あの頃の僕らは、

のあ

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第八話 甘美な声

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「今日も泊まっていい?」

 子供のような笑顔で問いかける裕斗ゆうとに、健人は「好きにしろよ」とはにかんだ。許されることならば明日も明後日も、ずっとこうしていたい。大学もアルバイトも面倒なことはすべて放り出し、裕斗と二人っきりで…。

 空腹を満たすために駅前の商店街を並んで歩く二人の距離は、いつもより心なしか近かった。行き交う人を避けるたびに触れ合う互いの手がもどかしい。すれ違う恋人たちのように手を繋いで歩くことができたのなら、このもどかしさを振り払うことができるのだろうか。

「腹減ったな!何食おうか?」

 裕斗は健人の肩に手を回しぐっと引き寄せる。「仲の良い友達」として周りの目から見ても許されるであろうぎりぎりの距離感が、健人にとっては嬉しくも切なくもあった。

 いつもの商店街の古びた定食屋で、いつも通りのメニューを注文し、裕斗と向かい合って談笑しながら食事をする。もう何度となく繰り返してきたこの光景も、今はキラキラと輝いて見えた。

 食事の後、裕斗は路地裏に置かれた灰皿の前でタバコに火をつけたる。ゆっくりと息を吐く唇にほのかに残ったタバコの煙が、ベランダでのあのくちづけを思い出させ、裕斗の唇から目を離せなかった。

 裕斗は物欲しそうに唇を見つめる健人をそっと引き寄せ、再び唇が重ねる。裕斗の唇が健人の上唇をそっと包み込み、それを受け入れるように自らの唇が動いたとき、健人はハッと我に返った。

「おい!ここ外だぞ」

「して欲しいって顔に書いてあったから」

 裕斗はまた子供のような笑顔を浮かべていた。健人はどうもこの笑顔に弱い。この顔を向けられると何でも許してしまいそうになるのだ。そして案の定、裕斗のくちづけをまた受け入れてしまう。さっきよりも深く熱のこもったくちづけに身体の芯が火照るのを感じた。

「これ以上は…家に帰ってからにしてくれ」

 顔を真っ赤に染めて恥じらう健人の手を掴み、裕斗は家に向かって走り出す。肩を組んで歩いた行きとは違い、人目も気にせずに手を繋いだまま商店街を走り抜けた。その勢いは衰えることなく健人の部屋へと押し込まれる。

「子供かよ」

「家だったら良いんだろ?」

 裕斗は健人の顎を持ち上げ先ほどよりもさらに激しいくちづけをした。そのくちづけに健人はうまく呼吸を合わせられない。激しく深いくちづけに健人の頭は鈍り、その蕩けた表情が裕斗をさらに煽る。

 今にも砕け落ちそうな健人の腰に手を当てベッドへと誘う。

「ごめん…キスだけだから。だからあともう少しだけ」

 健人を気遣うように耳元で囁かれた「甘美な声」に、健人は抗うことができない。隠し切れない情熱と共に、二人の夜は更けていく。
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