ざまあ短編集

レオナール D

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婚約破棄された悪役令嬢は即死しました。

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「エレノワール・ガーラント! この場を借りて貴様を断罪する!」

「…………」

 ルーザス王国。王都にある貴族学校にて。
 エレノワール・ガーラントは眉をひそめて振り返った。

 学園の卒業パーティーの真っ最中。
 声をかけてきたのは婚約者であるクズリック・ルーザスだった。
 王太子であるクズリックの周囲には側近の部下が並んでおり、一緒になって睨みつけてくる。
 さらに、一人の少女がクズリックの腕に抱きついていた。

「あらあら……皆様おそろいで。おまけに『真実の愛』の恋人までお連れして、私に何の用かしら?」

 エレノワールが嫌味を込めて言うと、クズリックに抱きついた少女がビクリと怯えたように震えた。
 小動物のような姿は男の庇護欲を誘うもので、クズリックが夢中になっているのが良くわかる愛らしさである。

 彼女の名前はミーア・サルティス。
 サルティス男爵家の令嬢であり、『真実の愛』の恋人だった。
 ミーアは一年ほど前からクズリックと親しくするようになり、学園の敷地内で人目もはばからずに腕を組んだりしている。
 婚約者がいるはずの王太子と下級貴族の令嬢との熱愛に呆れるものも多いが、身分を越えた愛を応援しているものも多かった。

「婚約者のエスコートをすっぽかして、そちらの令嬢とは随分と親しげですこと。まったくもって嘆かわしいですわ」

「エレノワール! ミーアを睨みつけるんじゃない! 彼女が怖がっているだろうが!」

 クズリックが噛みつくように叫ぶ。

「心配いらない。あの悪役令嬢を今から断罪してやる! ミーアのことは俺が守ってあげるからな!」

「クズリック様……嬉しいです……」

「ミーア……」

 クズリックとミーアが見つめあい、甘いオーラが漂う。
 一部の生徒から「キャアッ!」と黄色い歓声が上がるが、エレノワールからしてみればくだらない茶番である。

「話を戻しますが……先ほど、殿下は私を断罪するとおっしゃいましたよね? それはいったい、如何なる罪を裁くというのでしょう」

「チッ……」

 恋人との時間を邪魔されたクズリックが舌打ちをして背後の側近に目配せをする。
 メガネをかけたクセ毛の青年……宰相の息子である人物が前に進み出てきた。

「ここからは私が説明させていただきます。エレノワール嬢、あなたがいくつかの犯罪行為に手を染めたことについて裏が取れています」

「…………」

「ミーアの教科書やアクセサリーを盗んだ窃盗行為。彼女の制服を破いたことへの器物破損。暴言を浴びせて王太子殿下に近づくなと恫喝した脅迫。バケツの水をかけたり、ボールをぶつけたりした暴行についても」

 宰相の息子は言葉を止めて、キラリとメガネを光らせる。

「そして……ミーアに暴漢を送りつけて襲わせようとした殺人未遂! いかに公爵令嬢で王太子の婚約者であるとはいえ、これだけの罪状を積み重ねて無事に済むとは思わないことです!」

「貴様の犯罪行為によってミーアがどれだけ傷ついたと思っている!? 仮にも公爵家の令嬢として恥ずかしくはないのか!?」

 宰相の息子とクズリックがそろって怒声を発すると、周りにいる生徒からもざわめきが生じる。

「……恐れながら、私はやってはおりませんわ。無罪です」

 エレノワールは平静を装いながら、静かに反論する。

「公爵令嬢である私がそのようなつまらない犯罪をするものですか。ミーア嬢の勘違いでしょう」

「酷いです、エレノワールさん! 私はただ謝って欲しかっただけなのに……」

「エレノワール! いい加減にしろ!」

 ミーアが両手で顔を覆って泣き出した。
 クズリックが我慢ならないとばかりに吠えて、とうとう、その言葉を口にしてしまう。

「もういい……貴様とは婚約破棄だ!」

「…………!」

「貴様のような毒婦を王妃にするわけにはいかない! 貴様との婚約を破棄して、国外追放を命じる! 二度とミーアの前に姿を現すことは許さん!」

「なっ……!」

 あまりのことに衝撃を受けて、エレノワールがクズリックに詰め寄った。

「証拠もなしに私を犯罪者にするだなんて横暴ですわ! 国王陛下が決めた婚姻を勝手に翻すだなんて……撤回してください!」

「ええい、触るな!」

「あっ……!」

 すがり付いてくるエレノワールをクズリックが突き飛ばす。エレノワールが勢いよく倒れて頭を打つ。

「お前の弁明に聞く価値などない! 性根の腐った悪役令嬢が!」

「…………」

「本来であれば処刑台に送ってやるところだが、命を奪うことなく国外追放で許してやるのは温情と思え!」

「…………」

「さあ、さっさと消えうせろ! これ以上、僕の視界を汚すんじゃない!」

「早くしろ! 何をグズグズして…………へ?」

 クズリックがなおも罵倒を続けるものの、エレノワールからいっこうに反応が返ってこない。
 さすがに不審に思ったクズリックが困惑していると……一人の男性が進み出てきた。

「失礼を。ガーラント公爵令嬢?」

 男は卒業式の来賓として招かれていた宮廷医師だった。
 医師は倒れているエレノワールの呼吸や脈を確認し……やがて沈痛な表情で口を開く。

「……ガーラント公爵令嬢は亡くなられました」

「は……?」

 医師の言葉を受けて、クズリックがしばし放心する。
 やがて医師の言葉の意味を理解したのか……焦ったように叫ぶ。

「ば、馬鹿な! 僕はほんの少し突き飛ばしただけだ! あんなことで死ぬわけがないだろうが!?」

「……死因は脳挫傷と思われます。打ち所が悪かったとしか言いようがありません」

「そ、そんな……」

 クズリックが顔を青ざめさせる。
 確かに、床に倒れているエレノワールの肌からは生気が抜けて青白いものとなっていた。

「こ、殺すつもりでは……そうだ、これは不幸な事故で……わ、僕は悪くない。僕のせいでは……」

「キャアアアアアアアアアッ!」

 エレノワールが本当に死んでいるのだと知り、周囲で様子を見ていた女子生徒の一人が叫び声をあげる。

「し、死んだ……ガーラント公爵令嬢が……!」

「王太子殿下がやったんだ、俺は見ていたぞ!」

「お、俺は関係ないからな! 止める暇がなかったんだ!」

 卒業式の会場はパニックに包まれて、巻き込まれるのを恐れた生徒が会場から逃げ出す。

『王太子がガーラント公爵令嬢を殺害した』

 この知らせはすぐに王宮に届けられることになり、クズリックの父親である国王の耳にも入ったのだった。

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