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3、彷徨
「誰でもいい」と子猫は言った
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このコはダメになる。
どうする。
追い払うか。
一緒に水浸しになるか。
短い数秒で、貴広の脳内をよぎったのはそのふたつだった。
どちらを選んでも、二度と後から取り返しはつかない。
あの朝――。
何もないまま、セミダブルのベッドで朝を迎えたあの朝、良平が出て行って。
そのまま二度と会うことはないと思っていた。
道を歩く貴広の前を、思わせぶりに通り過ぎていっただけの、可愛い猫。
気まぐれに撫でてやってもよかったが、エサをくれてやるだけで逃がしてしまった。野良猫を飼い慣らす覚悟は定まってなくて。
「俺がさ」
良平の声は小さくて、かすれていて、頼りなかった。
「えり好みするからいけないんだよな。『誰だっていい』、そう決めてるはずなのに」
貴広は無言でうなずき、続きを待った。
「だってさあ、イヤなものはイヤじゃん? コイツだけはイヤだって。どいつもこいつも、どうしてこんなに俺のタイプじゃないんだろうって」
「確かにそれじゃあ売春はムリだな」
「だぁから。ウリじゃないって。……でも、そうか。そりゃウリだよな」
何かもっとウツクシい表現あったような気がするけどと、良平は呟いた。
要領を得ない話だし、本筋とは思えない。が、貴広は待つ。今日はとことんつき合う。
全部、吐かせる。
「俺さ、高二んとき、補導されたことあるんだ。街で」
街というのはつまりそういう街区、すすきの方面のことだろう。そちらにもそのテの店が数軒あるのは貴広も把握している。
「ヤバいブツをやり取りしてる店らしくって、警察が入ったんだよね。俺はそっちには関係なかったけど、未成年だってバレて、オヤが呼ばれて」
良平はそこで息をついた。貴広はコーヒーポットを火にかけた。
「それからだよ。家に居づらくなったのはさ」
補導された現場がゲイの集まる店だったことから、自分の志向も芋づる式に親に知られたという。
「ひとの顔見りゃため息ばっかつきやがって。だから大学入ったら家を出たかったんだけど、金出してくれないっつーからさ。まあ、そうだよな。こんな出来損ない家から出したら、何しだすか分からない。俺がオヤでもそう思うわ。へへっ」
そうして良平は笑う。睫毛が揺れる。
貴広は静かにそれを聞きながら、コーヒーを入れた。古くなりそうなトラジャをストレートで。
入ったコーヒーを、貴広はボックス席まで持っていった。ソーサーを置いたとき、カチャリと僅かにスプーンが鳴った。
「俺、ちょっと仲良くしてるコがいてさ」
貴広は自分の分をアルミのマグに入れていた。良平と差し向かいでソファに座り、トラジャをひと口味わった。苦味と酸味のバランスがちょうどよく、貴広の好みの味だった。
「俺がオヤとそんなになって、そっからそのコのところに入り浸ってた。小学校から一緒だったんだけど、話が合うっつーか……まあ、スキだったっつーか。そいつも、俺がいつそいつん家行っても、イヤな顔ひとつしなくて」
どうする。
追い払うか。
一緒に水浸しになるか。
短い数秒で、貴広の脳内をよぎったのはそのふたつだった。
どちらを選んでも、二度と後から取り返しはつかない。
あの朝――。
何もないまま、セミダブルのベッドで朝を迎えたあの朝、良平が出て行って。
そのまま二度と会うことはないと思っていた。
道を歩く貴広の前を、思わせぶりに通り過ぎていっただけの、可愛い猫。
気まぐれに撫でてやってもよかったが、エサをくれてやるだけで逃がしてしまった。野良猫を飼い慣らす覚悟は定まってなくて。
「俺がさ」
良平の声は小さくて、かすれていて、頼りなかった。
「えり好みするからいけないんだよな。『誰だっていい』、そう決めてるはずなのに」
貴広は無言でうなずき、続きを待った。
「だってさあ、イヤなものはイヤじゃん? コイツだけはイヤだって。どいつもこいつも、どうしてこんなに俺のタイプじゃないんだろうって」
「確かにそれじゃあ売春はムリだな」
「だぁから。ウリじゃないって。……でも、そうか。そりゃウリだよな」
何かもっとウツクシい表現あったような気がするけどと、良平は呟いた。
要領を得ない話だし、本筋とは思えない。が、貴広は待つ。今日はとことんつき合う。
全部、吐かせる。
「俺さ、高二んとき、補導されたことあるんだ。街で」
街というのはつまりそういう街区、すすきの方面のことだろう。そちらにもそのテの店が数軒あるのは貴広も把握している。
「ヤバいブツをやり取りしてる店らしくって、警察が入ったんだよね。俺はそっちには関係なかったけど、未成年だってバレて、オヤが呼ばれて」
良平はそこで息をついた。貴広はコーヒーポットを火にかけた。
「それからだよ。家に居づらくなったのはさ」
補導された現場がゲイの集まる店だったことから、自分の志向も芋づる式に親に知られたという。
「ひとの顔見りゃため息ばっかつきやがって。だから大学入ったら家を出たかったんだけど、金出してくれないっつーからさ。まあ、そうだよな。こんな出来損ない家から出したら、何しだすか分からない。俺がオヤでもそう思うわ。へへっ」
そうして良平は笑う。睫毛が揺れる。
貴広は静かにそれを聞きながら、コーヒーを入れた。古くなりそうなトラジャをストレートで。
入ったコーヒーを、貴広はボックス席まで持っていった。ソーサーを置いたとき、カチャリと僅かにスプーンが鳴った。
「俺、ちょっと仲良くしてるコがいてさ」
貴広は自分の分をアルミのマグに入れていた。良平と差し向かいでソファに座り、トラジャをひと口味わった。苦味と酸味のバランスがちょうどよく、貴広の好みの味だった。
「俺がオヤとそんなになって、そっからそのコのところに入り浸ってた。小学校から一緒だったんだけど、話が合うっつーか……まあ、スキだったっつーか。そいつも、俺がいつそいつん家行っても、イヤな顔ひとつしなくて」
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