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精霊暴走編

第4話 市場にてブーブブー!!と金のフサフサ!!

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すっかり春のような暖かな日差しに包まれたハンダット村では、村人達が忙しそうに畑の準備をしていた。

私達は出発の為、村の門の前でレーダ村長を待っている。

「お待たせ致しました聖母様、大したものではありませんが、作りはしっかりしております。こちらの馬車をお使いください。」

カッポカッポと馬車を引きながらレーダ村長とアダンお婆ちゃんがやって来た。

私はまず馬に驚いた、なんと薄いピンク色の体に真っ白な鬣と尻尾。
頭に一角、まさしく伝説の神獣ユニコーン!!

「ユニコーン!?」

「馬が珍しいか?」

「うん!私の世界じゃ神獣だよ!」

「そうなのか?コイツらその辺にごろごろいるぞ?」

「そうなの!?群れで見てみたいなぁ」

「今は無理でしょうなぁ」

話を聞いていた村長がユニコーンの頭を撫でながら言った。

「そうなの?」

「精霊が各地で暴走してるからな。今は生息域も分からなくなってる」

「そっか、それは残念だな」

(ユニコーンが群れで走ってる姿、見てみたかったな)

がっかりしていると頭に軽くぽんっと手を置かれた。

「助かる村長、これなら夕方には次の街に着くな」

ルゥくんはポンポンと馬の背を撫でた。

(馬と同じ扱い…)

子供達はピンクの馬に興味津々だけど、ちょっと怖いのか自分から近こうとはしなかった。





「大変お世話になりました」

「ありがとう!!お爺ちゃんお婆ちゃん!!」

「バイバイ!!じぃじ、ばぁば」

挨拶を済ませ馬車に乗り込むと、私達を待っていたルゥくんが馬車を走らせた。

小さくなっていく村を少し寂しく思いながら、馬車の中へ向き直った。

小さな馬車の中には、絨毯が敷いてあり、角にはクッションが並べられている。
道は舗装されていないので当然のごとく、ガタガタ。
だけど、絨毯とクッションのお陰で乗り心地はそれほど悪くはなかった。

「ルゥくん、すぐに王都まで着くの?」

「いや、まずは港町ポートに向かう。そこで船に乗って王都に入る」

「ふ~ん。港町かぁ~すぐ着くの?」

「そればっかりだな。夕方には着くだろ、暇なら寝てろ」

「りょ~か~い」

外は草原がずーと続いている。
生えている木も枯れているので、最初こそ異世界の風景を堪能しようと思ったが、こうも殺伐としていると面白くも何ともない。

杏ちゃんも早々に飽きて、大きな欠伸をしていた。
苺ちゃんはすでに夢の中。

「寝よっと…」

子供達とクッションに埋もれ、眠りについた。




ガタン!!と大きな揺れに目を覚ますとすでに空は夕焼け。

ちょうど街の門をくぐる所で揺れたようだ。

ハンダット村よりも大分大きい街なのだろう、門前には道を挟むように市場が広がっていて、大勢の人が夕飯の買い出しに勤しんでいる。

見たこともない果物や野菜が沢山並べられ、何のお肉か分からないけれど、塊が吊るされている。
他にも布地や金物、色々な物が売っているようだ。

「わぁ~楽しそう~」

私の目はキラキラと輝いていた。
市場好きの私としてはこういった場所に来ると体がウズウズしてしまう。

(値切りとかできるのかしら?ちょっとくらい寄り道してもいいよね!)

市場の賑やかな雰囲気に、どうしても我慢できなくなってしまう。

「ルゥくん!ちょっと降ろして!市場見てくるね」

「はあ!?後にしろ!馬車があるんだぞ!」

「お願いちょっとだけ!あっ!あそこ!そこに停めて!」

私の指差す先には馬車がギリギリ入るくらいの隙間が空いていた。
馬車はその場所に吸い込まれるように移動し、停車した。

「馬が勝手に移動したぞ!?」

「うわぁ~良い子だねぇ~」

「お前が何かしたのか?」

「どうでもいいよ、市場だ~!」

杏ちゃんを降ろし、苺ちゃんを抱っこして市場へと繰り出す。

すぐ近くの八百屋さんには色とりどりの野菜が並んでいる。
その中にりんごらしきものがあった。
確かに見た目はりんご…ただ大きさがサッカーボールくらいある。

(でっか!!アップルパイにしたらどれだけできるんだろう)

「おっきいね~ママ!おいしそ~」

「まんま!!」

「そうだね~。おばちゃんこれなに?りんご?」

「おや?#%£@を見たことないのかい?」

(あれ?気のせいかな?何か聞き取れなかったような)

「もっかい言って?」

「?なんだい?@£#%かい?」

(うそ!何で?やっぱり聞き取れないし~!)

「こっこれは?」

リンゴもどきの横にある野菜、オレンジの茄子のような野菜を指差した。

「これかい?これは&§@%£だよ」

(終わったこれはアレか?へんちくりんスマホの成せる技か…)

横で野菜を覗き込んでいるシツジをジロリと睨んだ。

シツジは見て見ぬふりをしている。

私はスマホを取りだし、もう一度異世界言語のレベルを上げようとした。
まぁ確実にブーブブー!!と拒否されるんだが…。

「シツジィ~どういうことかな~これは?」

《はぁ~バグのせいですね。無理矢理、スキルポイントMAX!!みたいな事したせいでバグったんですよ、きっと!》

「じゃあどうするの?物の名前が分からないとか困るんだけど」

《どうしようもないですね。バグですから!そもそも天照様がおおちゃくしたせいでこうなったんですから》

呑気な笑い声が聞こえた気がした。

「ん~いっか!帰るまでだし!会話にはそんなに困らないから」

《そうですね。私達にはどうしようもないですしね》

後にこれが面倒な事になるとはこの時は思わなかった。

「おい!もういいか?日が暮れるまえに帰りたいんだが?」

「は~い、所でお腹空いたわ」

「杏ちゃんも~!!」

「いっちゃんも~!!」

昨日からふかし芋しか食べてない。
沢山作っておいたから馬車の中でもお昼に食べているけど、さすがに飽きてきた。

港町だから焼き魚とかあると嬉しいなぁ。

馬車に戻り市場を後にした。

(もう少し色々見て回りたかったな)

名残惜しく市場を眺めた。

次第に馬車は住宅街の中心へ移動して、今度はお店屋が並んでいる広場のようなところに出た。

そのお店のちょうど右端の小さなお店の前に、馬車は止まった。

「俺の家だ、今日はここで休んでくれ」

「へっ?そうなの?可愛い造りの家だね」

「そうなのか?どこもこんなもんだぞ?」

確かに、この街の造りはどれもカントリー風と言うのだろうか?
女の子が喜びそうな外観をしている。

(おそらく中もカントリー風なんだろうな)

私は子供達を降ろしてお店の窓を覗き込む。
もう随分長い間誰も入って無いのか、ホコリがつもっていた。

「その店は今は誰もいないぞ、俺が子供の頃に猫の婆さんが亡くなってから誰も店をやってない」

「そうなんだ」

「俺の家はその隣だ」

(ふーん…)

さりげなく大変素晴らしいことをルゥくんは言っていた。
そう、猫の婆さんと。

(ネコ耳が存在することが分かりました!素晴らしいです!!)

「馬車を裏庭に片付けてくる、中に入っててくれ」

「了解!馬車は疲れるわぁ~」

私がドアノブに手をかけようとすると―

「兄ちゃん!!」

(え…)

バターン!!

思いっきりドアが開き、金の塊が私へと飛びついてきた。
思わず受け止めたが、勢い余って後ろへと尻餅をついてしまう。

目の前には金の髪に金のフサフサの耳がある。
当然の事ながら、その耳や頭をナデナデした。
撫でられて驚いたのか顔をあげた少年と目があった。

(いや~ん、私好みのちょー可愛い男の子!何ですか!!ご褒美ですか!!)

「あっあれ?兄ちゃんじゃない、ごっごめん!」

抱きついたままの少年に私は心奪われていた。

(いや~!!何これ!!何この生き物!!可愛いすぎ!!)

金のフサフサの耳にフサフサの尻尾、クリクリの赤い目。

(ん?赤い目?)

とりあえず私は、いただきますと合掌した。

「いただきま~す!」

「えっ!?」

困惑する少年を抱き締めたまま、耳にスリスリ、尻尾をなでなでもふもふ。

《ああ…見てられない》

空中でシツジが顔に手をあてている。
可哀想にとでも思っているのだろうな。

最初、困惑していた少年の顔はどんどん真っ赤に染まっていく。

(ん~幸せ!)

いつの間にか子供達もモフモフを堪能している。

「うわ~!!さっきのは謝っただろ!何するんだよ!!」

訳もわからず、されるがまま揉みくちゃにされる少年。

「大丈夫、怒ってないよ~ふわふわ~」

「ふわふわ~」

「ワンワン」

「何だよあんたら!」

「可愛いなぁ」

「ギャー!!兄ちゃん助けて~!!」

そんな感じで楽しんでいたのだが、背後に冷たい空気を感じた。

「家の前で何をしているんだお前達は」

「にっ兄ちゃん助けて!この変な姉ちゃんが突然!」

「失敬な!了解の上よ!むしろこの子の方から熱い抱擁を求められたわ!」

「ちっ違う!!俺は兄ちゃんと間違えて」

「はぁ、また飛びついたのか。弟を離してやってくれこのままじゃ人目につく」

「えぇ~」

親子で残念な顔をする私達にルゥくんは深いため息を落とした。

少年はすがるような顔で見上げていた。





まぁ色々あったが、今はルゥくんの家の中に案内されてゆっくりソファーに座っている。

辺りを見渡すと、シンプルながらも可愛い造りの内装をしていた。

少し驚いたのが照明。
天井にぶら下がっている花の形をしたガラスに、電球ならぬ精霊が入っている。
ま~るい光を放ちながら、どちらかと言うと妖精のような可愛いらしいサイズの精霊が、ちょこんと座っていた。

良く見ると釜戸の中にも冷蔵庫?の上にも至るところ小さな精霊がちょこんと座っている。

(何これ可愛い~可愛いいお家に、可愛い精霊付きとか好物なんですけど~!!)

なんて一人で浮かれていたけれどグゥ~と鳴るお腹に現実を思い出した。
それは子供達も同じで、切なそうな顔をしていた。

「ママぁおなかすいたよぉ~ごはんないの?」

「ぽんぽんしゅいたぁ~まんま~」

「うん。ママもお腹空いたわ、ルゥくんご飯どうしよう?またお芋?」

「俺は料理できん、食べに行くか?」

「兄ちゃん宿屋行こう!トトおじさんの料理ウマイんだぜ!」

「それは素敵ね、お魚あるかしら?」

「魚料理がうまいって有名なんだ!!」

さっきの事をすっかり忘れたのか、自慢気に説明してくれるルゥくんの弟くんは楽しそう。




この、港町ポートの道はちゃんと舗装されていた。
石造りで出来ていてとても歩きやすく、この町の水準は高いのかもしれない。
ハンダット村とは違って賑わいがあり、行き交う人も沢山いた。

トトおじさんとやらが経営している宿屋は、海沿いの道にあった。

宿屋と言うだけあってそれなりの大きさの家。
こちらの家もやはり可愛いらしい。
ぞろぞろと中に入って行くと体のゴッツイおじさんが、厨房から包丁を振り回してこちらに手を振っている。

(危ないからやめてー!!)

「おう!ルゥじゃないか!帰ったのか!!」

「ただいま叔父さん、朝には王都に立つよ」

「なんだ?そうなのか?もっとゆっくりしていけよ!ルカが可哀想だろ」

「兄ちゃん!また出掛けるの!?」

「悪いな、急用だ」

ルゥくんの弟くんは、耳をシュンと尻尾もクタリと下がって、泣きそうな顔をしている。

(泣く!?あ~よしよししてあげたい~!っていうかしよう!こんな可愛い子、可愛がらずに何とする!)

不純一杯だが、私がもふも…ヨシヨシしようとする前に、子供達が尻尾に抱きついていた。

「おにいちゃん、だいじょ~ぶ?」

「に~に、い~こい~こ」

「なっ泣いてないぞ!!」

慰めようとしているのだろう。弟くんを見上げながらナデナデしている。

(尻尾を、さすが我が子!なにこの光景ママのお胸はキュンキュンよ!!……私も混ざる~)

そしてまた弟くんの悲鳴が食堂に響きわたるのだった。

宿屋のおじさんは豪快に笑い、ルゥくんは必死になって引き剥がそうとしている。

「おっおい!とりあえず座ったらどうだ?飯食いに来たんだろ?」

「そう!そうなの!!スッゴクお腹空いてたのよ!!何でもいいから食べさせて!!」

「おっおう!!」

やっと私達が席に着くとルゥくんも疲れた顔で椅子に座った。

今さらだが周りを見渡すと、沢山のお客さんが美味しそうな料理を食べなから楽しそうに話をしている。
その殆どがこちらをチラチラ見ながら笑っていた。

さらに今さらだが、内装はやっぱりカントリー風。
カフェなのか?と疑いたくなる可愛さだった。

そんな中にゴッツイおっさん達が楽しそうにお酒をのんでいる変な光景…

「改めて、俺の弟のルカ=フェンネルだ」

ルゥくんは隣に座った弟の頭をぽんぽんする。

「初めましてカリンよ、こっちが娘のアンズとイチゴ。仲良くしてあげてね」

「うん、…よろしく」

「おう!!俺はコイツらの叔父で宿屋やってるトトってもんだ!!よろしくな!!嬢ちゃん達!!」

トトさんはおぼんに沢山の料理を持って来てくれた。
焼き魚やら煮物やら揚げ物やらとにかく沢山。
お腹の空いていた私達は見ただけでお腹がなってしまう。

(やっとまともなご飯食べられる~泣きそう…。美味しいご飯があるって素晴らしい!!)

「いっただきま~す」

「いただきまぁ~す」

「はい、苺ちゃんあ~ん」

「あ~ん。おいち~」

「美味しいねぇ~」

美味しくご飯を頂いていると、トトさんが大きなお皿に生の巨大魚を持ってきた。

(お造り!?)

まさかお刺身が食べられるなんて思っていなかった私は大喜び。
ただ一つ気になる事が、小皿の中にタレが入っている。
日本なら醤油なり塩なりつけて食べるから、コレがそういうものであることも見れば分かる。
ただその液体はオレンジ色をしていた。
とても鮮やかな橙色。
見た目原色の絵の具、柑橘類を搾ってもこうはならない。

私がビックリしているのを見て、トトさんは意地悪そうな顔をしている。

(食えるなら食ってみろと言いたそうだね)

「生は無理か?」

ルゥくんが気を使って言ってきたけど、そんなことに驚いてるんじゃない。

(このオレンジの物体何だろ、カラシとかじゃないのよ?毒々しいのよ?)

覚悟を決めてチョンと指につけて舐めてみる。

(ん?何か知ってる味だなぁ。何だろ?)

もう一度舐めてみると今度はハッキリ分かった。
これはアレだ!醤油に山葵と辛子と生姜が全部混ざった感じに似ている。

(そんなごちゃまぜにはしたことはないけど…)

しかも毒々しい色とは裏腹に味は薄かった。
見た目はともかくこれなら食べられる。

「ぱくっ!あら?白身のお魚の味ね。プリプリで美味しい」

お魚の身は赤い。
けど味は白身、サケみたいな魚なのか、赤いプランクトン食べているのか、分からないけど美味しかった。

「食べれるのか?」

「へっ?うん、美味しいよ」

「珍しいな嬢ちゃん。初めて見るヤツは、大概きもち悪がるぞ?」

「ん~お刺身は普通に食べてたし」

「海街で産まれたのか?」

「う~ん。島国だからお魚食べる習慣あったし、山の中でも店に売ってたからなぁ」

「嬢ちゃん達島国産まれか!そりゃここの料理は口に合うだろ!!がはははは!!!!」

「何で食べるの迷ったんだ?」

「それは、これ!毒々しいでしょ?」

「そうか?§&#ーの実を煮て冷ましたものだ」

(はい!バグ頂きましたー!!)

「ごめん、実物見せて!」

「おう!!」

トトさんが厨房から木の実を持って来てくれた。
ヤシの実のような木の実で綺麗なオレンジ色をしていた。
それを割って見せると中の果肉をスプーンですくって渡してくれた。
何故かルゥくんが焦った顔をしている。

ペロッと舐めてみた。

「辛っ!!ってか痛~い!!」

後から山葵のような辛子のような風味がついてきていたが、それ以上に辛い!
ハバネロを食べたことはないけどそれに近いかもしれない。

「がはははは!!」

トトさんは大笑い!!

(…酷いです)

「コイツを煮てやると辛味が無くなって本来の味がにじみ出てくるって寸法さ!!」

「…凄いデスネ」

まだ痛いです。

「悪い…大丈夫か?」

ルゥくんが済まなさそうに飲み物を渡してくれる。

「ルゥくんが悪いんじゃないんだし。これくらいのイタズラ誰でもするわよ?面白い叔父さんだね」

「嬢ちゃんは分かってるじゃないか!ルゥは何処か頭が固いとこがあってよ~」

「叔父さん…」

私はそっとあの辛い木の実に視線を移した。
市場でも今も、物の名前が分からなかった。
恐らくこちらの言葉なんだろうけど、聞いても発音出来そうになかった。

(やっぱり物の名前が分からないって面倒よね…うん!決めた!!分かんないなら付けちゃお~)

「よし!!聖母の名のもとにこの実は、醤油の実と名付けよう!!」

その場の乗りと冗談でそんな事を言った。

「なんだ!!それは!!」

「聖母!?」

それぞれが違うとこでツッコミ入りました。
ルゥくんは変な名前を付けるなと騒ぐし、トトさんやルカくんは聖母ってなんだ!!と騒いでる。
私はそんなこと気にせずお刺身を頬張った。
                                                               
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