神撃のアイシス 悪役令嬢の娘ですが冒険者になりました

レオナール D

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幕間 落日の帝国 ②

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 かつて大陸中央の覇者として名を馳せていたエイルーン帝国であったが、その皇城には暗く沈んだ空気が漂っている。
 そんな空気に包まれるようになったのはルーデリヒが即位してからだ。
 名君として慕われていた先帝の死と同時に即位したルーデリヒであったが、かつては人々から称賛を受けていた時代もあった。

 先帝を暗殺した公爵令嬢を断罪して、男爵令嬢の恋人と真実の愛によって結ばれて……身分の垣根を超えた愛を民衆は祝福をしていたはずだった。
 しかし、そんな浮かれた空気もルーデリヒの真実の恋の相手……エリスが死んだことにより、蝋燭の火が吹き消されるようにして無くなっている。
 エリスが産んだ子供はルーデリヒの子供ではなく、信頼していた側近の子供だったから。おまけに、調査によりエリスが不特定多数の男性と関係を持っていたことがわかった。

 怒り狂った皇帝はエリスと関係を持った男達をことごとく殺害して、その家族、不貞に協力していたメイドや執事まで吊るしてしまった。
 多くの血を流した宮殿は今も『大粛清』の名残からか暗い空気に包まれており、人々はルーデリヒの怒りを買わないように恐々と怯えて過ごしていた。

「陛下! 皇帝陛下!」

 そんな静まり返った宮廷の中に響く声があった。
 必死な声を上げて走ってくるのは貴族らしき服を着た若い男性である。

「…………」

 宮廷の廊下を歩いていた皇帝が振り返ると、その若者は床に両手をついて頭を擦りつけた。

「どうか、どうか我が領地を救ってくださいませ!」

「……何事だ。騒がしいぞ」

「私が治めている領地がモンスターの襲撃を受けています! 冒険者や自警団だけでは対処が間に合わず、このままでは領民が残らずモンスターのエサになってしまいます! 何卒、何卒、騎士団を派遣してくださいませ!」

 その訴えを聞いて、ルーデリヒは顔を顰めた。
 何度目かになる訴えである。耳にタコができるほど同じ要求を聞かされてきた。

「……残念だが、騎士団を出撃することはできん。騎士団は慢性的な人手不足になっているからな」

「それは……」

 喉まで出かかった言葉を貴族の男性は飲み込んだ。
 騎士団が人手不足になっている原因はルーデリヒによる大粛清だった。
 エリスと関係を持っていた男の中に騎士団長がいて、彼と一族の人間がこぞって処刑されてしまった。
 騎士団長の家系は武門の名家であり、騎士団の幹部にも多くの人材を投入している。
 その一族が残らず死に絶えてしまったことで、騎士団は頭を失ったがごとく混乱に陥っていた。
 大粛清から年月が経ち、ようやく後進が育って混乱が収まってきたところであり、地方に派遣するほどの余裕はなかった。

「領内のモンスター退治は貴族の義務だ。自分でどうにかすることだな」

「そんな……!」

 貴族の男性が悲痛な顔をした。
 皇帝は踵を返して、立ち去ろうとしている。
 このままでは訴えは認められず、男性の領地は滅亡することだろう。

「元はといえば、皇帝陛下のせいではありませんか!」

「……何だと?」

 聞き流せない批判にルーデリヒが足を止めた。
 貴族の男性は心臓を握られるような気持ちになりながら、なおも言い募る。

「我が国では十六年前から冒険者が減っています。優秀な冒険者は他国に移住してしまっており、モンスターによる被害は増える一方。冒険者ギルドそのものがエイルーン帝国から撤退するという話まで出ているほどです」

「……何が言いたい」

「十六年前……殿下がアリーシャ様を追放してからです」

「ッ……!」

 ルーデリヒが息を呑む。
 この国がおかしくなったのはアリーシャ・レイベルンがいなくなってから……それは誰しも思っていたが、ルーデリヒに面と向かって口にした者はいなかった。

「冒険者がいなくなったこととアリーシャに何の関係がある。言いがかりをつける気か?」

「忘れたとは言わせません……アリーシャ様は冒険者を育成して、支援するための政策を推し進めていました。しかし、アリーシャ様がいなくなって、陛下が政策そのものを撤廃してしまった」

「…………!」

 アリーシャは皇太子の婚約者としていくつもの功績を挙げていたのだが、それらは全て灰燼に帰している。
 まるでアリーシャの面影を消し去らなければ気が済まないとばかりに、ルーデリヒは彼女の功績を無かったことにしたのだ。
 アリーシャが建造した孤児院を潰して。
 法や政策を打ち消して。
 取り立てた家臣を追い出して。
 八つ当たりのような行動は少なくない混乱を生じ、多くの者達がルーデリヒから離れていった。

 冒険者達も同じである。
 アリーシャが冒険者を育成するための学校を建てて若い人材を育成するためのシステムを作ったというのに、それらも残らず消されてしまった。
 結果、冒険者がエイルーン帝国から離れていってしまい、モンスターの増加を引き起こしているのだ。

「……皇帝夫妻を殺した犯罪者だ。仕方があるまい」

「……まだそんなことを言っておられるのですか? もはや、真実は誰もが知っているというのに」

「何だと?」

「誰も口に出さないだけで、アリーシャ様がそのようなことをされるとは思っていません。良いですか? 口にしないだけで誰しも真相を知っているのです」

「ッ……!」

 ルーデリヒは息を呑むが……実のところ、それは以前から感じていたことである。
 宰相や大臣、文官達がルーデリヒを見つめる目は尊敬とは遠く、責められているような気がしていた。
 罪人でも見るような瞳をルーデリヒはずっと気がつかないふりをしてきたのだ。

「もしも陛下がわずかでも自分がしたことを悔いているというのであれば、どうか責任を取ってください」

「責任、だと……」

「陛下御自身が出陣してモンスターを倒してください。貴方が神より神器を授かった始祖帝の子孫であるというのなら、武勇をもって自らの正義を証明してください!」

「…………!」

 エイルーン帝国の初代皇帝……始祖帝は神から神器を授かった英雄だと伝えられている。
 かつて、始祖帝は神器の力でこの地に跋扈していたモンスターを滅して、いくつもの国々をまとめ上げて広大な帝国を築いた。
 神器は皇家に代々継承されているといわれている。その伝説が事実であるのならば、モンスターの大群など鎧袖一触に駆逐することができるだろう。

「貴様……誰に物を言っている!? たかが伯爵ごときが皇帝に出陣しろと命じているのか!?」

「モンスターを討ち滅ぼして国を守ること……それは始祖帝が神より神器を与えられた理由ではないですか。今まさにモンスターによって国が脅かされているのに、城に籠って何もせず、それでは何のための皇帝かわかりませんよ?」

「何という不敬な……皇帝である私に説教とは身の程をわきまえよ!」

 目の前の男を殺してやりたい、処刑してやりたい衝動に襲われるが……跪いた男の曇りなき瞳を見てしまい、ルーデリヒは身体が芯まで凍りつくような感覚に襲われる。
 明鏡止水のごとく揺らぐことのない眼差し。
 自分が守るべき者のために命すら懸けようとしているその目は、かつてルーデリヒが捨てたものだった。
 親に毒を飲ませ、婚約者を切り捨て、最愛の恋人を縊り殺して。
 自分は間違っていないと言い聞かせながら罪から目を逸らすうちに、濁ってしまった己の瞳とは正反対の真っすぐな眼差し。

 その射貫くような視線はルーデリヒが犯してきた罪を見通すようである。
 親殺しの罪も。無実の婚約者を犯して捨てた罪も。
 そうまでして愛した女を、自分に仕えていた側近を殺した罪も。
 あらゆる罪を見透かして、裁こうとしているように見えたのである。

「陛下!」

「…………」

 ルーデリヒは目の前の男を殺すことすらできずにマントを翻した。
 ずっと罪から逃げ続けていたように……自分を責めてくる男と向き合うことからも逃げ出して、足早に廊下から立ち去ったのである。
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