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しおりを挟むシンセを聴きながら、集中する。
目を閉じて、全部忘れる。俺は、ただのドラマー。ただの俺だ。
一発目、目を開けて腕を振り抜く。
視界から、ドラムセット以外の全てを追い出す。何も考えない。ただひたすら、BPMだけを守って同じプレイを全力で叩きつける。
他のヤツらがどんな動きをしたのかは、一切見ない。
何が俺なのか、そんなことは後で考えればいい。宵闇が要求したのは、ただの俺だ。
頭の中には、もうドラムの音しか残っていない。体が動くままに任せる。勝手にスティックが回転する。
最後のシンバルが鳴り終わった時に、ゆっくりと現実に帰る。俺、すげぇニヤニヤしてんな。びっくりするくらい、楽しかった。
宵闇が俺を少し振り返って、モニターへ歩いて行く。
一通り見て、顔を上げる。
「朱雨、まだ3人しか死んでない。100人殺せ」
達成率3%ってことか。厳しい。宵闇の理想は高いな。
「礼華。まだだ。全然咲いてない。咲いて、このフロアを埋め尽くせ」
礼華のイメージは花なんだな。わかる気がする。あいつの魅力は、この殺伐さの中で唯一の優しい華やかさなんだろうと、俺も思う。
「綺悧は息をするな。お前が死ね」
めちゃくちゃキツいな。実際に息を止めて死ねって意味じゃねぇのはわかる。見てる者がそう思う程、真に迫れってことだ。
「夕、お前、頭おかしいな」
「ん?」
どういうことだ。
「気が狂ってる。もっと狂え」
…ああ、そういうことか。俺がドラムに集中すると、トリップしてるのか。自分ではわからなかったけど。それを宵闇は引き出したかったんだ。よくそんなことに気付いたな、こいつ。流石だ。
俺は頷いて返す。納得した。
そのままの俺ってのは、ドラムに全てを奪われて、取り憑かれておかしくなった男だ。違いない。
「休憩が欲しいヤツは」
誰も手をあげない。全員が宵闇からもらった言葉を反芻して、実現することしか考えてない。
「監督、4テイク目を」
宵闇はそう促して、戻って来る。
4テイク目がスタートする。俺はただただ、ドラムを叩くことだけを考える。いや、それすら考えない。Aメロが終わる頃には、完全に意識が何もかもを手放した。考えないことすら、考えない。最後の音が鳴り止むまで、俺が俺であることもどこかに消えていた。
音が消えると同時に、俺はスネアの上に突っ伏した。
「夕!」
宵闇に呼ばれ、カメラが止まったことに気が付く。宵闇が近付いてきて、俺の顔を見る。
「大丈夫か?」
小声で囁きかけてくれる。俺は顔を上げて、笑顔で頷く。
「超気持ちいい」
宵闇はほっとした顔をした。悪いな、心配させて。でも、狂えって言ったのはお前だからな。
ヤツはくるっと皆の方を振り返って、手を叩く。
「休憩を入れよう」
スタジオに満ちていた緊迫感が緩む。それぞれ定位置を離れ、隅のテーブルにあるペットボトルの水を取りに行く。
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