今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生

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6、味覚の戻る日

「岩だこの小倉煮」

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「じゃーん!」

「おおっ」

 瞬は鼻を得意そうにヒクヒクさせて、テーブルに今日の料理を並べた。

 伸幸は嬉しそうにくんくんと香りをかいだ。

「おー。うまそう。タコはトマトで煮なかったんだ」

 瞬は伸幸の向かいに座って箸を取りあげた。

「うん。トマトは別に、今日じゃなくてもいいじゃん。日持ちするでしょ」

「そうだねえ。瞬はかしこいね」

「伸幸さん……俺のこと、バカにしてない?」

 瞬は頬をプッと膨らませた。

 伸幸はタコを口に入れ、目を輝かせた。

「うまいっ」

「そぉ?」

 瞬はまんざらでもない。自慢そうにまた鼻をヒクつかせる。

 タコより消化のラクそうな、セロリと卵の黒こしょう炒めに箸をつける。ただの塩味の炒めものだが、セロリは軽く下ゆでしておくこと、こしょうをしっかり利かせることがコツだ。香りづけに酒を多めにふってある。

 伸幸が呟いた。

「この味……『にし村』の『岩だこの小倉煮』を思いだすな」

 瞬はパタリと箸を置いた。

「伸幸さん、知ってるの」

 伸幸は目を閉じた。

「ああ。以前、食べたことがある。ほどよく優しい甘みがあって……醤油の香りが引きたつ」

 瞬は座りなおして膝に拳を置いた。

「俺、昔……勉強に行って食べた」

「瞬?」

「金ないからさ。正直に『勉強させてください』って一品だけ、それと申し訳にビールを頼んで」

 伸幸は黙って聞いている。

「味は分かんなくなっても、手は覚えてたんだ」

 瞬はうつむいたままふっと笑った。

「再現しようと、何度も作ったからな」

 伸幸はゆっくりと言った。

「やっぱりな」

「…………」

「瞬の料理の腕前だよ。味の分からない人間が、こんなうまいもの、手加減だけで作れるわけがない」

「伸幸さん?」

 伸幸はタコをひと切れ、箸でつまんだ。

「ちょっと食ってみ」

 伸幸は腕を伸ばして、瞬の口許へタコを運んだ。

「うん。食べるよ。食べるから」

 瞬は顎を引いてそれから逃れようとした。

「いいから。ほら」

 伸幸は催促するように箸の先をふる。 

「ムダだって」

 イヤイヤをする瞬の手首を伸幸はつかみ、引きよせた。

 瞬は逆らえず、伸幸の身体に近づいた。

「口開けて」

 耳に伸幸の低音ボイスを吹きこまれて、瞬はもう逆らえなかった。瞬の唇がゆるんだすきまに、伸幸はタコを放りこんだ。

 醤油の香り。

 小豆の粒子。

 甘み。出汁の味。それらがタコの香りとよくからまって。

 瞬の舌に、昔覚えた味がよみがえる。

 これは。

 ……味覚なのか? 

 記憶か?

 瞬の頬につーと涙がひと筋流れた。

 伸幸は瞬の手首を握ったまま、箸を置き、瞬の頬を指でぬぐった。

 瞬は笑おうとした。伸幸があまりに真剣な顔をしていたから。

「の……」

 その名を呼ぼうとした。「もう大丈夫だから。自分で食べるよ」と言おうとして。

 だが。

「う……っ」

 瞬ののどがひくと鳴った。

 伸幸の顔が近づいてきて。

 瞬の肩にその重さが載る。

 瞬は逆らわず、伸幸の背に腕を回した。

 伸幸の唇が、瞬のまぶたに、頬に、唇に触れた。

 伸幸のキスは夕食の味がして、瞬は今自分のしていることが、食事か色事かあいまいになるのを感じて。

 そして。

 唇が離れた。

「伸幸さん……、腹減ってたんじゃなかったの?」

 瞬は伸幸の体重を感じながら、照れて笑った。

 伸幸も笑った。

「ああ。減ってた減ってた」

 伸幸は瞬の鼻先にチュッとキスして身体を起こした。
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