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5、夜の果て
「好きだよ」
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貴広は良平の身体を抱きしめる腕に力を入れる。
「ったく、この小さな身体に何かあったらどうすんだよ」
「『小さい』って、俺別にそんな小さくは……」
「うるさい。そういうこと言ってんじゃない」
「貴広……さん……?」
良平が、貴広の声が湿っているのに気づいた。良平の細い指が貴広の頬をそっと撫でる。
貴広の目を見て、良平は謝った。
「ごめんなさい。俺、よくないね。あなたに心配かけて」
「良平……」
貴広は良平の両手に頬をはさまれたまま口を開いた。
「それで、それは今どこにある?」
「大学の、研究室の俺のロッカー。ベンサムの『道徳および立法の諸原理序説』に挟んであるから、誰にもバレない。あんなの手に取るヤツいないから」
「お前って経済学部だったの?」
「よく分かったね」
貴広はそれには答えず、ギューッと良平の胴を抱いた。
「……良平」
「ん」
「ここへ来ないとき、どうしてる」
「『来ないとき』って?」
「俺のとこに来ない夜はどこで寝てる」
「……ああ」
良平は自分の頬を、優しく貴広の肩にすりつけた。
「最近はオヤの家で寝てるよ。イヤだけど。帰りたくないけど」
「けど?」
「……でも、貴広さん以外の男のところよりマシだから」
「良平」
「俺ね、もうあなたしかダメになったみたい。ほかのヤツに触られるなんてゾッとする」
(それは……)
愛の告白と受け取っていいのだろうか?
貴広は良平の身体を離した。良平は貴広にのぞき込まれて、恥ずかしそうに少し笑った。
貴広は良平の身体を両腕で揺すった。
「もう、どこへも行くな」
「うん」
「ずっといろ」
「うん」
「親の家にだって帰らなくていいから」
「うん」
「お前がイヤになるまで、いつまでだっていていいから」
「貴広さん」
良平はパチパチとまばたきした。貴広の言葉の真意を確かめようとして?
「……俺、ずっとここにいてもいいの?」
貴広はゆっくりうなずいた。
「ああ。そう言ってる。……前にも言った」
良平は笑って首を振った。
「ダメだよ」
「何で」
「貴広さんには晒せない、俺の本性。俺、独占欲強いし、嫉妬深いし、気の利いたことも言えないし、カラダだって」
良平はそこで言葉を切った。
「あなたには、見られたくないよ……きっと貴広さん、俺のコト嫌いにな……んっ」
貴広は、今にも泣きだしそうな良平の繰り言をキスでふさいだ。良平の咽が「んん」と鳴るまで。良平の背から力が抜けた。唇を離すと、良平は貴広の胸にふわりとその軽い身体を預けた。
貴広は、その華奢な背をポンポンと軽く撫でてやった。
「……俺だって大概だよ」
遠いあの夏。臆病で、自分の身を守ることしか考えなくて、目の前を通り過ぎるのをただ見送った、無様な初恋。そのくせ十年以上も引きずって、何かするたびに彼を思い出しながら生きて。
そんな、何もかもを過去と照らし合わせて生きるような、下らない男だ、俺は。だから――。
「いいんじゃないか? お互いさまで」
だから、この小さな子猫の熱で温まりたい。この胸の病巣をその優しい熱で融かして欲しい。
「好きだよ」
「えっ」
良平は慌ててその身を起こした。
ポカンと驚いて丸い目を見開いている。
「何でだよっ! 俺、ずっとお前のこと、大事にしてきたろ。何でそんな『初めて聞きました』みたいな顔? 腹立つな」
貴広の勢いに押されたのか、良平は何も言わない。
「何だよその顔。迷惑なのか?」
良平は慌てて首を振った。
「……だって、初めて聞いたんだもの」
「そうか。そりゃ……言ってはなかったかもしれんな。でも大体分かるだろ」
貴広が早口にそうたたみかけると、良平は「ふふ」と笑って立ち上がった。
「ったく、この小さな身体に何かあったらどうすんだよ」
「『小さい』って、俺別にそんな小さくは……」
「うるさい。そういうこと言ってんじゃない」
「貴広……さん……?」
良平が、貴広の声が湿っているのに気づいた。良平の細い指が貴広の頬をそっと撫でる。
貴広の目を見て、良平は謝った。
「ごめんなさい。俺、よくないね。あなたに心配かけて」
「良平……」
貴広は良平の両手に頬をはさまれたまま口を開いた。
「それで、それは今どこにある?」
「大学の、研究室の俺のロッカー。ベンサムの『道徳および立法の諸原理序説』に挟んであるから、誰にもバレない。あんなの手に取るヤツいないから」
「お前って経済学部だったの?」
「よく分かったね」
貴広はそれには答えず、ギューッと良平の胴を抱いた。
「……良平」
「ん」
「ここへ来ないとき、どうしてる」
「『来ないとき』って?」
「俺のとこに来ない夜はどこで寝てる」
「……ああ」
良平は自分の頬を、優しく貴広の肩にすりつけた。
「最近はオヤの家で寝てるよ。イヤだけど。帰りたくないけど」
「けど?」
「……でも、貴広さん以外の男のところよりマシだから」
「良平」
「俺ね、もうあなたしかダメになったみたい。ほかのヤツに触られるなんてゾッとする」
(それは……)
愛の告白と受け取っていいのだろうか?
貴広は良平の身体を離した。良平は貴広にのぞき込まれて、恥ずかしそうに少し笑った。
貴広は良平の身体を両腕で揺すった。
「もう、どこへも行くな」
「うん」
「ずっといろ」
「うん」
「親の家にだって帰らなくていいから」
「うん」
「お前がイヤになるまで、いつまでだっていていいから」
「貴広さん」
良平はパチパチとまばたきした。貴広の言葉の真意を確かめようとして?
「……俺、ずっとここにいてもいいの?」
貴広はゆっくりうなずいた。
「ああ。そう言ってる。……前にも言った」
良平は笑って首を振った。
「ダメだよ」
「何で」
「貴広さんには晒せない、俺の本性。俺、独占欲強いし、嫉妬深いし、気の利いたことも言えないし、カラダだって」
良平はそこで言葉を切った。
「あなたには、見られたくないよ……きっと貴広さん、俺のコト嫌いにな……んっ」
貴広は、今にも泣きだしそうな良平の繰り言をキスでふさいだ。良平の咽が「んん」と鳴るまで。良平の背から力が抜けた。唇を離すと、良平は貴広の胸にふわりとその軽い身体を預けた。
貴広は、その華奢な背をポンポンと軽く撫でてやった。
「……俺だって大概だよ」
遠いあの夏。臆病で、自分の身を守ることしか考えなくて、目の前を通り過ぎるのをただ見送った、無様な初恋。そのくせ十年以上も引きずって、何かするたびに彼を思い出しながら生きて。
そんな、何もかもを過去と照らし合わせて生きるような、下らない男だ、俺は。だから――。
「いいんじゃないか? お互いさまで」
だから、この小さな子猫の熱で温まりたい。この胸の病巣をその優しい熱で融かして欲しい。
「好きだよ」
「えっ」
良平は慌ててその身を起こした。
ポカンと驚いて丸い目を見開いている。
「何でだよっ! 俺、ずっとお前のこと、大事にしてきたろ。何でそんな『初めて聞きました』みたいな顔? 腹立つな」
貴広の勢いに押されたのか、良平は何も言わない。
「何だよその顔。迷惑なのか?」
良平は慌てて首を振った。
「……だって、初めて聞いたんだもの」
「そうか。そりゃ……言ってはなかったかもしれんな。でも大体分かるだろ」
貴広が早口にそうたたみかけると、良平は「ふふ」と笑って立ち上がった。
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