ふつつかものですが鬼上司に溺愛されてます

松本尚生

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2、はい、俺、営業向いてません!

2ー9

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「え……」
「いいから。呼んでみて」
 翔太は震えた。行人は許してくれない。
「ほら。俺の名前だよ。ちゃんと知ってる?」
 行人はその指を頬から唇へ動かした。促すように翔太の唇をそっとたどった。翔太の脳内で世界がぐらりと反転した。
「…………」
「ん? 何? 聞こえないよ」
 行人は翔太の耳許でささやき続ける。行人の指が唇をかすかにつついて催促する。翔太の体温が上がった。
「行人サン……」
 その名を呼んだのどが熱い。
「やっと呼んでくれた」
 行人は翔太の耳に吹き込んだ。
「嬉しいよ」
「行人サン……」
 行人は空いた手で翔太の身体を、シャツの上からそっと探った。翔太が抵抗しないことを確認して、シャツのボタンをいくつかはずし、翔太の皮膚に触れた。翔太は自分の身体がピクリと大きく震えるのを感じた。行人の指は翔太のへその辺りを往復した。
「行人サン……」
 翔太は行人がわざと時間をかけて楽しんでいるのがうっすら分かる。翔太の気持ちが高まるのを、自分の欲望が猛るのを。その過程を味わっている。翔太は唇を開いて、行人の指を甘くかんだ。自分の名を呼ぶ翔太の声に、隠せない潤いが混じるのを、行人は聞き逃さなかった。行人は腹から下へ指を進めた。
「んっ……」
 翔太の身体がガクンと反った。
「いい? 翔太くん、ここから先は引き返せないよ。どうする?」
 耳に感じる行人の吐息が熱い。
「嫌なら止める。翔太くんはどうしたい? 俺に、どうして欲しい?」
 どうしてと言われても。翔太は初めてだ。弾けそうなこの欲望がどこへ向かうのか、その先は知らない。
「行人サン……そんな意地悪を言わないで」
 俺をそんなにいじめないで。
 翔太が濡れた声でそう言うと、行人はぶるんと震えて翔太の身体を押し倒した。翔太の着衣は開かれて、行人の指と舌が翔太を翻弄する。
「あ……あ……あっ……」
 翔太ののどは信じられないほど甘い声を漏らし、行人はそれを「可愛い」と繰り返し喜んだ。行人が嬉しそうにくすりと笑うたび、翔太は羞恥に身をよじった。恥ずかしくて死にそうなのに、自分の身体が反応するのを止められない。誰にも触れさせたことのない翔太の秘密が、蛍光灯の下に晒され、行人の思うがままにされている。
 行人のその技術は翔太に欲望の階梯を駆け上らせた。
 悲鳴のような声を上げて、行人の口の中で翔太は達した。痙攣の嵐が身体を過ぎ去るのを脱力したまま感じていた。
「行人……サン……」
 翔太はけだるげに行人の頬に指を伸ばした。行人は感極まったように呟いた。
「可愛いよ、翔太くん」
 涙の溜まった翔太の目許を、行人はその指で優しく拭った。翔太は深く息を吐いた。
「……俺……」
「ん?」
 行人は翔太を優しくのぞきこんで、翔太の次の言葉を待った。
「もうこれで童貞じゃなくなったのかな」
 翔太がそう言った途端、行人はガクリと翔太の身体の上に伏せた。
「行人サン?」
 翔太は焦って身体を起こし、行人の表情をうかがった。
「きみは、何度俺を殺せば気が済むんだ!?」
「え……」
 行人は怒ったような顔で翔太の身体を揺さぶった。
「ホントにそれ全部、計算じゃないんだよな。何だよ。反則だろ。可愛すぎるんだよ」
「計算って……分からないです」
「チクショー! 可愛すぎる」
 行人はまた頭を抱えて悶絶した。
 翔太は乱れた着衣のまま、ゆっくりと身体を起こした。
「分からないですけど……」
 翔太は行人の肩に手をかけた。
「俺も行人サンが欲しいです」
「翔太くん?」
 翔太は不器用な手つきで行人のボタンを外した。指は細かく震えていた。
「翔太くん……ムリしなくていいよ」
 行人は震える翔太の手をそっと押さえた。翔太は首を振った。
「俺にも……させてください。初めてだから、うまくできないと思うけど」
「翔太く……」
 翔太の指で、行人の身体が細かく震えた。さっき行人にされたことを思い出して、翔太は舌を使ってみた。行人は翔太の名前をいくども呼んだ。行人の指が翔太の髪をなで、耳を、頬を愛おしげになぞる。
「翔太くん……俺を、見て」
 翔太の好きな行人の声。その声はいつになく切なく熱い。翔太は魔法にかかったように言われた通りにした。行人の端正な顔立ちは、翔太の与える感覚に酔って淫蕩に歪んでいる。美しかった。
「翔太くん……可愛い……」
 うわごとのように呟く行人。自分のつなたい愛撫を行人が悦んでいる。そのことは翔太を有頂天にした。相手が悦ぶことが自分の悦び。征服欲。いろんな感情が翔太の内部でせめぎあった。せめぎあったすべての感情が、翔太をさらにかき立てる。
 行人が身を固くして腰を引いた。翔太は逃がさなかった。離してくれと懇願する行人に構わず翔太は大きく舌を動かし続けた。こらえきれず行人は翔太の口の中に放出した。幸福な満足感で翔太は行人を口から離した。行人の長めの髪が乱れて、顔を半分隠していた。翔太はそっとその髪を指で梳いた。ずっと触れてみたかった行人の真っ直ぐな髪。翔太はついにそれに触れた。行人は長い睫毛を上げた。
「翔太くん、大丈夫?」
 行人は自分をのぞきこんでいる翔太の頬に指を伸ばした。
「平気です」
 翔太は頬に感じる行人の指の感触にうっとりしてその場に崩れた。
 隣に横たわった翔太の身体を、行人がそっと抱き寄せた。翔太もおずおずと自分の腕を行人の身体に回した。乱れた着衣のまま、ふたりはしばらくそうしていた。行人は翔太の髪をゆっくりと、ゆっくりと撫でた。夏の夜は更けていく。暑いのに離れがたくて――。
 行人が翔太の背中を撫でて、言った。
「そろそろ帰るよ」
 背中に感じる行人の手のひらの温かさが名残惜しくて、翔太は言った。
「泊まっていけばいいのに」
 行人は翔太の身体から手を離し、身を起こしながらクスリと笑った。
「泊まったら、俺、翔太くんをメチャクチャにしちゃうよ」
「いいですよ……!」
 もっと気の利いたことを言えたらいいのに。翔太はそう言うのが精一杯だった。行人は着衣を直して言った。
「俺は、翔太くんを消費したいんじゃない。育んでいきたいんだ」 
 翔太は胸の熱さに唇をかんだ。
 翔太は帰る行人を玄関まで見送った。行人は靴をはいて、ドアを開けようとした手を止めた。振り返り、小さく訊いた。
「唇にキスしてもいい?」
 翔太は無言でこくんとうなずいた。
 行人の顔が近付いてきた。チュッと映画のような音がして唇が触れ合った。
 行人が帰っていったあと、翔太はひとりのベッドで、行人の言葉を思い起こした。
『俺は、翔太くんを消費したいんじゃない。育んでいきたいんだ』
 その言葉は、翔太の耳に極上の愛の告白に聴こえた。
(こんなこと言ってくれるひと、もう一生出会えない……)
 翔太は恋人の名前を呟きながら眠りについた。
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