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第三十三話【Subの宿命】中
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「それで君はなんでまだクレイムしないんだ?やはり学校で言われていたからかい?」
「それもあるけど、単純に俺がそうしたいからです」
「品定めとかかな?」
「そんなの元からしてないですよ。力也は俺のSubなんで、もうちょっと遊ばせてもいいかなって…そのほうが俺が見たいものが見れそうだし…」
楽しそうにそう自分の欲だけを話す冬真の様子に、二人はぞわっとしたものを感じた。
それでも冬真は自分の考えを述べることに迷いはなく、それをおかしなこととも思ってはいない。ただ、これが世間一般では異常だと思われることは知っていた。
「話を戻そう。とにかく君はまだクレイムをする気はないということだね?」
「はい」
「それは同時に多くの仕事をこなして、稼いでいきたいという意味でもいいのかな?」
「そんなことしたらまた力也との時間が少なくなるじゃないですか」
はっきりと否定しないものの、相変わらず自分の欲だけしか口にせずに、話が通じているようで通じてない冬真の態度に二人はため息をついた。
「君は有名になるつもりはないと?」
「ないです。最初はそのほうがSubを手に入れた時にいいかなと思っていましたけど、力也は別にそんなこと気にしないみたいだし、なら一緒にいられる時間が多くて無理がないほうがいいです」
「なるほど、わかった。なら君はわき役の役者を目指すということで進めていこう」
「よろしくお願いします」
やっと話が本題に戻り、社長はもうこれでいいとばかりに話を締めくくった。実のところ、冬真の印象はこれで最悪とまではいかなくてもかなり悪くなっていたのだが、そんなことは冬真には関係なかった。
(意外と早かったな)
事前にマネージャーからもっと時間がかかると言われていたのに、意外と早く終わったと冬真は椅子から立ち上がった。
この後はなにも入っていないし、これなら力也と会えるだろう。さっき仕事が入ったと言っていたから迎えにいけばいいだろうと考えながら退出を促されるまま会議室を後にした。
社長とマネージャーを残し、会議室を後にした冬真はスマホを開いた。朝に送ったメッセージにはいまだに力也からの既読マークはついていない。
仕事だって言っていたから見ている暇がないのかもしれない。さらに送ろうかと考えながら歩いていると見知った顔が向こうから歩いてくるのを見つけた。
「神月監督」
「よう、冬真」
仕事の話をしにきたのだろう神月のほうへと足を進めた冬真だが、その目は神月の隣にいる男へと注がれていた。
背中までのびた長髪を緩く縛り、不安げに瞳を揺らす儚げな美形の手首は神月によってしっかりと握られていた。
「初めまして」
「は、初めまして」
にっこりとSub向けの安心させるような笑顔を向けた冬真に、彼、結衣は消え入りそうな声で答えた。
「神月監督この子って」
自分と同じぐらいの歳の男に対して使う言葉ではない呼び方で尋ねた冬真に、神月も気にした様子はなく結衣を紹介した。
「ああ、力也から紹介してもらったんだ。結衣、コイツが力也のパートナー予定の冬真だ」
「力也さんの…。瑠璃川結衣です。よろしくお願いします」
「よろしく」
グレアを出しているわけではないのに、脅えたように震え、その瞳さえ不安げな結衣の様子に冬真は首を傾げた。怖がらせないように、怖がらせないようにと気を付けているのに何が悪いのだろう。
そう考えていて、ふと思い出した。確か、あのD&S合コンで力也が話していたSubは結衣に似ていたはずだ。
「あ、もしかしてあの時のパーティにいた力也といた子?ごめん、あの時は怖がらせちゃったよな?」
あの場にいたならあの時の冬真のグレアを浴びたのだろう。結衣が力也よりずっと下のランクのSubだというのは見ればわかる。そんな結衣に冬真のあのグレアは強すぎだはずだ。
そう思い謝罪した冬真へ結衣は小さく首を振った。
「怖がらせたってなにやったんだ?」
「ちょっと力也に相手してほしくてグレアとコマンドを…」
「お前な」
常にSubがきれることがなかったが、そういうものがあることも、その際にはDomに厳重な注意がされるのも知っていた神月はあきれた様子で顔をしかめた。
「でもおかげで沢山カップリングが成立したって聞きましたよ」
「それはそうだろうが」
神月はそういいながら、結衣から聞いた内容をもとに詳しく調べたことを思い出す。その合コンはDomにはかなり高めの料金設定がされていて、Subはその十分の一ぐらいだった。しかも、Domには厳しくルールが定められており署名までさせたはずだ。徹底しSubを守る姿勢を貫いていた主催者は、やはり王華学校の卒業生だった。
「そんなことより今日はどうしたんですか?」
「一応仕事の話をしに来たんだが予定より早くついてしまって、どこか待てるところを探していたとこだ」
「なら二階に休憩スペースがあるんでそこ行きますか?」
「そうだな」
この事務所には何かと話題になりがちな芸能人や駆け出しの芸能人の為に、設置された簡単な食事もできる休憩スペースがあった。三人はそこへ移動するとドリンクバーで飲み物を手に入れ席へと向かった。
「結衣、Kneel」【おすわり】
椅子に座った冬真と神月とは違い、飲み物を持ったものの、縋るような視線を向けていた結衣へと神月は軽い口調で命じた。そのコマンドに、ほっと安心した表情へと変わると結衣はその場にぺたんと尻をついた。
「飲め」
「いただきます」
こんな場所で始まったまるでPlayのようなやり取りに、冬真が“らしく”ないといぶかし気にみていると結衣を慈しむように見ていた神月が冬真へと視線を移した。
「このほうが安心するそうだ」
「そうなんですね」
主に全権を渡しがちなSubの中には、こうして命令されていたほうが楽と感じる者がいる。ただの物として生きたいというその考え方は、自由にいきたいと思う多くの人々にとっては理解できないだろう。
しかし、自由に生きるということが必ずしもよい結果となるかどうか、それは誰にもわからない。ならば、こうしてより確実な命令に従うことは立場が弱い物としてはおかしなことではないと言えるはずだ。
「俺の物になって外に出たがらなくてたんだが、そろそろ外にでても大丈夫だと教えようと思ってな」
「それで連れてきたんですか」
「ああ、このままだとせっかく外にいた友人や知り合いとも疎遠になる。奪う気がないのに奪ってしまうわけにはいかないだろ」
外出を禁止しているわけではなく、物にした途端結衣は自主的に外へ出なくなった。元々、力也からも怖がりだと聞かされていたから、違和感はなかったが、その原因は少し帰宅が遅れたある日わかった。
結衣は、Subだと目覚める前、幼少期のころから近親者のDomに監禁されていた。逃がさないように、外にでるのは悪いことだと教えられ、外にでたら見捨てられると思い生きてきた。その所為で、彼は神月の物となった日から外へ出ようとしなくなった。
「ってことは力也とも会ってないんですか?」
「ああ、俺に紹介した後から会ってない。連絡はとりあっているが」
連絡にしても、結衣は神月に必ずスマホの画面を見せていた。相手のこともあるのだから必要があるとき以外見せなくてもいいと言ったら、逆に不安そうになった。
仕方なく、相手に自分に見せていると伝えるように言い、承諾を得た。束縛系の主人と思われるのは構わないが、それでせっかく必死に築いた交友関係を奪うのが神月は嫌だった。
「監視されていないと落ち着かないタイプですか」
「昔色々あったらしい」
はっきりとは口にしないが、その言い方で間違いなくDomが原因だとわかり冬真は舌打ちをした。
不快感を表した冬真の様子に、結衣の体がビクリと震えその目が神月へと向けられた。
「結衣」
優しい声と共に、自分の膝を一度たたいた神月の様子に不安げな瞳をやわらげ、その膝へと頭を寄せる。そんな結衣の頭を神月は優しく撫でる。
「それもあるけど、単純に俺がそうしたいからです」
「品定めとかかな?」
「そんなの元からしてないですよ。力也は俺のSubなんで、もうちょっと遊ばせてもいいかなって…そのほうが俺が見たいものが見れそうだし…」
楽しそうにそう自分の欲だけを話す冬真の様子に、二人はぞわっとしたものを感じた。
それでも冬真は自分の考えを述べることに迷いはなく、それをおかしなこととも思ってはいない。ただ、これが世間一般では異常だと思われることは知っていた。
「話を戻そう。とにかく君はまだクレイムをする気はないということだね?」
「はい」
「それは同時に多くの仕事をこなして、稼いでいきたいという意味でもいいのかな?」
「そんなことしたらまた力也との時間が少なくなるじゃないですか」
はっきりと否定しないものの、相変わらず自分の欲だけしか口にせずに、話が通じているようで通じてない冬真の態度に二人はため息をついた。
「君は有名になるつもりはないと?」
「ないです。最初はそのほうがSubを手に入れた時にいいかなと思っていましたけど、力也は別にそんなこと気にしないみたいだし、なら一緒にいられる時間が多くて無理がないほうがいいです」
「なるほど、わかった。なら君はわき役の役者を目指すということで進めていこう」
「よろしくお願いします」
やっと話が本題に戻り、社長はもうこれでいいとばかりに話を締めくくった。実のところ、冬真の印象はこれで最悪とまではいかなくてもかなり悪くなっていたのだが、そんなことは冬真には関係なかった。
(意外と早かったな)
事前にマネージャーからもっと時間がかかると言われていたのに、意外と早く終わったと冬真は椅子から立ち上がった。
この後はなにも入っていないし、これなら力也と会えるだろう。さっき仕事が入ったと言っていたから迎えにいけばいいだろうと考えながら退出を促されるまま会議室を後にした。
社長とマネージャーを残し、会議室を後にした冬真はスマホを開いた。朝に送ったメッセージにはいまだに力也からの既読マークはついていない。
仕事だって言っていたから見ている暇がないのかもしれない。さらに送ろうかと考えながら歩いていると見知った顔が向こうから歩いてくるのを見つけた。
「神月監督」
「よう、冬真」
仕事の話をしにきたのだろう神月のほうへと足を進めた冬真だが、その目は神月の隣にいる男へと注がれていた。
背中までのびた長髪を緩く縛り、不安げに瞳を揺らす儚げな美形の手首は神月によってしっかりと握られていた。
「初めまして」
「は、初めまして」
にっこりとSub向けの安心させるような笑顔を向けた冬真に、彼、結衣は消え入りそうな声で答えた。
「神月監督この子って」
自分と同じぐらいの歳の男に対して使う言葉ではない呼び方で尋ねた冬真に、神月も気にした様子はなく結衣を紹介した。
「ああ、力也から紹介してもらったんだ。結衣、コイツが力也のパートナー予定の冬真だ」
「力也さんの…。瑠璃川結衣です。よろしくお願いします」
「よろしく」
グレアを出しているわけではないのに、脅えたように震え、その瞳さえ不安げな結衣の様子に冬真は首を傾げた。怖がらせないように、怖がらせないようにと気を付けているのに何が悪いのだろう。
そう考えていて、ふと思い出した。確か、あのD&S合コンで力也が話していたSubは結衣に似ていたはずだ。
「あ、もしかしてあの時のパーティにいた力也といた子?ごめん、あの時は怖がらせちゃったよな?」
あの場にいたならあの時の冬真のグレアを浴びたのだろう。結衣が力也よりずっと下のランクのSubだというのは見ればわかる。そんな結衣に冬真のあのグレアは強すぎだはずだ。
そう思い謝罪した冬真へ結衣は小さく首を振った。
「怖がらせたってなにやったんだ?」
「ちょっと力也に相手してほしくてグレアとコマンドを…」
「お前な」
常にSubがきれることがなかったが、そういうものがあることも、その際にはDomに厳重な注意がされるのも知っていた神月はあきれた様子で顔をしかめた。
「でもおかげで沢山カップリングが成立したって聞きましたよ」
「それはそうだろうが」
神月はそういいながら、結衣から聞いた内容をもとに詳しく調べたことを思い出す。その合コンはDomにはかなり高めの料金設定がされていて、Subはその十分の一ぐらいだった。しかも、Domには厳しくルールが定められており署名までさせたはずだ。徹底しSubを守る姿勢を貫いていた主催者は、やはり王華学校の卒業生だった。
「そんなことより今日はどうしたんですか?」
「一応仕事の話をしに来たんだが予定より早くついてしまって、どこか待てるところを探していたとこだ」
「なら二階に休憩スペースがあるんでそこ行きますか?」
「そうだな」
この事務所には何かと話題になりがちな芸能人や駆け出しの芸能人の為に、設置された簡単な食事もできる休憩スペースがあった。三人はそこへ移動するとドリンクバーで飲み物を手に入れ席へと向かった。
「結衣、Kneel」【おすわり】
椅子に座った冬真と神月とは違い、飲み物を持ったものの、縋るような視線を向けていた結衣へと神月は軽い口調で命じた。そのコマンドに、ほっと安心した表情へと変わると結衣はその場にぺたんと尻をついた。
「飲め」
「いただきます」
こんな場所で始まったまるでPlayのようなやり取りに、冬真が“らしく”ないといぶかし気にみていると結衣を慈しむように見ていた神月が冬真へと視線を移した。
「このほうが安心するそうだ」
「そうなんですね」
主に全権を渡しがちなSubの中には、こうして命令されていたほうが楽と感じる者がいる。ただの物として生きたいというその考え方は、自由にいきたいと思う多くの人々にとっては理解できないだろう。
しかし、自由に生きるということが必ずしもよい結果となるかどうか、それは誰にもわからない。ならば、こうしてより確実な命令に従うことは立場が弱い物としてはおかしなことではないと言えるはずだ。
「俺の物になって外に出たがらなくてたんだが、そろそろ外にでても大丈夫だと教えようと思ってな」
「それで連れてきたんですか」
「ああ、このままだとせっかく外にいた友人や知り合いとも疎遠になる。奪う気がないのに奪ってしまうわけにはいかないだろ」
外出を禁止しているわけではなく、物にした途端結衣は自主的に外へ出なくなった。元々、力也からも怖がりだと聞かされていたから、違和感はなかったが、その原因は少し帰宅が遅れたある日わかった。
結衣は、Subだと目覚める前、幼少期のころから近親者のDomに監禁されていた。逃がさないように、外にでるのは悪いことだと教えられ、外にでたら見捨てられると思い生きてきた。その所為で、彼は神月の物となった日から外へ出ようとしなくなった。
「ってことは力也とも会ってないんですか?」
「ああ、俺に紹介した後から会ってない。連絡はとりあっているが」
連絡にしても、結衣は神月に必ずスマホの画面を見せていた。相手のこともあるのだから必要があるとき以外見せなくてもいいと言ったら、逆に不安そうになった。
仕方なく、相手に自分に見せていると伝えるように言い、承諾を得た。束縛系の主人と思われるのは構わないが、それでせっかく必死に築いた交友関係を奪うのが神月は嫌だった。
「監視されていないと落ち着かないタイプですか」
「昔色々あったらしい」
はっきりとは口にしないが、その言い方で間違いなくDomが原因だとわかり冬真は舌打ちをした。
不快感を表した冬真の様子に、結衣の体がビクリと震えその目が神月へと向けられた。
「結衣」
優しい声と共に、自分の膝を一度たたいた神月の様子に不安げな瞳をやわらげ、その膝へと頭を寄せる。そんな結衣の頭を神月は優しく撫でる。
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