間だ。この忙しない街では大きなトラブルがない限り、3時間も動かないなんてことはそうそう無いだろう。
「夜を狙うか」
人間3時間以内で寝て起きる生活を毎日する奴なんてそんなにいない。寝ているところ悪いが確実に会うためには寝ているところを叩き起こす他はないとメイムは一人頷いた。
誰かの声を水底で聞いたような感覚。
人が死ぬ時は最後に聴力が失われると何処かの誰かが言った気がする。そんなぼんやりとした考えを抱きながらメイムはふとまた目を覚ました。
――ようこそ、R地区へ。名無様。
「どうも…」
縫い合わさったように思い瞼をゆっくりと持ち上げる。あまりの眩しさにメイムは思い切り顔を顰めた。
――本日は快晴。最高気温は22℃、最低気温は15℃と比較的穏やかな1日でしょう。湿度は25%、洗濯物は良く乾きます。
なるほど、よくできていると、メイムは一人関心していた。
「リスポーン地点ってことね」
――その通りです、メイム様。
見覚えのない石造りの天井、大きく取られた採光部。
メイムは首だけを左右に振って室内を隈無く見渡した。
多少の年期が入ってはいるものの、埃っぽくもなく蜘蛛の巣もない、近未来的な外観とは齟齬のある西洋風の内装だ。家具も生活用品も最低限の生活ができるように用意されているようで、ご丁寧に窓際には花まで活けられていた。
軽く手で顔を擦って降り注いだ光を眺め、そしてまた力なく腕を放り出す。なんの反発もなく手を受け止めたマットレスは薄く、長居するには居心地が悪そうだ。
「それで、今日は何日?」
――メイム様がこちらに来られて1日が過ぎました。
「君、名前は?」
――お忘れでしょうか。
「あー、なんだっけ。登録の時に聞いた声だ」
――左様でございます。
男とも女ともつかない電子音に乗った声は枕元から発せられているようだった。まだ気怠い体を無理矢理反転させて体勢をうつ伏せへと変える。枕に一度埋めた顔を少しもたげて、声の方に目をやった。
「DEM」
――左様でございます。
果たして何の略称だったか。メイムは一人頭を悩ませながら枕に頬を擦り付ける。
「じゃあ俺の目的も把握してるよね」
――ご友人の捜索と伺っております。
「姓がミタマ、名がモト。字と号は知らない」
――それは私に情報の提示を求めておられますか。申し訳ございませんが…
「規約により個人情報の開示は本人の同意無しにはできません、でしょ。前にも聞いたよ」
どうしようもない気持ちを乗せる言葉も思い浮かばず、枕に鼻先を埋めて「あー」とも「うー」ともつかない声を出す。ひと通り肺の中の空気を吐き切った後に、また息を吸って大きなため息を一つ吐いた。おろしたての綿の匂いに混じって、もったりとした花の香りがした。
「どうしてモトは俺のメッセージに応えてくれないんだろう」
ディムがその答えを持っているわけでもなく、ただ呟いた言葉は虚しく部屋の中で霧散した。
「ディム、ここで提示できる情報は?」
――ミタマ様が設定されている提示条件では、四名の何かを把握している者に3時間前の所在地が設定されております。
「四名?」
――姓、名、字、号のことでございます。メイム様は姓、名を存じ上げておられますので、ミタマ様の3時間前の所在地を提示できます。
「3時間前」
一箇所に留まるにしては微妙な時間だ。この忙しない街では大きなトラブルがない限り、3時間も動かないなんてことはそうそう無いだろう。
「夜を狙うか」
人間3時間以内で寝て起きる生活を毎日する奴なんてそんなにいない。寝ているところ悪いが確実に会うためには寝ているところを叩き起こす他はないとメイムは一人頷いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる