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第一章 日下部さん家の四姉妹
番外・潰えぬ悪の芽
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街の郊外にある、人気のない雑居ビルの地下。
厳重にカギがかけられて関係者以外は誰も入れなくした部屋の奥で……『ボク』はいた。
目を覚ますと、ボクは水の中にいた。
棺のような長方形の水槽は緑色の水で満たされており、ボクの身体は水の底に沈められていたのである。
「クウ…………プハアッ!」
必死に水から這い出し、大きく息を吸って酸素を肺に取り込んだ。
ゼエゼエと荒い呼吸を繰り返しながら、自分の身体を確認する。
水に沈んでいたボクの身体は一糸纏わぬ全裸だった。
肉体に損傷はない。怪我はなく、痛みだってなかった。
先ほど、あの忌々しい男が放った閃光に撃ち抜かれた記憶はあるものの、ダメージは残っていない。
「生きている……ボクは生き返ったんだな……?」
「厳密にはちょっと違いますけどね。同志・アダム」
「ッ……!」
名前を呼ばれて弾かれたように顔を上げる。
そこには20代ほどの白衣を着たメガネの男が、ボクを見下ろしていた。
男の名前はコードネーム・ヨハネ。本当の名前は『キングダム』に所属した際に捨てている。
この隠れ家とそこに置いていた『スペア』の肉体を管理をしており、研究と研鑽を得意としている超能力者だった。
「同志・ヨハネ……」
「厳密には復活。あるいは記憶の転写に成功したと言うべきでしょう。貴方の本体はすでに死んでおり、スペアの肉体に記憶情報を引き継いだだけですから」
「…………」
同志・ヨハネの説明に、ボク――コードネーム『アダム』こと天童時彦は表情を歪めた。
彼が説明した通り、この肉体はボクにとっての本体ではない。もしもボクが何者かに殺害された時に備えて、『創造』の超能力を使って作っておいたスペアである。
使うつもりはなかった。本当に万が一、億が一のための処置だったのだが……まさかこれを使わされるとは思わなかった。
「記憶のバックアップはちゃんと出てきているかね? 死の寸前の記憶がそちらの肉体に飛ぶように調整していたはずだが……」
「ああ、問題はない。ボクは間違いなく『ボク』である。そして……あの忌々しい男の名と顔も覚えている……!」
ボクは激しい憎悪に顔を歪めて、さっきまで自分が入っていた水槽を殴りつける。
「よくもボクの花嫁に手を出してくれたな! 万死に……いや、百億回殺してもまだ足りない! 必ずあの男を絶望の底に叩き落としてやる!」
ボクは『キングダム』を名乗る超能力者の組織の総帥だった。
組織の目的は既存の人類を殲滅して、サイキッカーという進化した『超人』のための世界を築き上げること。
そのために仲間を増やしながら暗躍していたのだが……ボクらの前に立ちふさがったのは、同じくサイキッカーの集まりである『ユニオン』だった。
旧人類の猿共ならまだしも、どうして同胞であるはずのサイキッカーから妨害を受けなくてはいけないのだろう?
理解しがたい彼らの行動原理に頭を悩ませていたボクであったが、『ユニオン』との戦いの中で思わぬ宝物を見つけた。
彼女の名前は日下部風夏。ボクが持っている『創造』の超能力と対になる『破壊』の力を持った少女である。
『キングダム』は常々、人類の殲滅のために動いていたが、具体的なプランは見出せていなかった。
超能力を使って1匹1匹旧人類を殺していくのには無理がある。奴らは無駄に数だけは多く、あちこちに逃げては隠れてしまうから。
核爆弾などの近代兵器を盗み出し、世界中に降りそそぐというプランも考えたが……それでは使用後に世界が放射能で汚染されてしまう。ボクらのものになるであろう世界を汚すなど、とても受け入れられるものではない。
そんな中で現れた希望の光。世界を浄化する『メギドの火』――それが愛しいイヴが持っている『破壊』の力だった。
彼女の能力は森羅万象、万物を跡形もなく消すことができるのだ。「壊す」でも「燃やす」でもなく、文字通りに消滅させてしまう。
おまけに、自分が消し去る存在を詳細に選択することができる。例えば、麦と米を混ぜた中から、麦だけを消し去るなど。
日下部風夏の能力があれば、無数の人類の中から旧人類だけを消し去ることができる。
美しい世界を、自然を破壊することなく余分な『汚れ』だけを取り除くことができるのだ。
何という素晴らしい力だろう!
旧世界の破壊者である彼女は、新世界の創造主であるアダムの花嫁にふさわしい!
そう思ってイヴ――日下部風夏を捕らえようとした私であったが……ここでもまた、『ユニオン』の裏切り者共が邪魔に入ってきたのだ。
おまけに、日下部風夏の確保を邪魔しようとした女を殺したところ、肝心の彼女から憎しみの感情を向けられるようになってしまった。
愛に障害は付き物であるとはいえ……愛し合う2人が引き裂かれなければならないとは、何という理不尽なことだろう!
まあ、彼女もいずれはボクの大義を理解してくれるはず。
愛で彼女の頑なな心を溶かすためにも、一刻も早く彼女を手に入れなくてはならない。
そんな折、仲間と潜伏していた隠れ家の1つに『ユニオン』が襲撃を仕掛けてきた。
襲撃者の中には日下部風夏もいて、ようやくチャンスが周って来たかと喝采の声を上げたものである。
だが……あと少しで彼女を手中に収められるというところで、「あの男」が邪魔に入ってきたのだ!
忌々しい……どんな能力かもわからぬその男は、ボクの切り札である『キング・アーサー』を討ち滅ぼし、おまけにボクの本体を葬ったのだ。
「次こそは必ずイヴを手に入れてみせる! どんな手段を使ってでも……!」
「そのことだが……以前から研究を進めていた『例の力』について解析が終わった」
「何だと……!?」
同志・ヨハネの言葉に、ボクは大きく目を見開いた。
『ユニオン』の襲撃によって多くの同志を失い、「あの男」によって1度殺されたタイミングで、ボクの野望を叶えるための研究が実ろうとしている。
ボクにはそれが運命のように感じられ、歓喜に唇を吊り上げた。
「そうか……「あの男」に邪魔されたことも、全てが1つの運命だったと言うのか! この試練を乗り越え、我らはさらなる高みへと昇る! 全ては世界の浄化のため、この世を選ばれし者達の手に取り戻すため!」
「然り。全ては我らが悲願の成就のため。同志・アダムに従おう」
同志・ヨハネが膝をつき、ボクに深々と頭を下げてバスローブを差し出してきた。
ボクは受け取ったバスローブを肩に羽織りながら、これから手に入れるであろう『大いなる力』に思いを馳せたのであった。
厳重にカギがかけられて関係者以外は誰も入れなくした部屋の奥で……『ボク』はいた。
目を覚ますと、ボクは水の中にいた。
棺のような長方形の水槽は緑色の水で満たされており、ボクの身体は水の底に沈められていたのである。
「クウ…………プハアッ!」
必死に水から這い出し、大きく息を吸って酸素を肺に取り込んだ。
ゼエゼエと荒い呼吸を繰り返しながら、自分の身体を確認する。
水に沈んでいたボクの身体は一糸纏わぬ全裸だった。
肉体に損傷はない。怪我はなく、痛みだってなかった。
先ほど、あの忌々しい男が放った閃光に撃ち抜かれた記憶はあるものの、ダメージは残っていない。
「生きている……ボクは生き返ったんだな……?」
「厳密にはちょっと違いますけどね。同志・アダム」
「ッ……!」
名前を呼ばれて弾かれたように顔を上げる。
そこには20代ほどの白衣を着たメガネの男が、ボクを見下ろしていた。
男の名前はコードネーム・ヨハネ。本当の名前は『キングダム』に所属した際に捨てている。
この隠れ家とそこに置いていた『スペア』の肉体を管理をしており、研究と研鑽を得意としている超能力者だった。
「同志・ヨハネ……」
「厳密には復活。あるいは記憶の転写に成功したと言うべきでしょう。貴方の本体はすでに死んでおり、スペアの肉体に記憶情報を引き継いだだけですから」
「…………」
同志・ヨハネの説明に、ボク――コードネーム『アダム』こと天童時彦は表情を歪めた。
彼が説明した通り、この肉体はボクにとっての本体ではない。もしもボクが何者かに殺害された時に備えて、『創造』の超能力を使って作っておいたスペアである。
使うつもりはなかった。本当に万が一、億が一のための処置だったのだが……まさかこれを使わされるとは思わなかった。
「記憶のバックアップはちゃんと出てきているかね? 死の寸前の記憶がそちらの肉体に飛ぶように調整していたはずだが……」
「ああ、問題はない。ボクは間違いなく『ボク』である。そして……あの忌々しい男の名と顔も覚えている……!」
ボクは激しい憎悪に顔を歪めて、さっきまで自分が入っていた水槽を殴りつける。
「よくもボクの花嫁に手を出してくれたな! 万死に……いや、百億回殺してもまだ足りない! 必ずあの男を絶望の底に叩き落としてやる!」
ボクは『キングダム』を名乗る超能力者の組織の総帥だった。
組織の目的は既存の人類を殲滅して、サイキッカーという進化した『超人』のための世界を築き上げること。
そのために仲間を増やしながら暗躍していたのだが……ボクらの前に立ちふさがったのは、同じくサイキッカーの集まりである『ユニオン』だった。
旧人類の猿共ならまだしも、どうして同胞であるはずのサイキッカーから妨害を受けなくてはいけないのだろう?
理解しがたい彼らの行動原理に頭を悩ませていたボクであったが、『ユニオン』との戦いの中で思わぬ宝物を見つけた。
彼女の名前は日下部風夏。ボクが持っている『創造』の超能力と対になる『破壊』の力を持った少女である。
『キングダム』は常々、人類の殲滅のために動いていたが、具体的なプランは見出せていなかった。
超能力を使って1匹1匹旧人類を殺していくのには無理がある。奴らは無駄に数だけは多く、あちこちに逃げては隠れてしまうから。
核爆弾などの近代兵器を盗み出し、世界中に降りそそぐというプランも考えたが……それでは使用後に世界が放射能で汚染されてしまう。ボクらのものになるであろう世界を汚すなど、とても受け入れられるものではない。
そんな中で現れた希望の光。世界を浄化する『メギドの火』――それが愛しいイヴが持っている『破壊』の力だった。
彼女の能力は森羅万象、万物を跡形もなく消すことができるのだ。「壊す」でも「燃やす」でもなく、文字通りに消滅させてしまう。
おまけに、自分が消し去る存在を詳細に選択することができる。例えば、麦と米を混ぜた中から、麦だけを消し去るなど。
日下部風夏の能力があれば、無数の人類の中から旧人類だけを消し去ることができる。
美しい世界を、自然を破壊することなく余分な『汚れ』だけを取り除くことができるのだ。
何という素晴らしい力だろう!
旧世界の破壊者である彼女は、新世界の創造主であるアダムの花嫁にふさわしい!
そう思ってイヴ――日下部風夏を捕らえようとした私であったが……ここでもまた、『ユニオン』の裏切り者共が邪魔に入ってきたのだ。
おまけに、日下部風夏の確保を邪魔しようとした女を殺したところ、肝心の彼女から憎しみの感情を向けられるようになってしまった。
愛に障害は付き物であるとはいえ……愛し合う2人が引き裂かれなければならないとは、何という理不尽なことだろう!
まあ、彼女もいずれはボクの大義を理解してくれるはず。
愛で彼女の頑なな心を溶かすためにも、一刻も早く彼女を手に入れなくてはならない。
そんな折、仲間と潜伏していた隠れ家の1つに『ユニオン』が襲撃を仕掛けてきた。
襲撃者の中には日下部風夏もいて、ようやくチャンスが周って来たかと喝采の声を上げたものである。
だが……あと少しで彼女を手中に収められるというところで、「あの男」が邪魔に入ってきたのだ!
忌々しい……どんな能力かもわからぬその男は、ボクの切り札である『キング・アーサー』を討ち滅ぼし、おまけにボクの本体を葬ったのだ。
「次こそは必ずイヴを手に入れてみせる! どんな手段を使ってでも……!」
「そのことだが……以前から研究を進めていた『例の力』について解析が終わった」
「何だと……!?」
同志・ヨハネの言葉に、ボクは大きく目を見開いた。
『ユニオン』の襲撃によって多くの同志を失い、「あの男」によって1度殺されたタイミングで、ボクの野望を叶えるための研究が実ろうとしている。
ボクにはそれが運命のように感じられ、歓喜に唇を吊り上げた。
「そうか……「あの男」に邪魔されたことも、全てが1つの運命だったと言うのか! この試練を乗り越え、我らはさらなる高みへと昇る! 全ては世界の浄化のため、この世を選ばれし者達の手に取り戻すため!」
「然り。全ては我らが悲願の成就のため。同志・アダムに従おう」
同志・ヨハネが膝をつき、ボクに深々と頭を下げてバスローブを差し出してきた。
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