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第四十二話【特別と普通】前

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この世界には多種多様な人々が住み、一人一人考え方も育つ環境も生き方も違う。それでも、この世界の多くの人々は平凡な人生を送る。むろん、その平凡は生きていく環境によってそれぞれ異なるが、よくいう物語の主人公のようなことは頻繁には起こらない。
 そういう点で言えば、役者という職業は多種多様な人の人生を体験できる。
 将人がそんな役者の世界に魅せられたのは母に連れられ、ある舞台を見に行った時だった。その舞台では幼い将人が母と一緒に見ていたアニメのキャラクターが、実際に動いていた。
 アニメとは違うところがあるが、実際に動く彼らをみて興奮した将人へ母は教えたのだ。
あれは、役者なのだと。本物のキャラじゃないのかと聞き返す将人に、母は答えた。
本物のキャラクターたちは忙しくて出てこられないから、代わりに役者が私たちに伝えに来てくれているのだと。
あれが、所謂舞台化というものだと知ったのは随分経ってからだった。当時はなんにも違いが判らず、口にしていたが今思えばなかなかの黒歴史だ。
とにもかくにも、将人はそこから役者の世界に興味を持ち始めた。誰かの代わりになり、何かを伝えるそんな世界に魅せられた。
そんな将人が役者として活動することになったのは、芸能人が母校を訪ねるテレビ番組でのことだった。サプライズ訪問するゲストを驚かす役の一人として選ばれた将人は、子供ながらに見事な演技をして、その芸能人を信じ込ませた。
その演技力と整った見た目に目を付け、声をかけられたのがきっかけだ。
 君には才能があると言われ、有頂天になった将人はその後少しして大きな挫折を味わった。
 CMの兄弟役として引き合わされた孝仁に、何一つ勝てなかったのだ。

 それはそうだろう、生まれてからずっとこの世界で生きてきている孝仁と将人では経験値の差が違った。それでも、同じ歳の中でも抜き出ていた将人からすれば屈辱的で、その日から孝仁は将人のライバルとなった。

「ってわけなんだよ」
「そうなんすね」

 自分から聞いてきたくせにどこか気のない返事を返すのは、将人にとって事務所の後輩にあたる冬真だ。将人からすれば、冬真は調子がいいキャラに見せかけた、普通ではない奴だ。
 役者というより派手な雑誌向けの見た目に、軽い話し方、ノリだけを見ればある意味お笑い向けかもしれない。しかし、その中身は軽いというよりむしろ重すぎて、人の迷惑など顧みない性格をしていた。
 わかりやすく言えば、自覚のある自己中、孝仁も大概だが冬真と比べると違った。

「お前が聞いてきたんだろ、もっと興味を示せよ」
「それなりに面白かったっすよ」
「ああ、そうかよ。まぁ、お前たちからすれば、平凡の一言につきるだろうが。これでもそれなりに山も谷も超えてきたんだ」

 なんせ相手は多くの人々が持たない、ダイナミクスという第二性を持つ人間だ。第二性もなく生きている将人からすれば、普通の価値観が違う。
 冬真をみているとそんなこともないと思ってしまうが、Domは世間的に言うと俺様系いじめっ子だ。
嫌いな人を従わせたい、思い通りに操りたいというならわかるがDomは、好きな相手にそれをしたいと思うらしい。物語の中や子供の頃ならまだわかるが、それが本質と言われると意味が分からない。むしろ好きな相手には貢いで応援するものだろう、だって好きなのだから。
逆にSubは世間的に言えば大人しい、いじめられっ子。こちらのほうがまだわかる。俺様系に憧れる、大人しい子というのは割といる。正反対な人に憧れを抱き、結局そんな相手に振り回され、勝てない。自分は嫌だが、わからなくない。
最後にSwitchは一番よくわからない。なんせ一番数が少なく、あまりにも珍しい。
それでも孝仁を見る限り、万能だと思っていた。

「将人さんは好きな人とかいないんすか?」
「お前なその話題はタブーだろ」
「孝仁さんはわりと言ってるじゃないっすか」
「だから、Rくんって毎度伏字入れられてんだろ」

 好きと言うと少し語弊があるが、孝仁は仲の良い役者ということでよく力也の名を出していた。そのたびにRくんと変えられていたが、それがお気に入りのスタントブルだと誰でも気づくだろう。
とはいえ、孝仁は顔が広いイメージがある所為で話題にあがることはない。

「てか、俺、将人さんと孝仁さんって、仲いいんだと思ってたんすけど違うんすか?」
「まぁ、仲いいにはいいほうだけど、特別じゃない」
「将人さん頼りにしてたのにダメか……」
「なんの話だ」

 目に見えてがっかりされてプライドに触り、聞き返した将人に、冬真は孝仁を怒らせてしまったと白状した。

「……短い間だったが、よく頑張っていたと思う。仕事がなくなっても、腐れず頑張れ」
「いや、なに終わりみたいなこと言ってんすか!」
「他に何を言ってほしいんだよ」
「だから、孝仁さんが機嫌よくなる受け答えとか」
「知るか」

 厳密にいえば孝仁が機嫌がよくなる話題について知ってはいる。だが、それは冬真が口にした場合は確実に逆効果になる。

「好きな物とかでもいいんすよ!何かないっすか?」
「好物ならネットにでてるだろ」
「そういう表向きじゃない奴で」

 知っているからと言っても聞いてどうするつもりなのか、孝仁の前でそれを出せば当然誰から聞いたのかという話になるだろう。
 孝仁の性格から言って、将人が話したと知ったら将人に怒りの矛先が向くだろう。
 一番情報量が多く、聞きやすいだろう力也から聞き出したと言えばそれはそれで嫌がられるだろう。つまり将人からみれば冬真は完全に詰んでいた。

「この際土下座でもすれば?」
「土下座でいいんすか!?」

 冗談のつもりだった将人はその答えに一瞬引いた。自分なら、いくら怒らせたとしてもそんなことはしたくないしできない。役として演じるならできるが、それは自分でない人になりきるからだ。
 大体、土下座で謝罪など話には聞くが実際に見たこともない。それをあっさりと受け入れたことに驚くが、同時に“ああ、そうか”と思いなおす。

(ダイナミクスの中ではそれほど珍しいことでもないのか)
「お前できんの?」
「できます」
「力也の前でも?」
「余裕です!」

 そこはメンツがとか言ってくるだろうと思えば、逆にやる気がある風に答えら驚いた。

「へぇ、そんな情けないとこ見せたくないっていうのかと思ったら」
「それはそれで、後で、力也に気遣ってもらえるんで」

 むしろどこか楽しそうなその答えに、聞かなきゃよかったと思えてきた。屈辱的な内容さえも利用して力也に甘えようとしている。

「それ知られたら結局怒られるだろ」
「将人さんが言ったんじゃないっすか」
「冗談のつもりだったんだよ」
「じゃあ、俺は結局どうすればいいんすか」
「自分で考えろ。もう出番だからいくぞ!」
「はい」

 丁度出番が回ってきたことに感謝し、将人と冬真は会話を切り上げ、撮影へと向かった。
 
 将人はDomに恨みはないし、嫌いなわけでもない。確かに危険だという話は聞くが、そんなのはUsualである自分にはそこまで関係のない話だ。
 それでも、昔検査を受ける前は、特別な性別のダイナミクスに軽い憧れがあった。 
 アニメにしても漫画にしても、ダイナミクスはでてくる。彼らは個性的で、注目されるキャラばかりだった。
 Usualと判定された時、がっかりした覚えもある。自分は特別にはなれなかったのだと思った。
 アイドルに興味を持った時も、そのアイドルがDomだと知って、同じ芸能界にいても望みはないのだと悟った。
 Usualの自分ではその世界に足を踏み入れることはできないのだと。

 だが、それでも、この歳まで生きてきて、多くの人々を見て聞いたことで今は普通でよかったと思える。
 将人は父も母も親戚も全員がUsual、それでいい。こんな業界にいてその地位にいるのに何をと言われるかもしれないが、将人は普通でいいのだ。
 ちょっとオタクの母と、休みの日には電車の旅にでかけて帰ってこない父、つい先日二度目の結婚をした兄、それだけで十分変わっているし、面白い。
 自分は渦中に行きたいわけではなく、演じたいだけだ。
 楽しいことをして生きていければそれでいいと思える。特別が価値があるかは自分の価値観だろうから。

それはそうとして、せっかくの休憩時間を潰し、挙句に一歩間違えば厄介ごとに巻き込まれる原因である冬真にはちょっと八つ当たりでもしてやろう。
 そう思い、当初の予定よりも、強めにその襟首を捕まえ台本通り壁に押し付けた。

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