51 / 58
8、さようなら休憩期間
セクハラ注意!
しおりを挟む
「瞬ちゃーん、最近、あの彼氏見ないねえ」
「大きなお世話です」
「また別れたの?」
「だから『また』って何すか、いつもいつも。失礼でしょう」
放っといてくださいよと瞬はそっぽを向いた。それでも食い下がってくるのが、おばちゃんたちの遠慮のなさだ。
「大丈夫大丈夫。瞬ちゃんくらい可愛ければさ、またいいひとと出会えるって」
「ホントですか。発言には責任取ってくださいよ」
「いや、責任は取れないけど」
「なら、黙っててください」
「瞬ちゃん、出会いが欲しければ、出会えるとこに行かないとさ。こんな、おばちゃんばっかの職場じゃダメだよ」
「やですよ、職場恋愛なんて。相手とうまくいかなくなったら、職場ごと変えなきゃならないじゃないですか」
「それもそおねえ」
おばちゃんたちは、わざと冗談にして、瞬を元気づけようとしてくれている。瞬は年かさの職人たちと一緒に仕事をしてきて、辛うじてそうしたいわゆる「昭和」のノリ、気づかいを理解できるが。
「みなさんねえ、俺だからみなさんのそういう軽口を受け止めてますけど。普通は通じませんからね。『セクハラだ』『嫌がらせだ』って訴えられますよ」
「ええ? そうなのかい? 華ちゃん」
「まあ、そうですね。アウトかもしれませんね」
盛りつけチームのサブチーフ、武藤華が淡々と答えると、おばちゃんたちが「キャー」と声を上げた。
瞬はパタンとロッカーを閉めた。武藤華と目が合った。
武藤はいつものように無表情だったが、更衣室を出る瞬の後ろをついてきた。
「……心配、しないでください」
一線を踏みこえることはしない、武藤の優しさが、瞬には分かっていた。
「そんなんじゃないのよ」
武藤は足下を見たまま言った。
瞬は立ち止まった。
「平気ですから、俺」
「角倉くん……」
瞬は笑った。
「『瞬』でいいですよ。……俺、田舎に姉がいるんです。俺にはちっとも優しくない姉だったけど……。華さんみたいな優しいひとが姉さんだったらいいのに。出会えて、よかったです」
武藤はハッとした顔をした。
「瞬くん、ここを辞めるの?」
瞬は笑顔を出入り口の扉へ向けた。
「まあ、そのうち。俺も、いつまでもここで人生の休憩ってやつを楽しんでいる訳にもいかないんで」
「そっか……そうだよね」
「はい」
瞬は出入り口の扉を押した。
「長谷川チーフには、まだ言わないでくださいね」
「うん。分かった」
武藤は小さく手を振って、道を渡っていった。
「大きなお世話です」
「また別れたの?」
「だから『また』って何すか、いつもいつも。失礼でしょう」
放っといてくださいよと瞬はそっぽを向いた。それでも食い下がってくるのが、おばちゃんたちの遠慮のなさだ。
「大丈夫大丈夫。瞬ちゃんくらい可愛ければさ、またいいひとと出会えるって」
「ホントですか。発言には責任取ってくださいよ」
「いや、責任は取れないけど」
「なら、黙っててください」
「瞬ちゃん、出会いが欲しければ、出会えるとこに行かないとさ。こんな、おばちゃんばっかの職場じゃダメだよ」
「やですよ、職場恋愛なんて。相手とうまくいかなくなったら、職場ごと変えなきゃならないじゃないですか」
「それもそおねえ」
おばちゃんたちは、わざと冗談にして、瞬を元気づけようとしてくれている。瞬は年かさの職人たちと一緒に仕事をしてきて、辛うじてそうしたいわゆる「昭和」のノリ、気づかいを理解できるが。
「みなさんねえ、俺だからみなさんのそういう軽口を受け止めてますけど。普通は通じませんからね。『セクハラだ』『嫌がらせだ』って訴えられますよ」
「ええ? そうなのかい? 華ちゃん」
「まあ、そうですね。アウトかもしれませんね」
盛りつけチームのサブチーフ、武藤華が淡々と答えると、おばちゃんたちが「キャー」と声を上げた。
瞬はパタンとロッカーを閉めた。武藤華と目が合った。
武藤はいつものように無表情だったが、更衣室を出る瞬の後ろをついてきた。
「……心配、しないでください」
一線を踏みこえることはしない、武藤の優しさが、瞬には分かっていた。
「そんなんじゃないのよ」
武藤は足下を見たまま言った。
瞬は立ち止まった。
「平気ですから、俺」
「角倉くん……」
瞬は笑った。
「『瞬』でいいですよ。……俺、田舎に姉がいるんです。俺にはちっとも優しくない姉だったけど……。華さんみたいな優しいひとが姉さんだったらいいのに。出会えて、よかったです」
武藤はハッとした顔をした。
「瞬くん、ここを辞めるの?」
瞬は笑顔を出入り口の扉へ向けた。
「まあ、そのうち。俺も、いつまでもここで人生の休憩ってやつを楽しんでいる訳にもいかないんで」
「そっか……そうだよね」
「はい」
瞬は出入り口の扉を押した。
「長谷川チーフには、まだ言わないでくださいね」
「うん。分かった」
武藤は小さく手を振って、道を渡っていった。
26
あなたにおすすめの小説
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~
トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。
突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。
有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。
約束の10年後。
俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。
どこからでもかかってこいや!
と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。
そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変?
急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。
慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし!
このまま、俺は、絆されてしまうのか!?
カイタ、エブリスタにも掲載しています。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
刺されて始まる恋もある
神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる