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凶刃(2)

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「きゃあっ!」

 プラチナ色の長い髪が肩のあたりで切断される。
 生まれて初めての衝撃に、マリアンヌは足をもつれさせて地面を転がった。

「くっ・・・外したか」

 ガイウスが苦々しい声でつぶやいた。
 相手が王族を狙う国賊であれば外すことのない剣撃も、罪のない少女が相手であれば鈍ってしまう。
 ガイウスは痛ましそうに目を細めながら、地面に転がる少女を見下ろす。

「・・・手元が狂ってしまいます。おとなしくしていただきたい」

「で、出来るはずがないでしょう!?」

 自分の命がかかっているマリアンヌも必死に声を張った。

「こんなことをして、貴方達の誇りは傷つかないのですか!? 名誉ある王国の近衛騎士ともあろう方々がよってたかって丸腰の娘に剣を向けるなど恥を知りなさい!」

「なんだとっ! 俺達を侮辱するのか!」

「よい・・・言わせておけ!」

 若い騎士がいきり立ってマリアンヌに詰め寄ろうとするが、ガイウスが手で制する。

「マリアンヌ様。貴女のおっしゃりようはごもっともでございます。しかし、我々は王家に忠誠を誓う者。次期国王である王太子殿下の命とあらば、この身の名誉など塵芥ちりあくたと同じ。喜んで汚れ仕事を引き受けましょう」

「くっ・・・」

 説得は不可能。それを悟ったマリアンヌは、痛む足に鞭を打って逃げ出そうとした。
 しかし、周囲は騎士に囲まれており、唯一騎士がいないのは背後に広がる崖だけだった。

「もう諦めてください。これも王国の未来のためなのです」

「何が国の未来ですか! これはレイフェルト様の個人的な暴走でしょう!? 主君の過ちを諫めることもできない者達が、偉そうに忠臣を気取らないでください!」

 マリアンヌの言葉を受けて、ガイウスは痛い所を突かれたとばかりにグニャリと顔を歪める。

 騎士達の所業は明らかに国王の命を受けてのものではない。
 マリアンヌが姦通をしたと信じるレイフェルトが、自分の憎しみとメアリーへの愛情から引き起こした暴走である。
 本来であれば騎士達は王へと報告をして、レイフェルトの暴走を止めなければならないはずだ。

「貴方達は次期国王であるレイフェルト様に取り入りたいだけなのでしょう!? だから忠義という便利な言葉で、自分達の悪行を誤魔化しているだけではないですか!?」

「言わせておけば・・・何という無礼を!」

 騎士達が顔を真っ赤にして声を荒げた。

「追放される聖女が偉そうなことを言うな!」

「そうだ! 王家にも神殿にも見捨てられた分際で!」

「神に見放された汚れた聖女にそんなこと言われる筋合いなどない! 我らは誇りある近衛騎士ぞ!」

 騎士達はマリアンヌを囲んだまま、口々に汚い言葉で罵った。

「・・・・・・」

 唯一、先頭に立つガイウスだけはマリアンヌの言葉を重く受け止めていて、沈痛な表情で黙り込んでいる。
 やがて、他の騎士がマリアンヌにつかみかかろうとしたところで、ようやくガイウスが言葉を発した。

「それでも・・・我らは王太子殿下の命令に背くわけにはいきません」

 迷いのあった先ほどまでとは違い、その瞳には決意の炎が浮かんでいた。

「ご無礼を・・・!」

「あっ・・・!」

 ガイウスはたったの一歩でマリアンヌの懐へと飛び込み、白刃を振った。
 不可避の死を確信して、マリアンヌはかつてない恐怖と絶望に襲われる。

「いやっ!」

 剣が細い身体を捉える寸前、マリアンヌは自分を庇うように右手をかざしていた。

「うっ・・・馬鹿なっ!?」

 マリアンヌの右手から青白い火花が弾けて、自分の命を奪おうとする騎士の身体を吹き飛ばす。
 それはこの数ヵ月間、どれだけ使いたくても使うことができなかった、『雷』の魔法であった。
 しかし・・・

「あ・・・ああっ・・・!」

 二度と使うことができないと思っていた魔法を撃ったことと引き換えに、マリアンヌ自身も衝撃で後方に飛ばされてしまった。

 哀れな侯爵令嬢の細い身体は蹴られたボールのように大きく跳ねて、奈落のごとき崖下へと消えていった。
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