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俺の担当が霊媒師でした。(1)
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「……で、なんで俺がこんなことしてるんですかね、因幡先生」
カラオケルームの隅。
ソファに背を押し付け、メモ帳を握りしめた黒川才斗は、薄暗い照明の中で険しい表情をしていた。片方の黄色の瞳がピクピクと痙攣している。
一方、ステージのように設えられた部屋の中央で、和服姿の男が悠然と立っていた。
艶のある黒髪を一つに束ね、しなやかに揺れる着物の裾。手には一冊の文庫本……いや、どう見ても自主制作感あふれるコピー本。
因幡歩人は艶っぽい声で口を開く。
「ページ三十六、"彼女はそっとシャツのボタンに手をかけ——"ってとこが特に効くらしい。昨日の霊もこのあたりで成仏したし」
「効くとかじゃなくて、倫理的にどうかと思うんですよ!」
黒川が突っ込む。眼鏡の奥の瞳がギラリと光る。
が、因幡は涼しい顔のまま笑った。
「黒川、霊に倫理は通じないよ。エロの破壊力には勝てないってだけの話さ」
「いや、そんな風に割り切られても困るんですけど! ていうか、なんでカラオケなんて連れてきたんですか!」
「ああ……それはな」
因幡は本を閉じ、ソファへ戻る。そのまま煙草でも吸うような仕草で、顎に手を当てた。
「昨日の一人カラオケ、気晴らしのつもりだったんだ。そしたら、隣の部屋の幽霊に見初められたみたいでね。俺の十八番『官能ラプソディ~喘ぎの小夜曲~』が決め手だったのかも」
「いろいろツッコミどころが多すぎて……ていうかそのタイトルどうかしてますよ!」
「そう? 気に入ってるんだけど。で、家帰ったらさ、その霊がトイレで正座して待ってたんだよね」
「怖ッ……! いや、というかよくそれで冷静でいられますね!?」
因幡はにやりと笑った。
「まぁ、困ったんだよ。原稿に集中できないし。で、ふと気づいたんだ。幽霊って、エロに弱いんじゃないかって」
「どういう発想ですか……」
「試してみたら効果絶大。朗読一発で、昇天していったよ。そっちの意味でも、こっちの意味でもね」
「下品です!」
黒川は額を押さえて呻いた。
だが、その肩には今もなお、うっすらと冷気がまとわりついている。
彼は強い霊感を持っている——しかも、厄介なことに「好かれやすい」体質だった。
「で、俺が今回呼ばれた理由って……やっぱり今日もまた、憑いてるからですか?」
因幡は笑って頷いた。
「うん、肩に……たぶん五十代のおっさん霊。未練がエロに負ける典型タイプだね。朗読でいけるよ、たぶん」
「俺の肩にそんなタイプの霊ついてるって、どんな地獄ですか!?」
黒川の絶叫もむなしく、因幡はさっさと本を開いて読み上げる準備を始めていた。
「じゃ、いくよ——耳塞いでも無駄だからね?」
「勘弁してくださいほんとに!!」
こうして、官能小説家・因幡あるとと、霊感体質編集者・黒川才斗の、
奇妙な《霊×エロ×文学》コンビの活動が、静かに、そして少し下品に始まったのだった。
---
「ーで、祓ってくれるんですよね?マジで、もう肩が重くてたまんないんですけど」
黒川は必死な形相で訴える。
眼鏡の奥で、オッドアイが切実に揺れていた。
一方の因幡は、なぜか本を閉じて、ふわりと立ち上がる。長い袖が揺れた。
「ん~……祓って“も”いいけどさ」
「は?」
「ただでってわけにはいかないよねぇ」
「……なんすか、その“悪い商売人”みたいな口ぶりは」
因幡は扇子をぱちんと開いて、にっこり笑った。
「黒川、君って霊感強いじゃん。体質的に、これからも霊を引き寄せるの、避けられないと思うんだよね」
「……ま、まぁ……それは否定できないですけど」
「つまり、君は“リピーター確定”なわけ」
「やめてください、俺を商品みたいに言うの」
「だから提案がある。今後、俺が君の憑きモノを祓ってやる。その代わり——」
因幡は黒川の目の前まで歩み寄ると、ふいに覗き込むように顔を寄せた。
長髪がさらりと揺れて、和服の襟元から香がふっと香る。
「俺の“朗読除霊業”に、付き合ってもらうよ。編集者としても、助手としてもね」
「……は?」
「これから俺が霊媒師として活動するには、サポート役が必要なんだよ。受付、依頼人対応、状況把握、そして朗読の合いの手とか」
「合いの手!?」
「あと、ノリのいい“赤面反応”とか。あれ、エロの効果が倍増するんだよね。不思議なことに」
「ふざけてます!?完全にバカにしてますよね今!?」
黒川は勢いよく立ち上がったが、またズーンと肩に重みがのしかかって、ぐらりと足元が揺らいだ。
「……うぅ……こいつ……っ、笑ってる……背中で笑ってる感じする……っ」
「うん、笑ってると思うよ。けっこうノリのいいおっさん霊みたいだから。さ、どーする? 祓う? それともこのまま“おっさん付きの人生”を歩む?」
「………………」
黒川はしばし天井を仰いだのち、渋々うなだれた。
「……わかりましたよ。付き合いますよ……やればいいんでしょ、助手……」
「うん、いい子」
「撫でるな!!!」
にやりと笑った因幡は、改めて朗読本を開く。
そして、おもむろに艶めかしい声で語り始めた。
「"彼の熱い吐息が、うなじを撫でた瞬間——"」
「うおおおお、もうやめてくれ……!! 俺の羞恥心が先に成仏しそうだ……!」
室内にふわりと風が吹き、黒川の肩から“何か”がふっと抜けた気配がした。
因幡はふっと本を閉じる。
「はい、おっさん昇天完了」
「報告の仕方ぁぁぁ!!」
こうして黒川才斗は、自称官能小説霊媒師・因幡歩人の相棒として、
(半ば脅される形で)霊とエロスの間を彷徨う日々に巻き込まれていくのだった——。
---
数日後。
とある古びた温泉旅館のロビーに、因幡と黒川はいた。
「……どうして俺がここにいるんでしょうか」
「俺の助手だから。……って、もう三回くらい言ってるよね、それ」
和服姿で優雅に抹茶をすする因幡の横で、黒川は深いため息をつく。
彼の手には、分厚い封筒に入った依頼書。
「女湯で不可解な怪奇現象が起きており、お客様からクレームが絶えません。女湯に現れる“半透明の変態”をなんとかしてほしい——」
「……これ、絶対アウトなやつですよね!? 官能どころじゃないですよね!?」
「まぁまぁ、幽霊の中には欲望が未練になって現れるタイプも多いんだよ。ある意味、一番俺の得意分野だよね。なにせ、エロが霊力に効くんだから」
「効くって、何がですか……!」
「ま、現場を見てからのお楽しみ。着替え持ってきた? 俺たちも温泉入るよ」
「入らない!!俺は助手です!現場監視です!!てか男が女湯に入る時点で犯罪です!!」
「だいじょーぶだいじょーぶ。旅館側の許可は取ってあるし、営業時間外にしてもらった。それに、俺たち“霊媒業”って名目だから」
「いやでも倫理的に……というか俺の心が……」
「黒川、君のオッドアイ、今ちょっと青白くなってる。あー、これ、もう女湯に反応してるよ。間違いなくいるね、変態幽霊」
「適当なこと言わないでくださいっ!」
---
女湯・深夜
女湯ののれんをくぐった瞬間——
「……ッ、寒っ……!」
黒川は身震いする。見渡す限り、誰もいない。だが、空間は確かに“異様”だった。湯気の中に、ざわりとした気配が漂っている。
「いるね。気配が濃い。あー、これは……相当こじらせてるな」
因幡は湯船の端に腰を下ろし、和服をはだけながら例の“官能朗読本”を取り出した。
「ちょ、はだけないでください先生!? てかもう本気なんですか!?ここでやるんですか朗読!?」
「ここでやるしかないでしょ。ここにいるんだから」
そう言って因幡は、すぅっと息を吸い、艶やかな声で読み始める。
> 「——指先が、濡れた肌をなぞっていく。熱い吐息と湯気が混ざり合い、唇は、首筋へ……」
「だからなんで毎回色っぽく読むんですか!!」
「効果を高めるために決まってるでしょ? ねえ、黒川。ちょっと赤面してくんない?」
「無理です!! っていうか俺、いま霊より先生のほうが怖いですからね!?」
そんなやりとりの最中——
ぬるりとした気配が、黒川の背後に忍び寄る。
「わっ……な、なにか今、首筋に……!」
「きたね。おっさんの霊、発情期だったかな。よし、クライマックスいくよ」
> 「彼は呻いた。『だめだ……ここで感じたら、俺は……』——」
バチンッ!
湯気が弾け、湯船が一瞬波立つ。
黒川の背から、ふわりと何かが浮かび上がった。男のような、歪んだ輪郭の霊体が、恍惚の表情で天井へと昇っていく。
「——成仏、おつかれ」
因幡はさらりと本を閉じる。
「……まじで……浄化した……官能小説で……」
「でしょ?」
「俺、もうなんか……“倫理”って概念が壊れてきた気がするんですけど……」
「それ、霊媒師業始めたらみんな通る道だから」
「安心できるようで安心できない……!」
—
こうして、因幡と黒川は“朗読による霊媒”の初依頼を無事完了。
だが、この旅館の一件を皮切りに、二人のもとには次々と奇妙な依頼が舞い込むことになる。
しかも、黒川が気づかぬうちに因幡の視線は——ほんの少しずつ、彼に向かって深くなっていくのだった。
---
夜の遊園地は、不気味なほど静かだった。
観覧車は止まり、煌びやかだったネオンはすべて消されている。
星空の下、風に揺れるポップコーンの袋が寂しく地面を転がる。
「……雰囲気ありすぎでしょ……」
黒川才斗は腕を組み、肩をすくめてつぶやいた。
目の前には、木造の洋館を模したお化け屋敷。シーズンイベント用に“本気で怖い”仕様に改装されているらしく、見た目からしてすでに不穏だった。
「いいね、このシチュエーション。背筋がゾクゾクする」
因幡あるとは楽しそうに笑いながら、今日も安定の和服姿。
月明かりに照らされた彼の長髪が、風に揺れている。
「先生、テンション上がってる場合じゃないですよ。今日の依頼、マジでヤバいって噂ですからね。スタッフが気絶したとか、見学者が泡吹いたとか……」
「で、その“本物の幽霊”が出るスポットって?」
「屋敷の奥、鏡の迷路の中です」
「なるほどね。じゃあ行こうか」
「いや、怖いって……俺、絶対イヤな気配感じてますし、オッドアイがうずいてますし、あと心臓が限界です」
「じゃあ、俺の後ろにくっついてな。……可愛い声で悲鳴上げたら、幽霊の気も緩むかもよ?」
「からかわないでください!!」
—
お化け屋敷内部は、冷気が漂っていた。
蝋人形のような人形たち、床に転がる偽物の手足、腐敗臭のする空気。
しかし、それ以上に不気味なのは——
「……音、しませんね……」
「うん。本物の霊がいると、こうなる。空気が“止まる”んだよ」
因幡の声は静かだった。
黒川はその背に、いつの間にかぴったりとついて歩いていた。
「……先生の背中、あったかいですね」
「ん? 惚れた?」
「ち、ちがっ……!そういう意味じゃなくて!ただ、こう……」
「顔、赤いけど」
「っ……今、幽霊より先生の方が怖いですほんとに!!」
—
やがてふたりは、問題の“鏡の迷路”にたどり着いた。
通路の両側にびっしりと並んだ鏡。無限に映るふたりの姿。
しかし——そのなかのひとつに、“ふたりしかいないはず”の鏡像があった。
「……今、こっち、見たな……」
黒川が低く言った。
「見たね。……あれは、女の霊だな。若くて、妬みと未練が強いタイプ」
因幡は懐から例の“霊媒用の官能小説”を取り出す。
「ちょっとエロすぎるくらいのやつ、選ぶね」
「ちょ、先生!? ここ、鏡だらけなんですよ!? 反射しまくって朗読シーンがめちゃくちゃ恥ずかしい感じになるんですけど!?」
「いいじゃん。エロの反射って想像力膨らむよ?」
「なに言ってるんですかほんとにもう!!」
—
> 「彼女はそっと指を絡めた。『熱い……ここ、溶けちゃいそう……』
彼の息が耳朶にかかり、体はわずかに震え——」
突然、鏡の奥から女の呻き声が響いた。
「……イヤ……私、見てるだけなんてイヤ……!」
びしっ、と鏡にひびが入る。
霊体が悲鳴を上げ、光となって砕け散った。
静寂。
「……ふぅ。今回も、成仏完了っと」
「……ほんとに効いてるの、これ……官能で……」
黒川はぐったりと座り込む。
その横に、因幡がふっとしゃがみ込んで、彼の顔を覗き込んだ。
「黒川、顔赤いよ?」
「そ、それは……その……状況が……というか、先生が……!」
「俺?」
「……なんか、こう……ドキドキするんですよ……先生と一緒にいると……」
「へぇ」
因幡は笑った。少し、いたずらっぽく。
「それ、霊感のせいじゃないなら——嬉しいかも」
「っ……!」
ふいに距離が縮まり、顔が近づく。
鏡越しに、ふたりの姿がいくつもいくつも、映し出されていた。
——これは、除霊の仕事。
でも、それだけじゃ済まなくなってきている。
黒川は、自分の胸の鼓動が“別の意味”で高鳴っていることに気づいていた。
(やばい。俺……この人のこと……)
—
遊園地の出口を出るころには、空にはうっすら朝焼け。
だが、ふたりの距離は、あの鏡の迷路よりも近づいていた。
カラオケルームの隅。
ソファに背を押し付け、メモ帳を握りしめた黒川才斗は、薄暗い照明の中で険しい表情をしていた。片方の黄色の瞳がピクピクと痙攣している。
一方、ステージのように設えられた部屋の中央で、和服姿の男が悠然と立っていた。
艶のある黒髪を一つに束ね、しなやかに揺れる着物の裾。手には一冊の文庫本……いや、どう見ても自主制作感あふれるコピー本。
因幡歩人は艶っぽい声で口を開く。
「ページ三十六、"彼女はそっとシャツのボタンに手をかけ——"ってとこが特に効くらしい。昨日の霊もこのあたりで成仏したし」
「効くとかじゃなくて、倫理的にどうかと思うんですよ!」
黒川が突っ込む。眼鏡の奥の瞳がギラリと光る。
が、因幡は涼しい顔のまま笑った。
「黒川、霊に倫理は通じないよ。エロの破壊力には勝てないってだけの話さ」
「いや、そんな風に割り切られても困るんですけど! ていうか、なんでカラオケなんて連れてきたんですか!」
「ああ……それはな」
因幡は本を閉じ、ソファへ戻る。そのまま煙草でも吸うような仕草で、顎に手を当てた。
「昨日の一人カラオケ、気晴らしのつもりだったんだ。そしたら、隣の部屋の幽霊に見初められたみたいでね。俺の十八番『官能ラプソディ~喘ぎの小夜曲~』が決め手だったのかも」
「いろいろツッコミどころが多すぎて……ていうかそのタイトルどうかしてますよ!」
「そう? 気に入ってるんだけど。で、家帰ったらさ、その霊がトイレで正座して待ってたんだよね」
「怖ッ……! いや、というかよくそれで冷静でいられますね!?」
因幡はにやりと笑った。
「まぁ、困ったんだよ。原稿に集中できないし。で、ふと気づいたんだ。幽霊って、エロに弱いんじゃないかって」
「どういう発想ですか……」
「試してみたら効果絶大。朗読一発で、昇天していったよ。そっちの意味でも、こっちの意味でもね」
「下品です!」
黒川は額を押さえて呻いた。
だが、その肩には今もなお、うっすらと冷気がまとわりついている。
彼は強い霊感を持っている——しかも、厄介なことに「好かれやすい」体質だった。
「で、俺が今回呼ばれた理由って……やっぱり今日もまた、憑いてるからですか?」
因幡は笑って頷いた。
「うん、肩に……たぶん五十代のおっさん霊。未練がエロに負ける典型タイプだね。朗読でいけるよ、たぶん」
「俺の肩にそんなタイプの霊ついてるって、どんな地獄ですか!?」
黒川の絶叫もむなしく、因幡はさっさと本を開いて読み上げる準備を始めていた。
「じゃ、いくよ——耳塞いでも無駄だからね?」
「勘弁してくださいほんとに!!」
こうして、官能小説家・因幡あるとと、霊感体質編集者・黒川才斗の、
奇妙な《霊×エロ×文学》コンビの活動が、静かに、そして少し下品に始まったのだった。
---
「ーで、祓ってくれるんですよね?マジで、もう肩が重くてたまんないんですけど」
黒川は必死な形相で訴える。
眼鏡の奥で、オッドアイが切実に揺れていた。
一方の因幡は、なぜか本を閉じて、ふわりと立ち上がる。長い袖が揺れた。
「ん~……祓って“も”いいけどさ」
「は?」
「ただでってわけにはいかないよねぇ」
「……なんすか、その“悪い商売人”みたいな口ぶりは」
因幡は扇子をぱちんと開いて、にっこり笑った。
「黒川、君って霊感強いじゃん。体質的に、これからも霊を引き寄せるの、避けられないと思うんだよね」
「……ま、まぁ……それは否定できないですけど」
「つまり、君は“リピーター確定”なわけ」
「やめてください、俺を商品みたいに言うの」
「だから提案がある。今後、俺が君の憑きモノを祓ってやる。その代わり——」
因幡は黒川の目の前まで歩み寄ると、ふいに覗き込むように顔を寄せた。
長髪がさらりと揺れて、和服の襟元から香がふっと香る。
「俺の“朗読除霊業”に、付き合ってもらうよ。編集者としても、助手としてもね」
「……は?」
「これから俺が霊媒師として活動するには、サポート役が必要なんだよ。受付、依頼人対応、状況把握、そして朗読の合いの手とか」
「合いの手!?」
「あと、ノリのいい“赤面反応”とか。あれ、エロの効果が倍増するんだよね。不思議なことに」
「ふざけてます!?完全にバカにしてますよね今!?」
黒川は勢いよく立ち上がったが、またズーンと肩に重みがのしかかって、ぐらりと足元が揺らいだ。
「……うぅ……こいつ……っ、笑ってる……背中で笑ってる感じする……っ」
「うん、笑ってると思うよ。けっこうノリのいいおっさん霊みたいだから。さ、どーする? 祓う? それともこのまま“おっさん付きの人生”を歩む?」
「………………」
黒川はしばし天井を仰いだのち、渋々うなだれた。
「……わかりましたよ。付き合いますよ……やればいいんでしょ、助手……」
「うん、いい子」
「撫でるな!!!」
にやりと笑った因幡は、改めて朗読本を開く。
そして、おもむろに艶めかしい声で語り始めた。
「"彼の熱い吐息が、うなじを撫でた瞬間——"」
「うおおおお、もうやめてくれ……!! 俺の羞恥心が先に成仏しそうだ……!」
室内にふわりと風が吹き、黒川の肩から“何か”がふっと抜けた気配がした。
因幡はふっと本を閉じる。
「はい、おっさん昇天完了」
「報告の仕方ぁぁぁ!!」
こうして黒川才斗は、自称官能小説霊媒師・因幡歩人の相棒として、
(半ば脅される形で)霊とエロスの間を彷徨う日々に巻き込まれていくのだった——。
---
数日後。
とある古びた温泉旅館のロビーに、因幡と黒川はいた。
「……どうして俺がここにいるんでしょうか」
「俺の助手だから。……って、もう三回くらい言ってるよね、それ」
和服姿で優雅に抹茶をすする因幡の横で、黒川は深いため息をつく。
彼の手には、分厚い封筒に入った依頼書。
「女湯で不可解な怪奇現象が起きており、お客様からクレームが絶えません。女湯に現れる“半透明の変態”をなんとかしてほしい——」
「……これ、絶対アウトなやつですよね!? 官能どころじゃないですよね!?」
「まぁまぁ、幽霊の中には欲望が未練になって現れるタイプも多いんだよ。ある意味、一番俺の得意分野だよね。なにせ、エロが霊力に効くんだから」
「効くって、何がですか……!」
「ま、現場を見てからのお楽しみ。着替え持ってきた? 俺たちも温泉入るよ」
「入らない!!俺は助手です!現場監視です!!てか男が女湯に入る時点で犯罪です!!」
「だいじょーぶだいじょーぶ。旅館側の許可は取ってあるし、営業時間外にしてもらった。それに、俺たち“霊媒業”って名目だから」
「いやでも倫理的に……というか俺の心が……」
「黒川、君のオッドアイ、今ちょっと青白くなってる。あー、これ、もう女湯に反応してるよ。間違いなくいるね、変態幽霊」
「適当なこと言わないでくださいっ!」
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女湯・深夜
女湯ののれんをくぐった瞬間——
「……ッ、寒っ……!」
黒川は身震いする。見渡す限り、誰もいない。だが、空間は確かに“異様”だった。湯気の中に、ざわりとした気配が漂っている。
「いるね。気配が濃い。あー、これは……相当こじらせてるな」
因幡は湯船の端に腰を下ろし、和服をはだけながら例の“官能朗読本”を取り出した。
「ちょ、はだけないでください先生!? てかもう本気なんですか!?ここでやるんですか朗読!?」
「ここでやるしかないでしょ。ここにいるんだから」
そう言って因幡は、すぅっと息を吸い、艶やかな声で読み始める。
> 「——指先が、濡れた肌をなぞっていく。熱い吐息と湯気が混ざり合い、唇は、首筋へ……」
「だからなんで毎回色っぽく読むんですか!!」
「効果を高めるために決まってるでしょ? ねえ、黒川。ちょっと赤面してくんない?」
「無理です!! っていうか俺、いま霊より先生のほうが怖いですからね!?」
そんなやりとりの最中——
ぬるりとした気配が、黒川の背後に忍び寄る。
「わっ……な、なにか今、首筋に……!」
「きたね。おっさんの霊、発情期だったかな。よし、クライマックスいくよ」
> 「彼は呻いた。『だめだ……ここで感じたら、俺は……』——」
バチンッ!
湯気が弾け、湯船が一瞬波立つ。
黒川の背から、ふわりと何かが浮かび上がった。男のような、歪んだ輪郭の霊体が、恍惚の表情で天井へと昇っていく。
「——成仏、おつかれ」
因幡はさらりと本を閉じる。
「……まじで……浄化した……官能小説で……」
「でしょ?」
「俺、もうなんか……“倫理”って概念が壊れてきた気がするんですけど……」
「それ、霊媒師業始めたらみんな通る道だから」
「安心できるようで安心できない……!」
—
こうして、因幡と黒川は“朗読による霊媒”の初依頼を無事完了。
だが、この旅館の一件を皮切りに、二人のもとには次々と奇妙な依頼が舞い込むことになる。
しかも、黒川が気づかぬうちに因幡の視線は——ほんの少しずつ、彼に向かって深くなっていくのだった。
---
夜の遊園地は、不気味なほど静かだった。
観覧車は止まり、煌びやかだったネオンはすべて消されている。
星空の下、風に揺れるポップコーンの袋が寂しく地面を転がる。
「……雰囲気ありすぎでしょ……」
黒川才斗は腕を組み、肩をすくめてつぶやいた。
目の前には、木造の洋館を模したお化け屋敷。シーズンイベント用に“本気で怖い”仕様に改装されているらしく、見た目からしてすでに不穏だった。
「いいね、このシチュエーション。背筋がゾクゾクする」
因幡あるとは楽しそうに笑いながら、今日も安定の和服姿。
月明かりに照らされた彼の長髪が、風に揺れている。
「先生、テンション上がってる場合じゃないですよ。今日の依頼、マジでヤバいって噂ですからね。スタッフが気絶したとか、見学者が泡吹いたとか……」
「で、その“本物の幽霊”が出るスポットって?」
「屋敷の奥、鏡の迷路の中です」
「なるほどね。じゃあ行こうか」
「いや、怖いって……俺、絶対イヤな気配感じてますし、オッドアイがうずいてますし、あと心臓が限界です」
「じゃあ、俺の後ろにくっついてな。……可愛い声で悲鳴上げたら、幽霊の気も緩むかもよ?」
「からかわないでください!!」
—
お化け屋敷内部は、冷気が漂っていた。
蝋人形のような人形たち、床に転がる偽物の手足、腐敗臭のする空気。
しかし、それ以上に不気味なのは——
「……音、しませんね……」
「うん。本物の霊がいると、こうなる。空気が“止まる”んだよ」
因幡の声は静かだった。
黒川はその背に、いつの間にかぴったりとついて歩いていた。
「……先生の背中、あったかいですね」
「ん? 惚れた?」
「ち、ちがっ……!そういう意味じゃなくて!ただ、こう……」
「顔、赤いけど」
「っ……今、幽霊より先生の方が怖いですほんとに!!」
—
やがてふたりは、問題の“鏡の迷路”にたどり着いた。
通路の両側にびっしりと並んだ鏡。無限に映るふたりの姿。
しかし——そのなかのひとつに、“ふたりしかいないはず”の鏡像があった。
「……今、こっち、見たな……」
黒川が低く言った。
「見たね。……あれは、女の霊だな。若くて、妬みと未練が強いタイプ」
因幡は懐から例の“霊媒用の官能小説”を取り出す。
「ちょっとエロすぎるくらいのやつ、選ぶね」
「ちょ、先生!? ここ、鏡だらけなんですよ!? 反射しまくって朗読シーンがめちゃくちゃ恥ずかしい感じになるんですけど!?」
「いいじゃん。エロの反射って想像力膨らむよ?」
「なに言ってるんですかほんとにもう!!」
—
> 「彼女はそっと指を絡めた。『熱い……ここ、溶けちゃいそう……』
彼の息が耳朶にかかり、体はわずかに震え——」
突然、鏡の奥から女の呻き声が響いた。
「……イヤ……私、見てるだけなんてイヤ……!」
びしっ、と鏡にひびが入る。
霊体が悲鳴を上げ、光となって砕け散った。
静寂。
「……ふぅ。今回も、成仏完了っと」
「……ほんとに効いてるの、これ……官能で……」
黒川はぐったりと座り込む。
その横に、因幡がふっとしゃがみ込んで、彼の顔を覗き込んだ。
「黒川、顔赤いよ?」
「そ、それは……その……状況が……というか、先生が……!」
「俺?」
「……なんか、こう……ドキドキするんですよ……先生と一緒にいると……」
「へぇ」
因幡は笑った。少し、いたずらっぽく。
「それ、霊感のせいじゃないなら——嬉しいかも」
「っ……!」
ふいに距離が縮まり、顔が近づく。
鏡越しに、ふたりの姿がいくつもいくつも、映し出されていた。
——これは、除霊の仕事。
でも、それだけじゃ済まなくなってきている。
黒川は、自分の胸の鼓動が“別の意味”で高鳴っていることに気づいていた。
(やばい。俺……この人のこと……)
—
遊園地の出口を出るころには、空にはうっすら朝焼け。
だが、ふたりの距離は、あの鏡の迷路よりも近づいていた。
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仮面の王子と優雅な従者
emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。
平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。
おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。
しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。
これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第3巻 - 甘美な檻と蹂躙の獣
大の字だい
BL
失われかけた家名を再び背負い、王都に戻った参謀レイモンド。
軍務と政務に才知を振るう彼の傍らで、二人の騎士――冷徹な支配で従わせようとする副団長ヴィンセントと、嗜虐的な激情で乱そうとする隊長アルベリック――は、互いに牙を剥きながら彼を奪い合う。
支配か、激情か。安堵と愉悦の狭間で揺らぐ心と身体は、熱に縛られ、疼きに飲まれていく。
恋か、依存か、それとも破滅か――。
三者の欲望が交錯する先に、レイモンドが見出すものとは。
第3幕。
それぞれが、それぞれに。
血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】
まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。
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