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2、はい、俺、営業向いてません!
2ー2
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行人は見た目が垢抜けているし、肩に力の入らない軽妙なトークで、個店営業では行く先々で歓迎されていた。ランチ営業主体のカフェや気軽な居酒屋もうまくこなしていたが、なかでも行人が得意なのは、夜の街の、ちょっと気の張る社交の店だった。翔太の給料では、席に着くことすら気の引けるハイソなお店だ。
「あら、西くん、また来たの?」
柔らかな間接照明に浮かぶ扉を開けると、サーモンピンクのカクテルドレスに身を包んだ女性がふっと笑ってこちらを見た。結い上げた髪には生花を飾っている。歳の頃は三十歳くらいか。翔太は挨拶もできず入り口で凍りついた。行人はさらりとカウンターの前へ進み、
「『また』だなんて。前回寄らせていただいてから、もう二ヶ月経ちますよ」
と軽口を叩いて数枚の書類を拡げた。
「あら、そうだったかしら」ととぼける女性は、多分ママさんなんだろう。行人は前回の訪店から数割上がった仕入額に礼を言い、季節柄これから出るようになるメニューを提案した。
「あ、ごちそうさまです」
バーテンが脇からすっとウーロン茶を出したのに、行人は礼を言った。バーテンがグラスを二つ並べたので、ママは戸口を振り返った。
「あら。新人さん?」
「失礼しました。今日は見学ですよ。まだちょっと、海のものとも山のものともつきませんで」
行人はそう説明するばかりで、翔太のことを呼びもしない。だが、見つかってしまったのなら挨拶しなければならない。翔太は習った通りにギクシャクと名刺を出した。
こうした店は厨房設備は手薄だが、ちょっと気の利いたものが出せると売上が上がる。込み入った話をするために、会食の席ではあまり腹にものを入れられなかった常連客に、軽い夜食も提供したい。どこの店でも行人は、キレイに着飾った女性たちを前に、臆することなくテキパキと商品の紹介をした。開店前の慌ただしい時間でも、不思議と行人は嫌われず、概ね話を聞いてもらえ、注文書にバッチリ数字を書き入れて店を出る。これを翌日モリノーにFAXして完了だ。
行人の簡潔な説明に、ママはバーテンと少し相談して注文を決めた。
「いつも助かるわ。またお願いね、西くん」
「ありがとうございます」
帰り際も行人は、丁寧ではあるが軽めの挨拶で店を出た。
通りへ出ると、行人は翔太が同行していたことなど忘れたかのように、振り返りもせず街を歩いた。翔太は置いていかれないように黙って後をついて歩く。次の店でも同じ儀式が繰り返される。
たまに、唐突に、行人の解説が入ることもある。大抵はぶっきらぼうな質問から始まる。「今の店で、俺ああ言ったけど、意味分かった?」とか、「さっきはあえて商品の話をしなかったけど、どうしてだと思う?」などだ。
予期せぬ質問に翔太がオロオロして口ごもると、行人は相手の気持ちの動きをどう読んだか、相手との良好な関係を保つためにどう判断したか、詳しく説明してくれる。ただし、真っ直ぐ前を向いたまま。
(営業は心理戦なんだな)
翔太は気が遠くなる。
(いつか、俺にもできるようになるんだろうか……)
行人の営業スタイルは、多くの営業マンの参考になるだろう。だが、自分はそのノウハウの一部でも、習得できる気がしない。
いつも行人は翔太の方を見ない。そっぽを向いたままの上司の背中は、翔太に(仕事だから説明してるけど、キミができるようになるとは思ってないよ)とでも言っているようだった。実際のところは分からない。だが翔太にはそう思えて、がっかりした。
ラウンジで、仕事着のお姐さま方相手に見劣りしない、行人のキレイな立ち居振る舞いを見られる楽しみがなければ、なかなかに耐えがたい苦行だった。
行人が翔太に教え込もうとしたのは、営業だけではない。
それを支える、数字の付け方・読み方。季節と売れるものの関係。社内での情報の流れと、効率のよい仕事の進め方。例えば行人は、工場に何か言うとき、直接問い合わせるようなことはしない。課長経由でマーケティング部の浅井部長か、急ぎなら頭越しで社長から問い合わせてもらう。自分が前面に立てば、自分に心証の悪い工場が協力しないし、職人たちは自分の仕事のペースを他から強要されることを嫌うからだ。
「まあ、ひとにはそのひとなりのプライドがあるってことだ。そのプライドさえ傷付けなければ、案外共生できるもんさ」
取引先が地元企業の周年パーティを受注して、普段とケタ違いの納品量が必要になったとき、行人はそうやってイレギュラーな生産計画を工場に受け入れさせた。取引先は地元の大きな和食店だったが、二次会のラウンジも含め、行人がメニューから提案して成った数字だった。が、工場は行人が取ってきた仕事だと聞けばいい顔はしないだろう。行人は、その和食店とラウンジを経営する市内の実業家とアサヅカの社長との親交を盾にする作戦を立てた。行人は翔太を連れて社長室へ乗り込んだ。
「社長、ちょっといいですか? 今から工場に電話してもらえます?」
「え? なになに西川くん、何が始まるの?」
「いいから、俺が言った通りに言ってくださいよ。そしたら来月粗利だけで四十万プラスしてあげます。それ以降もコンスタントに毎月十万」
行人が翔太に教えたのは、あるイベントで提供する惣菜を納入したら、それ以降も使ってもらえるように、その後の提案がキモだということ。
「イベントなんかで売上のピークを作ったら、その後それを財産にして活かすのが大事。終わって終了だったら、そのとき忙しいだけ損だから。それだと本当に工場に負担をかけるだけになる」
社長が直接工場長に電話をかけると、簡単に話が進むのも見た。なるほど、組織とはこのようにして動いていくのだと翔太は身をもって知った。
行人は自分の仕事をこなしながら、翔太に営業の仕事を教え込んでいったが、翔太には気になることがひとつあった。
仕事中、行人と目が合うことがないのだ。
仕事の話はするが雑談は一切ないし、笑顔を向けられることもない。他のメンバーとは、そこそこ笑ってくだらない話もするというのに。
(俺、嫌われてるのかな)
嫌われているならしようがないかと翔太は思った。行人はバリバリ仕事をこなす有能なタイプだが、それに引き替え自分は物覚えも悪いし、要領がよい方でもない。毎日行人に教えられる仕事をこなすのだけで精一杯だ。
(打っても響くタイプじゃないし、仕事だから教えはするけど、内心うんざりしてるんだろうな)
嬉しいことではないが、自分の能力が理由ならしようがない。時間内、教えられた業務に必死に取り組むだけだ。
「あら、西くん、また来たの?」
柔らかな間接照明に浮かぶ扉を開けると、サーモンピンクのカクテルドレスに身を包んだ女性がふっと笑ってこちらを見た。結い上げた髪には生花を飾っている。歳の頃は三十歳くらいか。翔太は挨拶もできず入り口で凍りついた。行人はさらりとカウンターの前へ進み、
「『また』だなんて。前回寄らせていただいてから、もう二ヶ月経ちますよ」
と軽口を叩いて数枚の書類を拡げた。
「あら、そうだったかしら」ととぼける女性は、多分ママさんなんだろう。行人は前回の訪店から数割上がった仕入額に礼を言い、季節柄これから出るようになるメニューを提案した。
「あ、ごちそうさまです」
バーテンが脇からすっとウーロン茶を出したのに、行人は礼を言った。バーテンがグラスを二つ並べたので、ママは戸口を振り返った。
「あら。新人さん?」
「失礼しました。今日は見学ですよ。まだちょっと、海のものとも山のものともつきませんで」
行人はそう説明するばかりで、翔太のことを呼びもしない。だが、見つかってしまったのなら挨拶しなければならない。翔太は習った通りにギクシャクと名刺を出した。
こうした店は厨房設備は手薄だが、ちょっと気の利いたものが出せると売上が上がる。込み入った話をするために、会食の席ではあまり腹にものを入れられなかった常連客に、軽い夜食も提供したい。どこの店でも行人は、キレイに着飾った女性たちを前に、臆することなくテキパキと商品の紹介をした。開店前の慌ただしい時間でも、不思議と行人は嫌われず、概ね話を聞いてもらえ、注文書にバッチリ数字を書き入れて店を出る。これを翌日モリノーにFAXして完了だ。
行人の簡潔な説明に、ママはバーテンと少し相談して注文を決めた。
「いつも助かるわ。またお願いね、西くん」
「ありがとうございます」
帰り際も行人は、丁寧ではあるが軽めの挨拶で店を出た。
通りへ出ると、行人は翔太が同行していたことなど忘れたかのように、振り返りもせず街を歩いた。翔太は置いていかれないように黙って後をついて歩く。次の店でも同じ儀式が繰り返される。
たまに、唐突に、行人の解説が入ることもある。大抵はぶっきらぼうな質問から始まる。「今の店で、俺ああ言ったけど、意味分かった?」とか、「さっきはあえて商品の話をしなかったけど、どうしてだと思う?」などだ。
予期せぬ質問に翔太がオロオロして口ごもると、行人は相手の気持ちの動きをどう読んだか、相手との良好な関係を保つためにどう判断したか、詳しく説明してくれる。ただし、真っ直ぐ前を向いたまま。
(営業は心理戦なんだな)
翔太は気が遠くなる。
(いつか、俺にもできるようになるんだろうか……)
行人の営業スタイルは、多くの営業マンの参考になるだろう。だが、自分はそのノウハウの一部でも、習得できる気がしない。
いつも行人は翔太の方を見ない。そっぽを向いたままの上司の背中は、翔太に(仕事だから説明してるけど、キミができるようになるとは思ってないよ)とでも言っているようだった。実際のところは分からない。だが翔太にはそう思えて、がっかりした。
ラウンジで、仕事着のお姐さま方相手に見劣りしない、行人のキレイな立ち居振る舞いを見られる楽しみがなければ、なかなかに耐えがたい苦行だった。
行人が翔太に教え込もうとしたのは、営業だけではない。
それを支える、数字の付け方・読み方。季節と売れるものの関係。社内での情報の流れと、効率のよい仕事の進め方。例えば行人は、工場に何か言うとき、直接問い合わせるようなことはしない。課長経由でマーケティング部の浅井部長か、急ぎなら頭越しで社長から問い合わせてもらう。自分が前面に立てば、自分に心証の悪い工場が協力しないし、職人たちは自分の仕事のペースを他から強要されることを嫌うからだ。
「まあ、ひとにはそのひとなりのプライドがあるってことだ。そのプライドさえ傷付けなければ、案外共生できるもんさ」
取引先が地元企業の周年パーティを受注して、普段とケタ違いの納品量が必要になったとき、行人はそうやってイレギュラーな生産計画を工場に受け入れさせた。取引先は地元の大きな和食店だったが、二次会のラウンジも含め、行人がメニューから提案して成った数字だった。が、工場は行人が取ってきた仕事だと聞けばいい顔はしないだろう。行人は、その和食店とラウンジを経営する市内の実業家とアサヅカの社長との親交を盾にする作戦を立てた。行人は翔太を連れて社長室へ乗り込んだ。
「社長、ちょっといいですか? 今から工場に電話してもらえます?」
「え? なになに西川くん、何が始まるの?」
「いいから、俺が言った通りに言ってくださいよ。そしたら来月粗利だけで四十万プラスしてあげます。それ以降もコンスタントに毎月十万」
行人が翔太に教えたのは、あるイベントで提供する惣菜を納入したら、それ以降も使ってもらえるように、その後の提案がキモだということ。
「イベントなんかで売上のピークを作ったら、その後それを財産にして活かすのが大事。終わって終了だったら、そのとき忙しいだけ損だから。それだと本当に工場に負担をかけるだけになる」
社長が直接工場長に電話をかけると、簡単に話が進むのも見た。なるほど、組織とはこのようにして動いていくのだと翔太は身をもって知った。
行人は自分の仕事をこなしながら、翔太に営業の仕事を教え込んでいったが、翔太には気になることがひとつあった。
仕事中、行人と目が合うことがないのだ。
仕事の話はするが雑談は一切ないし、笑顔を向けられることもない。他のメンバーとは、そこそこ笑ってくだらない話もするというのに。
(俺、嫌われてるのかな)
嫌われているならしようがないかと翔太は思った。行人はバリバリ仕事をこなす有能なタイプだが、それに引き替え自分は物覚えも悪いし、要領がよい方でもない。毎日行人に教えられる仕事をこなすのだけで精一杯だ。
(打っても響くタイプじゃないし、仕事だから教えはするけど、内心うんざりしてるんだろうな)
嬉しいことではないが、自分の能力が理由ならしようがない。時間内、教えられた業務に必死に取り組むだけだ。
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