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1、8月、駅で出会った子猫を救う――それと夏の記憶

駅で追われていた子猫

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 カラ……ン。古風なドアベルの音を響かせ、常連さんたちは帰っていった。七時。

 ドアにかけた「営業中」の札を外し、看板を店内に運び入れて、閉店だ。

 貴広は店の空調を切り、少し考えて上(二階)のベッドサイドから取ってきた腕時計を腕にはめた。火の元を確かめて店のドアに鍵をかけ、街路を北へ向かう。

(たまには遊びに出掛けてみるか)

 JRで中心街へ向かうと、貴広の見つけた「店」がある。駅ビルのどこかで軽く腹ごしらえをして、ゆっくりそこへ向かうとしよう。

 商店街を抜けて琴似駅へ。 

 小さな駐車場を曲がるともう駅はすぐそこだ。そのとき。

 駅舎からまろび出てきた人影。

「うわっ」

 貴広はギリギリのところで身体をかわした。人影は一瞬貴広を振り返り、謝るように頭を下げた。

「このヤロ……ッ。待て!」

 駅舎からもうひとり走り出てきて、貴広の肩に思い切りぶつかった。

「何だよお前、ジャマすんなよ」

 その男は貴広を睨みつけ、先に出ていった人影に叫んだ。

「おいこら! 何逃げてんだ」

 貴広は男の襟首をつかんだ。

「おいおいあんた、こんな子供に何してんだ」

 女性か、少女か、少年か。線の細いシルエット。いずれにしても、粗野な男に追われていいステイタスの人間には見えない。

 人影は、びくりと肩をすくめて立ち止まった。

 男は手足をバタつかせてさらに叫んだ。

「うるせ! 関係ねえだろ。離せ」

 貴広は襟首をつかんだまま、立ちすくむ人影を振り返った。

「なあ、君、この男の嫁か何か?」

 人影は低い声で「んなわけねえだろ」と呟いた。

「ふーん。じゃあ、家族でもない君を、あんな剣幕で追いかけてるんだ。そこのドラッグストアの向こうに交番があるんで、ちょっとそこで整理させてもらおっか。僕この街で商売してるんで、おまわりさんとも知り合いなんだよね」

「離せって!」

 男はついに貴広の手を振り払った。襟を両手で直しながら、少年に向かっていまいましげに吐きすてた。

「くそっ。この性悪。憶えてろよ」

 男はカンカンと靴音を響かせ、駅へ戻っていった。

「ええと」

 面倒ごとに巻き込まれるのは勘弁だが。

「今のオジサン、何?」

 貴広は親指で駅舎の方を指差した。

「あんたに関係ないだろ」

「あー、君までそんなことを言う。でも君、震えてるよ」

 貴広の指摘に、少年は二の腕を握りしめた。震えを止めようとするように。

「とりあえず、あの男が待ち伏せしてないとも限らないから、今すぐJRに乗るのは止めなさい。それから、ひとりにもならない方がいい……」

 ん?

 少年は澄んだ瞳で貴広を見上げていた。

 あちゃあ……。

 せっかく日々の勤労を労って、遊びに出ようと思ったのに。

 貴広はがっくりと肩を落とした。
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