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第19話
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駐車場から飛び出したシルバーのワゴン車の二台後ろに、俊平の運転する黒色のSUVがある。運転手は獲物を逃さぬよう集中する。
鏡花は耳に装着していたイヤホンマイクから指を離した。
「社長に許可をいただきました。警察にも連絡済みです」
「了解。じゃあ、愚かな鼠に穴倉の在り処を案内してもらおうか」
冗談めかしているが、俊平の目は欠片も笑っていない。獲物を仕留めるまで引き返す気はないといった気概が感じられる。
敵は、昼時の混雑する幹線道路を直進する。
後部座席の慧も追跡車両を目で追った。
「気づかれてるんじゃないか?」
「よほどの無能じゃなければバレてるだろうね。上倉が心配するなら、それが答えさ」
「追うのか?」
「追うさ。罠だとしても、どこかで車を停めるだろうからね」
「大した自信だな」
「反対しないあたり、君も似たようなものじゃないか」
口元だけを緩める俊平。慧は続けず、窓の外に目をやった。
無関係の車両を挟む状態での追跡。
しばらくして、敵は片側二車線の大通りから左折して脇道に入った。俊平も指示器を出して後を追う。慧もフロントガラスに視線を戻した。
車のナビに表示される地図では、太い線の隣に薄い色の線が寄り添うようにして伸びている。街では建物を示す大小の四角形が地図を埋め尽くしていたが、現在は小さな建物がぽつぽつと点在するのみ。
実際に、入った脇道は視界の片側を木々で支配していた。人が住むような環境ではない。
「いかにも、といった場所だな」
「同感だね。穴倉もきっと、僕たちの想像通りの建造物なんだろうさ」
「廃業したが取り壊されずに放置されてる工場跡地、という具合か」
「敷地がフェンスで囲まれていて、入口に立入禁止のテープが三枚も貼られていれば上出来だね」
そんな想像通りのものがあるとは思えないが、実在するならアジトとしては申し分ない。
細い道を、前方のワゴン車が時折見える程度の間隔をあけて走行する。
いつの間にか、二メートルほどの高さの金網が幹線道路と脇道を隔てていた。反対側は相変わらず、自然豊かな木々が林立する。
ひたすら直進していた敵車両が、前方の坂を上りきった先で左に曲がった。
視認した鏡花はすぐにナビに目を落とす。彼女は首を傾げた。
「おかしいですね。曲がった先には道がありません。故障でしょうか?」
「そうじゃないさ。地図上にも表示されない道はあるからね」
存在を認知されていないか、表示させるほどではない場所。敵の目的地がどちらかの理由に該当するのは間違いない。
どちらにせよ、盗賊組織が根城とするに相応しい条件を満たしている。
敵が左折した交差点に到達した。俊平はブレーキを踏む。
車内の全員が、敵の消えた地図上にない道を注視する。
草が刈り取られているだけの土の道があった。樹木の葉が天井を覆っている。一本道のようだが、奥は木々が阻み全貌を掴めない。
ナビを見ると、道の先には何も表示がない。
つまり、何かを隠せるだけの空間があるということだ。
「どう思う、上倉」
真面目な眼差しを後部座席に向けた俊平に、慧は一拍置いて答えた。
「歩いていくべきだな。その辺に車を停めて」
冷静な返答に、俊平は満足そうに頷いた。
◆
敵を見失った交差点から後退して、車は幹線道路を隔てるフェンスに寄せて停車した。幹線道路では往来する車両が絶えないが、ひとつ隣の脇道は閑散としている。まるで別の世界のようだ。
「感心するね。これほどまで人目につかない場所はそうそうない。居城としては完璧に近いだろう」
「ろくでもないことにやたらと利く嗅覚があるんだ。あの男は」
「実に便利な鼻だ。羨望さえ覚えるよ。もっとも、悪に堕ちてまで欲しいとは思わないけどね」
俊平は全身の筋肉を伸ばし、運転席に深くもたれた。
「僕の仕事はこれで終わりさ。ここで君たちの帰りを待つとしよう」
ジッとナビを凝視する鏡花を横目に、慧は座席の下に置いていた二本の直刀を手に取る。
後部座席のドアを開け、片足を道路に出した。
「上倉、マイクをつけておきなよ」
「忘れていた」
脱力している俊平が注意した。
慧はジャケットの胸ポケットに手を伸ばす。イヤホンマイクを取り出し、ぎこちない動作で右耳に装着した。
「この習慣も、身につくまでは時間がかかるかもしれん」
「時間ならいくらでもあるさ。ゆっくり慣れていけばいい」
「暢気なものだ。こっちは、これから敵の罠にかかりにいくというのに」
「いざとなったら僕が手を貸すさ。それなら安心だろう?」
「お前がどれだけ頼りになるのか知らんが、遠慮なく救援要請を出せるよう心に留めておく」
「それでいい。僕らは仲間だ。頼って頼られて、それが在るべき姿ってやつさ」
――大層な台詞だ。
ルームミラーに気の抜けた運転手の顔が反射する。慧は心のなかで感想を呟いた。
車を降りてドアを閉める。
イヤホンから誰かの接続を示すノイズが聞こえた。鏡花も装着したのかと推察したが、届いたのは俊平の声だ。
《上倉、今日の君の任務は何かな?》
彼はだらけたまま、慧を見向きもせずに問いかける。
慧は直刀を腰に差しながら答えた。
「今さらなんだ。敵地の偵察だろ?」
「それは僕ら全員の任務だろう。そうではなく、僕は君が君に与えた任務、君のやりたいことが何かを訊いているのさ」
鏡花は耳に装着していたイヤホンマイクから指を離した。
「社長に許可をいただきました。警察にも連絡済みです」
「了解。じゃあ、愚かな鼠に穴倉の在り処を案内してもらおうか」
冗談めかしているが、俊平の目は欠片も笑っていない。獲物を仕留めるまで引き返す気はないといった気概が感じられる。
敵は、昼時の混雑する幹線道路を直進する。
後部座席の慧も追跡車両を目で追った。
「気づかれてるんじゃないか?」
「よほどの無能じゃなければバレてるだろうね。上倉が心配するなら、それが答えさ」
「追うのか?」
「追うさ。罠だとしても、どこかで車を停めるだろうからね」
「大した自信だな」
「反対しないあたり、君も似たようなものじゃないか」
口元だけを緩める俊平。慧は続けず、窓の外に目をやった。
無関係の車両を挟む状態での追跡。
しばらくして、敵は片側二車線の大通りから左折して脇道に入った。俊平も指示器を出して後を追う。慧もフロントガラスに視線を戻した。
車のナビに表示される地図では、太い線の隣に薄い色の線が寄り添うようにして伸びている。街では建物を示す大小の四角形が地図を埋め尽くしていたが、現在は小さな建物がぽつぽつと点在するのみ。
実際に、入った脇道は視界の片側を木々で支配していた。人が住むような環境ではない。
「いかにも、といった場所だな」
「同感だね。穴倉もきっと、僕たちの想像通りの建造物なんだろうさ」
「廃業したが取り壊されずに放置されてる工場跡地、という具合か」
「敷地がフェンスで囲まれていて、入口に立入禁止のテープが三枚も貼られていれば上出来だね」
そんな想像通りのものがあるとは思えないが、実在するならアジトとしては申し分ない。
細い道を、前方のワゴン車が時折見える程度の間隔をあけて走行する。
いつの間にか、二メートルほどの高さの金網が幹線道路と脇道を隔てていた。反対側は相変わらず、自然豊かな木々が林立する。
ひたすら直進していた敵車両が、前方の坂を上りきった先で左に曲がった。
視認した鏡花はすぐにナビに目を落とす。彼女は首を傾げた。
「おかしいですね。曲がった先には道がありません。故障でしょうか?」
「そうじゃないさ。地図上にも表示されない道はあるからね」
存在を認知されていないか、表示させるほどではない場所。敵の目的地がどちらかの理由に該当するのは間違いない。
どちらにせよ、盗賊組織が根城とするに相応しい条件を満たしている。
敵が左折した交差点に到達した。俊平はブレーキを踏む。
車内の全員が、敵の消えた地図上にない道を注視する。
草が刈り取られているだけの土の道があった。樹木の葉が天井を覆っている。一本道のようだが、奥は木々が阻み全貌を掴めない。
ナビを見ると、道の先には何も表示がない。
つまり、何かを隠せるだけの空間があるということだ。
「どう思う、上倉」
真面目な眼差しを後部座席に向けた俊平に、慧は一拍置いて答えた。
「歩いていくべきだな。その辺に車を停めて」
冷静な返答に、俊平は満足そうに頷いた。
◆
敵を見失った交差点から後退して、車は幹線道路を隔てるフェンスに寄せて停車した。幹線道路では往来する車両が絶えないが、ひとつ隣の脇道は閑散としている。まるで別の世界のようだ。
「感心するね。これほどまで人目につかない場所はそうそうない。居城としては完璧に近いだろう」
「ろくでもないことにやたらと利く嗅覚があるんだ。あの男は」
「実に便利な鼻だ。羨望さえ覚えるよ。もっとも、悪に堕ちてまで欲しいとは思わないけどね」
俊平は全身の筋肉を伸ばし、運転席に深くもたれた。
「僕の仕事はこれで終わりさ。ここで君たちの帰りを待つとしよう」
ジッとナビを凝視する鏡花を横目に、慧は座席の下に置いていた二本の直刀を手に取る。
後部座席のドアを開け、片足を道路に出した。
「上倉、マイクをつけておきなよ」
「忘れていた」
脱力している俊平が注意した。
慧はジャケットの胸ポケットに手を伸ばす。イヤホンマイクを取り出し、ぎこちない動作で右耳に装着した。
「この習慣も、身につくまでは時間がかかるかもしれん」
「時間ならいくらでもあるさ。ゆっくり慣れていけばいい」
「暢気なものだ。こっちは、これから敵の罠にかかりにいくというのに」
「いざとなったら僕が手を貸すさ。それなら安心だろう?」
「お前がどれだけ頼りになるのか知らんが、遠慮なく救援要請を出せるよう心に留めておく」
「それでいい。僕らは仲間だ。頼って頼られて、それが在るべき姿ってやつさ」
――大層な台詞だ。
ルームミラーに気の抜けた運転手の顔が反射する。慧は心のなかで感想を呟いた。
車を降りてドアを閉める。
イヤホンから誰かの接続を示すノイズが聞こえた。鏡花も装着したのかと推察したが、届いたのは俊平の声だ。
《上倉、今日の君の任務は何かな?》
彼はだらけたまま、慧を見向きもせずに問いかける。
慧は直刀を腰に差しながら答えた。
「今さらなんだ。敵地の偵察だろ?」
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