異世界もざまぁもなかった頃、わたしは彼女に恋をした~リラの精を愛したマンガ三昧の日々~

松本尚生

文字の大きさ
28 / 41
五、二〇一〇年 東京―3

しおりを挟む

 死んだ編集者は、当時の晴月社での綾乃の担当だった。まだ晴月社で仕事はしていなかったが、福住書店との専属契約の終了を控えた綾乃にいろいろとアドバイスをしてくれたり、面倒見のよいひとだった。

 親身にしてくれたお礼の積もりで、綾乃と暢子はその葬式に参列した。

 行ってみると、社内の人間がぽつぽつと来ていたが、親族は年老いた母親と妹だけの、寂しい式だった。

 彼女らは、若い女性である暢子たちが参列したことをことのほか喜んでくれた。引き留められるままに法要の席にまで残ったものだった。

 その葬式に、鈴鳴は現れなかった。警察に引っ張られて事情を訊かれているのだとか、いくら厚顔でも、親族の前にのこのこ顔を出せるわけがないとか、会場の隅でひそひそ囁かれているのが暢子たちの耳にも入った。

 いっとき鈴鳴蕩治楼を担当していて、その死に彼が深く関係しているのではと取り沙汰された人物が、その編集者だった。

 登紀子はさっきから、時計塔のシーンを優先で進めている。リンの仕事を早く終わらせようとしているのだ。

 学生であるリンを必要以上に拘束しておくのは好ましくない。葬式の話題が出なくても、きっと登紀子はそうするだろう。

 暢子はそう思うことではらはら思い悩むのを止めようと試みた。

 こういうとき、綾乃はちっとも悩まない。リンが鈴鳴といい仲になっていることを仮に知っていたとしても、綾乃は暢子のようにくよくよしない。

 思いやりに欠けるのではない。下手にこそこそ気を遣うことこそが本人には酷だと知っているだけだ。

 暢子は違った。知っていても、自分の気が落ち着かずにふらふらしてしまう。

 いい加減に大人にならなければ。

 どっしり構えて、何があっても動揺しない落ち着きを身につけたいと暢子は思う。

「すみません、みなさん。そろそろお昼にしませんか」

 まなが食堂へ続く扉を遠慮がちに開いた。昼をとうに過ぎていた。

 今日は仕事中にざっと食べられるうどんに、おかずは魚の香草焼きと野菜が二品だ。

 まだ教えていないのに、いい選択だ。綾乃はこういうスパイスが利いた焼きものが好きだ。

 まなにはあとで伝えておこう。

 前回の仕事から参加しているミカは、いずみやまなと歳が近く、すぐに打ち解け合ったらしい。

 ミカといずみが食卓に並んで、語らいながら食事を摂るさまは楽しげで、眩しいほどだ。

 暢子は自分にもこんな可愛らしい時期があったのかと不思議に思う。

 自分は綾乃と並んで、こんな風に笑っていただろうか。

「眩しいね、ノブさん」

 ぼうっと彼女らを見つめる暢子に、登紀子が笑って声をかけた。

 いつものように暢子を揶揄う口調だ。その目が優しいのもいつもの通りだ。

「うん、そうだね」

と暢子も笑って認めた。

 ひとの若さを素直に認められるなんて、自分も歳を取った。

 大人にはならなくても歳は取る。人間何と器用なものか。

 腹の減らない暢子はまなの給仕を手伝っていた。綾乃とリンがいつまでも食堂に来なかった。

 暢子は広間をのぞき、机から離れない綾乃を呼んだ。

「センセイ、食べちゃってください。長丁場ですよ」

 綾乃は「うーん」と生返事した。

 暢子は小声で「センセイの好きなイタリアン風の焼き魚ですよ」と促した。

 まなの料理の腕は綾乃も気に入るところである。

 綾乃はようやく立ち上がって隣の食堂へやってきた。

 あとはリンだけだ。

「リン……」

 暢子はそうっと声を掛けた。

 学業に差し障らないよう仕事量をセーブするべき学生さんを臨時に呼びつけて、しかも来てもらった席で聞きたくもないことを聞かされて。リンには申し訳ない仕事場だった。

「ん、何、ノブさん」 

「一旦、ご飯にしてよ」

「うん、ここ描いたら行くよ」

「今手を離したくないんだ」とリンは顔を上げずに言った。

 暢子は詫びのようなものを口にしかけたが、何とか思いとどまり、応接室に引っこんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

名もなき春に解ける雪

天継 理恵
恋愛
春。 新しい制服、新しいクラス、新しい友達。 どこにでもいる普通の女子高生・桜井羽澄は、「クラスにちゃんと馴染むこと」を目指して、入学早々、友達作りに奔走していた。 そんな羽澄が、図書室で出会ったのは—— 輝く黒髪に、セーラー服の長いスカートをひらりと揺らす、まるで絵画から抜け出したような美しい同級生、白雪 汀。 その綺麗すぎる存在感から浮いている白雪は、言葉遣いも距離感も考え方も特異で、羽澄の知っている“普通”とは何もかもが違っていた。 名前を呼ばれたこと。 目を見て、話を聞いてもらえたこと。 偽らないままの自分を、受け入れてくれたこと—— 小さなきっかけのひとつひとつが、羽澄の胸にじわりと積もっていく。 この気持ちは憧れなのか、恋なのか? 迷う羽澄の心は、静かに、けれど確かに、白雪へと傾いていく—— 春の光にゆっくりと芽生えていく、少女たちの恋と、成長の物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...