堕ちた英勇の子

正海広竜

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第一話

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 授業が終わると、教室がざわつきだした。

 生徒達は口々に今日の予定を話し出す。

 この学院は三年制で単位制であった。

 なので、卒業までに必要な単位を取れば後は好きにして良い事になっている。

 その為、先程の授業で今日受ける授業は終わりでそ友人と遊びに行こうという者達もいれば、次の授業を受ける為に移動する者達も居た。

 生徒達が思い思いに行動している中で先程、教師にチラ見された生徒エドワード=エウプュクテスは今日の予定を思い出していた。

(今日はもう受ける授業はないな。家に帰るか)

 鞄に教科書を仕舞い帰る準備をしていると。

『あ~、つまらねえ授業だったぜ。そうは思わないか? 兄弟』

 エドワードに声を掛けられた。

 しかし、エドワードの周り・・には・・誰も・・いな・・かった・・・

 それなのに、エドワードに話しかける者が居た。

「そうでもないだろう。昔の事を知れば、それで新しい事を知る事が出来るだから」

 エドワードはそれを不審に思う事なく話し返した。

『おうおう、我が兄弟は真面目な事だね~』

 声の主はエドワードの態度に呆れかえっていた。

 そして、エドワードは窓に目を向ける。

 通常であれば、其処には眼帯をしているエドワードが映っているだけなのだが、其処には眼帯・・をしていないもう一人の自分エドワードが映っていた。

 何が楽しいのか口元を面白そうに歪めていた。

『まぁ、そんなんだから、お前は意中の女に声を掛ける事も出来ないんだけどな』

「五月蠅いぞっ。テッド」

 もう一人の自分にそう言われてエドワードは大声にならない声量で怒った

 何時の頃からか見える様になったもう一人の自分の事をエドワードは自分の名前でよく言われる愛称の一つであるテッドと名付けて、そう呼んでいる。

『けけけ、事実だろうに。いっその事告コクっちまたらどうだ?』

「いや、それは無理だろう……。相手の地位もあるし、知らない仲ではないけど、どうせ俺の事は弟に思っていないんだから、告白しても『貴方は可愛い弟みたいな存在だから、そういう風に見れないの』って言われたら、流石に顔を見る事も出来ないっ」

 うじうじと悩むエドワード。

 それを見てテッドは嘆息を漏らした。

『兄弟。どう思っているかなんて言わないと分からないぜ? 此処は当たって砕ける心積もりで告れよ。なに、振られても良い思い出になるぜ。十年後とかには』

「それって十年経つまで傷心でいるって事だよな?」

『いや、その間に別に好きな女が出来るだろう。普通に』

「そんな簡単に割り切れる事が出来たら、こんなに悩まないだろうっ」

 エドワードがあまりに後ろ向きな事を言うので、テッドは呆れて何も言う事が出来なかった。

『お前さ、どうしてそこまでネガティブなれんの? 告るだけでそこまで後ろ向きになれねえだろう。普通』

 テッドは呆れ半分どうしてそこまで卑下で出来る事に半分な気持ちで訊ねて来た。

 エドワードはその問いに答える前に左半分の顔を覆う眼帯に触れる。

 この眼帯はエドワードが四歳の時に事件に巻き込まれつける様になった物だ。

 事件の経緯については誰も教えてくれないので、エドワードは何が原因なのか分からなかった。

 覚えているのは事件の日に何者かに襲われた攫われた事。救出されるまでの一年間の記憶が所々抜けている事。

 誰かが自分の頭を撫でて物語を語ってくれた事だけであった。

 その頃からテッドが見える様になった。

 なので、エドワードからしたら長年の親友でもあり相棒みたいな存在であった。

「どんな理由で眼帯を付けているのか分からない男性から告白されても、あの人は傷つくだけさ」

 肩を竦めるエドワード。

 それを聞いたテッドは何も言えず頭を掻いた。

 話は終わりとばかりに帰る準備をしていると、教室の戸が音を立てて開かれた。

 あまりに大きな音なので、まだ教室に残っていた者達は音に釣られる様に戸の方に目を向けた。

 其処に居たのは自分達と同じ制服に身を包んだ女性生徒であった。

 女性にしては小柄の方であった。

 エドワードは男性の中でもそれほど高くない百八十ほどだが、その女生徒は約百五十ぐらいと思われた。

 栗色の髪を肩まで伸ばして少し色落ちしている黒いリボンで結ばれていた。

 猫の様な目。金色の瞳。可愛らしい顔立ちをしていた。

 少女と言ってもいい身長の為か、何処かしこも未発達な肢体であった。

 腰こそ細いものの教室に居る女生徒達に比べても胸が乏しく、尻も胸同様に主張が乏しいと言えた。外に出る事が多いのか健康的に焼かれた小麦色の肌をしていた。

 その女生徒は教室に入るなり室内を見回して、エドワードが居る事を見つけて一瞬だけ顔を綻ばせたが、直ぐに顔を引き締めてエドワードの下に向かう。

『何だ。あいつ。今日も来たのか』

「暇なんだろう。あれで、成績は優秀な方だから」

 エドワードが事も無げにいうが、それを聞いたテッドは鼻で笑いだした。

『ああ、女心も分からないとか。これじゃあ、告白しても振られると思うのも無理ないか~』

「おい。どういう」

 テッドの言葉が聞き捨てならないのか荒げた声を上げようとしたエドワード。

「エド。今日は受ける授業は全部終わったの?」

 やってきた女生徒はエドワードに話しかけて来た。

「うん。まぁ、そうだな」

「じゃあ、暇なのね。それじゃあ、あたしの買い物に付き合ってよ」

「何で?」 

 エドワードは嫌そうな顔をしながら訊ねると、女生徒は顔を顰めた。

「暇なんでしょう。だったら、幼馴染のあたしと付き合いなさいよ」

「だから、何で、俺なの? 幼馴染だったら俺の他にも居るし、同級生で同性の奴もいるだろう」

「別に良いでしょう。今日はエドを誘いたい気分なのっ」

「面倒だから嫌だ」

「何で、嫌なのよっ。あたしがこんなに頼んでいるのにっ」

「それが頼んでいる態度なのか? どう見てもそうは見えないぞ」

 エドワードは溜め息をついた。

「むぅ、エドの癖に生意気ねっ」

「はいはい。そうですか」

 エドワードは改めて目の前の女生徒を見る。

 この者の名はアルティアナ=ジュピテールと言う。

 エドワードの両親と同じ『二十四英勇』の一人である『雷公』の異名を持つ者を父に持っている。

 その関係でエドワードとは幼い頃から交友があった。

 周囲の者達は二人の関係を喧嘩友達みたいな関係の様に見ていた。

 今も口喧嘩している二人を見て、教室に居る者達は見世物の様に楽しそうに見物していた。
 「だいたい、あんたは」

「そういうお前は」

 アルティナとエドワードはまだ口喧嘩をしていた。

 口喧嘩を始めてから、三十分ほど経っていたが二人の勢いは止まらなかった。

 最初面白そうに見ていた生徒達も自分達の予定を思い出して、一人また一人と教室から出て行った。

 テッドも飽きたのか宙に浮かんで眠っていた。

 なので、今教室に居るのはエドワードとアルティナの二人だけであった。

 そんな事など認識外と言わんばかりに、二人は口喧嘩を続けていたが。

「はいはい。二人共。仲が良いのは良いけど、それぐらいにしようね」

 口喧嘩をする二人に仲裁する者が現れた。

 その者は二人と同じ制服を纏い中性的な顔立ちで、女性にも男性にも見えた。

 右目に泣き黒子があったので余計に女性の印章を抱かせた。

 身長もエドワードよりも少し低いが男性からしたら平均的な身長でしていた。

 青緑色の瞳で切れ長の目をしていた。

 この者の名はオスカー=フェイダートリーと言い、エドワード達の親と同じく『二十四英勇』を親に持つ少年であった。

 その証拠に胸は全く膨らんでおらず、喉仏も見えた。

「何か用か? オスカー」

「そうよ。何か用なの? オスカー」

 エドワードとアルティナは仲裁する者に詰め寄った。

「仲が良いのは結構だけど、何時までも二人がこの教室を占領していたら、授業に使う人達の迷惑だよ」

 二人に詰め寄られたオスカーは笑顔で宥めた。

 そう言われた二人は改めて周りを見ると、自分達以外の生徒達の姿が無い事に気付いた。

 二人はバツが悪い顔をした。

 そんな二人を見てオスカーは微笑んだ。

「今日は二人共、何も無いの? じゃあ、久しぶりに遊ばないかい?」

「あ? 面倒」

「良いわよ。どうせ、暇だし」

 エドワードは怠そうに断ろうとしたら、アルティナが被せるように言い出した。

 エドワードは言葉を続けようとしたが、オスカーは何も言わせないとばかりに話しかけた。

「それは良かった。今日は僕達以外にも同年代の幼馴染達も呼んでいるから」

「げっ、マジかよ」

「勿論」

 当然だろうとばかりに笑うオスカー。

「あ、俺。今日はまだ受ける授業があるから」

 エドワードは体のいい断りの言葉を言ってその場を離れ教室の戸の所まで来た。

 そして、戸を開けようとし手を伸ばそうとしたが。

 手が届く前に戸が開いた。

 誰が開けたと思いエドワードは目を向けると。

「エド。何処かに行くの?」

「……」

 エドワードの前に居るのは二人であった。

 二人共男子であった。

 エドワードに話しかけたのは、ハニーブロンドの腰まで届く程に長くして纏めていた。

 そばかすはあるが可愛い顔をしていた。アルティナよりも若干低い身長。

 大きな目に青い瞳を持っていた。

 この者の名はシモンファルト=マクシミリアンという。

 エドワード達と同じく『二十四英勇』を親に持っている子であった。

 ちなみにエドワードと同じ両親が『二十四英勇』であった。

 もう一人は精悍な顔立ちをしていた。

 その顔立ちに見合うように身長もエドワードたちに比べても高くアルティナの腰ぐらいは有りそうな位に太い腕に腰。体格が大きい上に制服をキッチリと着ているので、制服がパツンパツンであった。

 この男子の名はランドルフ=ゾンバロードスと言う。

 この者もエドワード達と同じく『二十四英勇』を親に持つ幼馴染の一人であった。

「何処に行くって、授業に」

 遊びに行くのは嫌なので逃げようとしたのだが、ランドルフは首を横に振る。

「…………もう授業が始まっている。今から行っても単位は入らないぞ」

「ぬっ」

 ボソリと冷静な意見を言うランドルフ。

 エドワードは言葉を失っていた。

「そうだよ。単位が入らないんだから、今日は遊ぼうよ~」

 シモンファルトは笑顔でエドワードの手を取り一緒に行こうと引っ張る。

 エドワードは嫌そうな顔をするが、ランドルフはエドワードの肩を優しく叩き首を横に振る。

「逆らっても無駄だって言うのか? ランディ」

「……(コクリ)」

 エドワードはランドルフの愛称で訊ねると、ランドルフは無言で頷いた。

 前はシモンファルトとランドルフ。後ろはオスカーとアルティナ。

 逃げ場などないと分かりエドワードは溜め息を吐いた。

「ああ、分かったよ。何処かに遊びに行こうぜ」 

 エドワードが観念した様に呟くとシモンファルトは飛び跳ねながら喜んでいた。

「やった~、久しぶりに皆と遊べるんだ~。嬉しいな~」

 その心底嬉しそうに喜んでいるので、エドワード達は微笑んだ。

 そして、五人は教室から出て行った。
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