花ひらひら

柊 ゆうか

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共通話2

誰の嫁になる?

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「これは…驚いたねぇ」

「ふ~ん。やるじゃん」

「よくあれだけの食材で、これだけの」

朝ごはんの用意を終え、双子の二人と他愛ない話をしていると、起きてきた錦さん、恭之助さん、可也斗が並べられたご膳を前に驚いていた。

「雪野殿が?」

「勝手にごめんなさい!でもあの、少しでも私に出来る事をお手伝いするので、すぐに追い出さないでください!お願いします!!」

私は知らない場所でたった一人になるのが怖かった。
例え東雲家の人達に良く思われていなくても、少しでも見知った顔の人達の側に居たかった。
昨日はここに戻る事さえ怖かったけど、彼が私の事を心配して探しにまで来てくれたのだと思うと、今度は追い出される事が怖かった。

「雪野殿、顔を上げて。私達は君を無理に追い出すような事はしない」

頭を下げる私に錦さんが困っている。

「うん、錦。雪野殿は私の妻にするよ」

(えっ?)

「なんの――」

「はあぁぁ!?」

私が言葉を発する前に可也斗が声を荒げていた。

(いやあの、私が叫びたい)

「少ない食物でこれだけの立派な朝餉を用意したのだよ?もう、私の嫁に決定じゃないかな?」

「ふざけるな!誰の嫁になるかはコイツに決めさせるって話しただろ!」

「え?…あの。なにがなんだか…」

「あの、兄様方。先に食べませんか?折角の朝餉が冷めてしまいます」

見るに見かねて二千花ちゃんが間に入ってくれた。

「兄上、朝餉を無駄にするおつもりですか?」

末の二人に言われて恭之助さんと可也斗も大人しく席に付き、やっと落ち着いてご飯が食べれた。

(あ~やっとご飯が食べれた。うん!美味しい!)

箸を付けながら皆の様子を見ると、口一杯に掻き込んで黙々と食べている。
二千花ちゃんは一口食べる度に見惚れるような愛らしい笑顔になっていた。

(大丈夫かな?口に合うかな?)

「あのさ、おかわりあるのか?」

見ると可也斗のご飯茶碗は空っぽで、もの足りなさそうな顔をしていた。

「あるよ!栗はもうないけどかまわない?」

「ああ。それでいい」

可也斗からご飯茶碗を受けとると台所に戻ってお釜からご飯をよそった。

「雪野殿、おひつは?合ったと思ったが…」

「ありましたよ?でも、まだ乾いてなくて…後で移しておきますね」

「錦…そもそもあの恐ろしい惨状で無事なおひつがあるわけないだろう?」

「あ…そうか。すまない、私もおかわり良いかな?」

「あっはい!」

「私ももちろんおかわりするよ」

「ん」

貴理也くんにいたっては無言でご飯茶碗を押し付けてくるのだった。

(おひつやっぱり必要だなぁ)

目の前に差し出されたご飯茶碗を見て、おひつの必要性を再確認させられた。
ご飯をよそいに行っていると、私がご飯を食べられないからだ。
二千花ちゃんが自分も手伝った方がいいのかとおろおろしている。

(可愛いな二千花ちゃん。気にしなくていいんだけどね…昨日は朝にあの物体を食べただけだから、もうお腹ぺこぺこなのよ~)

「ところで、この栗とか柿はどうしたんだい?」

錦さんが柿をお箸に刺しながら私の顔を伺っている。

「あ、えっとぉ~」

鳥から貰ったなどと言えるわけもなく、目が泳いでしまう。

「あはは…友達からもらいました」

「いったいいつそんな物を貰ったのか気になる所ではあるが…。怪しい物では無いのだろう?」

やっぱりまだまだ疑いは晴れていないようで、柿を食べつつも皆の見る目が少し怖かった。

「盗んだとも考えられます」

おまけに貴理也くんの辛辣な一言。

「違います!!絶対にそれはないです!!」

「なら、その友に家まで送ってもらったらどうですか?」

「うっ…それは、その友達は…私の家を知らないんです」

続けざまにキツイ事を言われて悲しくなってくる。
あからさまに貴理也くんは私を嫌っている。

(出て行ってほしいんだろうな…)

「おい、貴理也。あまり責めるな。違うと言っているんだからそうなんだろう」

「そうそう、そのうち分かる事もあるよ」

「まあ、気にはなるがな」

一応庇ってはくれているけど、その目は私を信用して言っているものではなかった。
敢えて言うなら、一先ずとか取り合えず今はとかこの場では追及しない。
けれど、いずれ話してもらう…そういう目。

「兄上達は甘すぎます!昨日会ったばかりの素性不明の怪しげな女の言うことを信用するのですか!」

(うっ…貴理也くん痛いとこばっかり突いてくる)

「貴理也、言っただろう?そのうち分かる事もあると、雪野殿は私の妻になるのだからね?」

「えっ!?」

(な、なんでそっち方面に…)

「だあ~!またその話か!それはアイツが決めることだ!」

(そうなの!?)

「それなら今、決めてもらおうか。雪野殿誰にするんだい?」

「えぇ!?」

「俺にしておけ」

「もちろん私だよね?」

「お前達、雪野殿が困っているじゃないか。だがまあ、私を選んでくれると嬉しいね」

(錦さんまで!?)

てっきり止めてくれると思った錦さんまで冗談なのか私を嫁にと言ってくる。

「えぇ~!!本気なんですか!?」

「本気だよ。ここにいるつもりなら誰かの嫁になって貰わないとね。切実な話、そろそろ子の一人でもいないと困るのだよねぇ。悪い話でもないだろう?屋根のある家に住めて、食べるのには一先ず困らないと思うよ?贅沢はできないけれどね。それとも私達を振って出ていくかい?まあ、それも仕方ないかな?」

茶目っ気たっぷりに言う恭之助さんだけど、その横で可也斗も錦さんも真面目な顔をしていた。

(ちょっと待って!話についていけない!私を嫁に!?本気なの?なんで求婚されてるの私!)

「あ、あの。そもそも皆さん、私の事好きじゃないですよね?」

「それは恋情を抱いていないということかな?」

「はい。私は好きじゃない男性と、その…結婚するつもりはないです」

(いくらなんでも…突飛すぎる!それに、好きでもない男性と結婚なんて、あり得ない!!大体私は…コンビニのある日本に帰りたい!!)

昨日歩いてみて分かった事がいくつかあるが、ここには当然ながらコンビニなどない!

御菓子食べたいなぁ~ちょっとコンビニへとか、お醤油がない!じゃあ、そこのコンビニに~とか到底あり得ない。
この世界で買い物できそうな場所を見てはいたが、ここ東雲家からはかなり遠く感じたように思う。

(大体、ここに私の安らげる場所なんてない…)

「お前、意外と夢見がちなんだな」

「はは、可愛らしいじゃないか」

「愛する人のところに嫁ぎたいだなんてねぇ」

「ふん、ものを知らぬ箱入りめ」

(貴理也くん…それ嫌味)

なぜだか馬鹿にされた気がする。
十七歳の女の子なら、恋に夢見て恋に溺れて泣けるような話に憧れる。
現に、憧れたり好きだった男性だっていたし、女同士恋ばなに花咲かせて話したり、時には同じ人を好きになって泣いたり…そんなごく普通の女子高生だった。
それの何が悪いのか理解できない。

「悪い?私はそういう世界で生きてきたの!!」

感情に任せてそう言うと、私が怒ると思っていなかったのか皆驚いた顔をしていた。

(何よその目は!私が恋しちゃいけないの!)

「驚いたねぇ。錦、雪野殿は本当にそのような世界で生きてきたようだよ?」

「華族の…。生き残っていた者が他にも居たのか…」

「なら、嫁にするのは問題ないな」

(あれ?なんか勘違いされてない?)

「あ、あの今のは違うんです!皆さんが思っているような――」

「バレると色々面倒だからな、隠したがるのは当然か。だけど、俺達なら大丈夫だ」

可也斗は箸を置いて私を真剣な眼差しで見つめた。
その目に戸惑ってしまう。

「いや、だから…あの」

「それなら色々納得がいく事もあるねぇ」

恭之助さんは柿を頬張りながら何か、思い当たる節があるように言った。

「だから!違うんです!」

「分かってるよ。そうなると、やはり誰かの妻になった方が安心だな」

「まあ、これで追い出す必要もなく。出て行く事も阻止しなければねぇ」

(いや、阻止って…それ困る)

日本に帰るつもり満々の私としてはいずれ出て行くのに、それを阻止されるのは非常にまずい。
それに、なんだか良くわからない誤解をしているようで、騙した訳でもないのに私が騙しているような嫌な気分になる。

(否定しても信じてもらえない…どうしたら)

そもそも人としても信用されていないのだ、私が何を言っても聞いてくれはしない。

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。それに柿なんて久しぶりに食べました。雪野さんありがとうございます」

何とも言えない空気の中、二千花ちゃんがにこやかに笑って食事を終えていた。

「あ、うん。口に合って良かったよ」

「兄様達の言うことは一先ず置いて置かれて、わたくしの部屋でこの二千花とお話下さいませんか?」

二千花ちゃんの申し出はとてもありがたかった。
聞きたいこともあるけど、他の皆はきちんと答えてくれるか分からない。

「ありがとう!私も話したいと思っていたの!じゃあ、さっさとお膳下げちゃうね」

「あっ!お手伝い致します!」

私と二千花ちゃんは和気あいあいと台所へお膳を運んで行く。
そんな様子を見て、残された面々は苦笑するしかなかった。

「やれやれ、逃げられてしまったねぇ」

「二千花に取られてしまったな」

「いいんじゃないか?アイツがここにいるのは絶対だろう?それに、二千花にも年頃の近い友が必要だろ」

「そうだな。雪野殿ではないが、うちの二千花も中々の箱入りだからね」

「…私は二千花が良いならそれでいい」

台所で私と後片付けをしている二千花ちゃんはとても嬉しそうに笑っている。
そんな楽しげな様子に誰も口を出さなかった。

「――提案なんだが、雪野殿を惚れさせた者が夫となるというのはどうかな?」

恭之助さんはお茶を手にしながら言った。

「言葉が悪いぞ?それでは遊びのようではないか」

「つまり、アイツに惚れられた奴が夫って事だろう?それなら賛成だ」

「まあ、いいか。それなら雪野殿の好きな相手と…っていうのも叶う」

片付けを終えて戻ってくると誰が惚れさせるかという話が耳に入ってきて、私は頬を引きつらせた。

(なんか物騒な話してる。ゲームじゃないのよ!) 

「…と言うことで雪野殿、覚悟してね?我々は貴女を口説くから、早々に諦めて私に惚れなさい」

「――お断りします」

「つれないねぇ。だが、その方が張り合いがあるというものだね」

さらりと髪を撫でられ、その指が私の頬をなぞっていく。

「おい、恭之助その辺にしておけよ」

固まる私に、可也斗が恭之助さんの手首を捉えて離さない。

「なんだい可也斗やる気かい?」

火花を飛ばす二人に迫られ、困って錦さんを探せば後ろから腕が伸びてきて私を捕まえてしまう。

「二人は放っておいて、私のところに来ないか?」

(ひぃ~!!助けを求める相手間違えた!二千花ちゃ~ん!)

「錦!」

「兄上!」

「二人とも怖いな」

囲まれてしまった私は助けを求めて二千花ちゃんの姿を探す。
すると、貴理也くんと目が合った。

「ふん」

目を逸らして部屋から出て行ってしまう貴理也くん。

(そ、そんな!へるぷみぃ~貴理也く~ん!) 

願い悲しく貴理也くんは立ち去ってしまった。

(二千花ちゃんはどこいったの~!!)

「あ、あの!二千花ちゃんと約束がありますから!!」

三竦み状態の三人をくぐり抜け、走ってその場から逃げたのだった。

「まったく、また逃げられてしまったじゃないか」

「お前のせいだろ!」

「まだまだ、これからだよ」

部屋から飛び出た私は走りながら思った。

(これ!なんて言う乙女ゲームですかー!!)

「違う!こんなの乙女ゲームじゃない!攻略するんじゃなくて攻略されてどうするのよ~!!」 
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